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14の病

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この疑問を、改めて口に出して訊ねると、日本は「プロイセンさんとイギリスさんでは、タイプが違いますから」と言って、次にそのタイプの違いについて説明をはじめた。
「言うなれば……そうですね、プロイセンさんは陽気な中二病。イギリスさんは、陰気な中二病です」
「ブーーーッ!」
 説明を一緒に聞いていたフランスが、突然飲んでいたワインを噴出した。
円卓の向かいあっている席に座る日本と隣のスペインは、素早く避けて被害を免れる。
「うわっ! なんや汚い」
「フランスさん。気持ちはわかりますが、こらえてください」
「いやっ……ごほっ、わ、わる…っ。ぶはっ」
 咳き込むフランスは、ワインが気管にでもはいったのか、その後もしばらく口元を押さえて咳払いを繰り返している。
髭面を真っ赤にして苦しんでいるオッサンは放っておいて、俺達は再び日本の説明を聞く体勢にもどる。
「それで……ええと、そう。プロイセンさんとイギリスさんの中二病の違いについてですね」
「陽気と陰気だね」
「そうです。まず、プロイセンさんは、見ていて若干愉快な気持ちになります」
「イケメンだからな!」
間髪いれずに入った相槌(?)に、日本は「……そうかもしれませんね」と曖昧に頷き、
「あと、これは余談ですが、プロイセンさんは特殊なケースなんです。先天的な要素が多分にあり、まさに生まれながらの中二病といっても過言ではありません」
「先天性? そんなケースもあるのかい?」
 この病気に関して、幾つか症状やタイプを聞いてはいたけど、これは初耳だった。
「はい。本当に稀ですが……プロイセンさんの、成り立ちは聖地巡礼者を警護する、聖騎士団からだったとか? それに、その銀髪と赤っぽい目。その聖騎士は緋色の瞳を…なんて逸話があったりしたら……」
 そこで日本は言葉を切り、突然ぶるぶると震えだした。
「ど、どうしたんだい!?」
 いったい何が…? と震える肩を掴んだ俺を、手で制したのはその震える本人だった。
「失礼しました。大丈夫です」
 大きな深呼吸のして、日本は少し考えるような間の後、
「……実は私も昔、少々患ったことがありまして」
「えっ? それって」
 もしかして、と言った俺に、相手は少し恥ずかしげな表情で頷く。
「中二病だったんですよ。私も」
「えっ!」
 驚愕の告白だ。
驚いて言葉を失っている俺へ、すっかりいつのも調子に戻った日本が言う。
「でも、もう今は大丈夫です。時折発作がでますが、耐えれる程度ですし、日常生活になんら支障はありません。それに随分と時が経てば、その発作もまた案外楽しいものですよ」
「そう……なのかい?」
 ぶるぶる震えてたのに?
「ええ。さっきのは、武者震いというやつです」
「ムシャ?」
 聞いた後で、サムライのことだと思い出した俺は、それと同時に、いいかげん話が進まないなとも思った。
 おそらく日本もそれに気付いたんだろう。軽く咳払いをした後、すぐさま話題を元へ戻す。
「そして、イギリスさんの中二病は、失礼ですが……陰に篭ったものを感じさせます」
 これには俺はもとより、他の連中も珍しくそろって頷く。
 あの人は、暗い。ひねくれたところがある。
そしてそれをどうやら、この病気が更に悪化させているみたいだ。だとすれば、なんとしても直さなきゃならない。
「はい。私もそう思います」
 さっきよりも真面目な顔で同意した日本は、「では次に」と話題を転じた。
「発症時期を探ってみましょう。フランスさん、イギリスさんが、ああいった状態になったのは何時頃からだったかわかりますか?」
 やっぱり、そういう要員としてよばれていたらしい。
 まあ、俺も実際そうだろうと予想していたけど、ね。
それでも、覚えのあるもやもやが、胸の辺りに軽く浮かぶのがわかったけど、ほんの僅かなものだ。無視して俺は、話の続きを見守る。
日本の問いに、やや首を捻ったフランスは、
「んー…そうだな。結構昔からその気はあったな……」
「では、緩やかにそうなっていったということでしょうか? 私がお友達になって、初めて自宅に招いた頃には、もう既に兆候がありました。あの頃は、異国で見慣れないものを見て、勘違いしてるのだと思ったんですが……」
「そんなに昔から…!」
 思わず呻いた俺に、でも日本はかまう事無くぶつぶつと呟き続ける。
「天狗や河童はまだしも、うちを小さい女の子が走り回っているなんて……ホラーゲームじゃないですか……確かに私は、ようじょは二次元だけですが…本物には興味ありませんから。本当です」
 最後の方は、何か違う方面に向いての恐怖みたいだったけど、前半の言葉から察するに、イギリスお得意の幽霊事件でもあったんだろう。
「あれもそうだとすれば……思ったより、根深いものかもしれませんね」
 恐怖記憶を噛み締めるように、呟いた日本に、フランスがあっさりと頷く。
「ああ、それは同意するわ」
「それは……もしかして、イギリスも先天的な?」
「いや、それはない」
 今回もフランスはあっさりと、でもかぶりを振った。
「ありゃ、後天性だ」
 言い切ったその顔は、いつもにまして、飄々としていて、ともすれば無表情にも見えた。
 その台詞と表情に、俺の胸にわいていたもやもやが、泥へとかわり、じわじわと肺の底へと溜まっていくのがわかった。
それは、さっきも言ったけど覚えのある感覚で、まあ、言うなれば苛立ち、あるいは……うん。嫉妬ってやつだ。
あまり覚えたくはないものだけど、こいつがどうにもならないことは、俺自身が一番良く知っている。なぜって答えは簡単だ。
生まれてもいないのに、その頃の出来事を、昔のあの人のことを知ることは出来ないからね。
今まで、何度も陥りかけた苛立ちのスパイラルに、片足を突っ込んだ俺は、意識して大きく息を吸った。
 そして、片足の突っ込み先を蹴っ飛ばすように、大きく声を出す。
「じゃあ、日本。あの病気を治すには、どうしたらいいんだい?」
 過去のものはどうにもならない。なら、未来を俺が手に入れればいいんだ。
 いや、今回に限っては、その過去から長く続いていたものを治すわけだから、それ以上だ。
 病気のことで、不謹慎だとは思うけど、そういう思いもあった。
やる気に満ちた俺へ日本が向き直り、頷く。
「そうですね。……では、本題です」
 気付けば、他の連中も口を噤んでいて、少し前までは、話がなかなか進まない程騒がしかったのが嘘のようだ。
 静まり返った席には、さっきまでは殆ど聞こえてこなかった、他の客の微かな話し声や、グラスを合わせる小さな音が響く。
 照明のしぼられた店内で、やがて日本は厳かにそれを告げた。


「中二病の治療法、それは─────リアじゅ……日常生活の充実です」
 


作品名:14の病 作家名:さんせい