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14の病

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「おう、来てやったぜ。で、俺様に用ってなんだよ?」
「何か腹へったわ〜パエリアある?」
「六回目の食事かよ。あ、お兄さんはもちろんワインで」
 とまあ、こんな感じで、だいたい誰が来たのかわかるとは思うけど、一応紹介しておくよ。
 今ここにいるのは俺と日本、はいわずもがなだね。そして、元々呼ぶはずだったプロイセンと、なぜかくっついてきたらしい彼の悪友たるオッサンが二人の計五人だ。
 俺、日本、トマトの親分、プロイセン、髭面、という順で天板がガラスの、洒落た円卓をぐるりと囲み座っている。
それぞれが飲み物を注文し終えた後、彼の家特有の仕草で頭を下げた日本は、
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
「いやいや、いいのいいの」と若干ご機嫌な様子で答えたのはフランスだ。
「そうそう、どうせ飲むつもりやったし」
続いて隣でスペインが頷く。
こちらもご機嫌そうだけど、いつも大体こんな感じだから違いはよくわからない。
(結局パエリアは諦めてスパークリングワインを頼んだみたいで、それがフランスんちじゃなく、自分ちの銘柄があったからかもしれない)
それにしたって、二人の口ぶりからするに、どうやらプロイセンに勝手についてきたわけじゃなく、彼らも一緒に日本がよんだみたいだ。
 フランスは、あの人の縁が腐るくらいの隣国だからね。病気について話すのなら、同席するのもまだ……そうだな、まあわかるよ。
でも、スペインがこの場にいる理由には、まったく検討がつかない。なにせ、彼は俺とイギリスをかなり嫌ってるんだ。
 いやその前に、そもそもプロイセンをよぶ理由もなんだったっけ?
幾つかの疑問の内、どれを一番最初にぶつけるべきか考えている俺に先んじて、日本が口火を切った。
「今日お集まりいただいたのは、イギリスさんの病気についてです」
 奥まった一角で、近くに席もないせいか国名で話し始めた日本に、俺とフランス、スペインも頷く。ということは、残りの一人は現状を把握していなかった。
「えっ! あいつ病気なのかよ!?」
 酷く驚いた様子のプロイセンは、いつもどおり一人で「なんだ性病か? それともアル中か?」と騒いでいる。その予想を、どうやらこの場の議事進行役を務める気らしい日本がばっさりと切って捨てた。
「いえ、違います。中二病です」
「なんだそれ?」
 首をかしげたプロイセンに、でも日本は答えず、居並ぶ面々に目をやり、
「このように、まだご存知で無い方もいらっしゃいますので、ここで改めて、中二病についてご説明させていただきたいと思います。『中二病』というのも私の家特有の呼び方でもありますしね」
 そこで一度日本は言葉を切り、タイミングを見計らったように、ウェイターが注文していた飲み物やらつまみやらが運ばれてきた。
それが各自に行きわたったところで、再び日本が口を開き。中二病についてのレクチャーがはじまった。
内容は、以前聞いたものとほぼ同じだったけど、その頃とは状況が違う。
でも、真剣に聞き入る俺の隣で、病気だと宣告された本人はといえば、ビールを快調に呑み、「ジョッキねーのかよ」と文句を言いながら、三杯程グラスを空にしていた。絶対に話を聞いてない。
 そうしてあらかたの説明が終った頃───。
「というわけで、プロイセンさん」
「おう、何だ〜!」
 この返事からもわかるように、四杯目のビールを半ば飲み終えたプロイセンは、微妙にテンションの上がっているみたいだ。
 だけど、そのほろ酔い加減にひるむ事無く、日本はひたりとその銀髪頭に視線をすえ、言い切る。
「今回あなたに来ていただいたのは、他でもありません。プロイセンさん自身が、中二病だからです」
「えっ!」
「なっ!」
 突然の爆弾発言に、名指しで告げられた本人はもちろん、俺も思わず目をみはった。
「えっ…俺、病気なのか…? イケメンなのに?」
 一気に酔いの冷めた様子のプロイセンは、むしろろイケメンだからか…? とよく分からないことを口走りはじめている。それに、日本が追い討ちをかけた。
「はい、間違いありません」
「そ、そんな! あ、……あ、俺は……」
 きっぱりと断言され、呆然とするプロイセンをよそに、フランスはどうやらこの病気について予備知識があったのか、納得した様子で「あー、そういやそうね」と頷き、スペインは「へーそうなん?」といつもどおり、ゆるゆると笑っている。
このあたりが、友人じゃなく、悪友といわれるゆえんだろうなぁと、俺がいっそ感心していると、がんっという音共に、テーブルが大きく揺れた。
見れば、プロイセンが一人、俯いて拳を握り締めている。
テーブルの天板が割れそうな勢いで殴りつけたのは、彼で間違いないだろう。その拳は、かすかに震えている。
「……俺は………俺は、ヴェストを遺して逝っちまうっていうのか、しかも病気なんかで!」
 血を吐くような声の悲痛な叫びに、だけど直ぐに訂正が入った。
「いえ、安心してください。この病気で死ぬことは、まずありません」
「……そうなの……か?」
 あっさりと覆された死の宣告(自分が勝手にだしたものだけどね)に、思考が追いつかないんだろう。プロイセンは呆けたように視線を泳がせていた。でもやがて、ぶにゃりと茹ですぎたパスタみたいな動きで、ソファの背凭れに倒れこんだ。
「そ、そっか……はっ…はははははは! そうだよな、俺様がそう簡単に死んでたまるかってんだよなっ!」
 カラ笑いしつつも、額にびっしりと汗をかいている。冷や汗で間違いないだろう。
 それに対しては、特に誰も何も言わなかった。だけど、何気ない風を装って、額を拭いつつ残りの四杯目のビールを飲み干したプロイセンが、「あー今日も仕事の後の一杯が沁みるぜー!」と言ったことに対しては、すかさず野次が飛ぶ。
「お前、働いとったっけ?」
「暇だから、ドイツについてきただけだろ」
「ほんなら、仕事の後の一杯とちゃうやん」
「おじいちゃんの唯一の楽しみなんだから、おおめにみてあげて!」
 若干小芝居も混じった悪友達の指摘に紛れて、「自宅警備員乙」と日本が言ったことに気付いたのは、たぶん俺だけだろう。「おつ」って言葉の意味を知らないから、よく意味はわからなかったけどね。日本語は難しいや。
「う、うるせー! 誰が爺さんだ!!」
異なる言語に対する思いを馳せている俺の前で、ひとしきり野次られたプロイセンが、よく分からない部分に憤って怒鳴る。
それをいい機会だと思ったんだろう。「ではそろそろ」と議事進行役が、話の軌道修正を図った。
「話を戻します。それで、今回プロイセンさんには、失礼かとは思いましたが発症者としてこの話し合いに参加していただこうとお呼びしました」
「けどよ、俺いたって健康だぜ?」
 首をひねるプロイセンに、今度は俺が手短に補足を入れる。
「いや、精神的なもので体調には影響しないんだ」
 そう口では言ったものの、俺もまた、プロイセンとじゃまた違う疑問を抱いていた。
彼はまあ、騒がしいし、喧嘩っぱやい。そして働いてもいないけど、悪魔や天使が見えると言い張ったり、妙な呪文を口走ったりはしない。本当に中二病なんだろうか?
作品名:14の病 作家名:さんせい