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14の病

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4



『充実した日々はどうよ?』

 ふざけた挨拶だ。
 聞いた瞬間、携帯を地面に叩き付けそうになった。だが俺は辛うじて持ち直すだけに留める。
 落ち着け。こいつがムカつくのは、いつものことだ。
 まずは、俺が病気だなんだとかいう件に関して、何を知っているか聞き出す。
 といっても、素直にこいつが答えるとは思えない。何をネタに脅し吐かせようか考えた。が、途中で面倒臭くなり、結局自分の望むところをそのままに口に出した。
「お前の知っていることを、今すぐ全部吐け」
 でなけりゃ、胃の中身といわず、内臓そのものを全部吐き出させてやる。それだけ毛深けりゃ、吐き出しきった後の皮も、何かしら敷物としての用途があるだろ。
『そんで、あの子やその子にのられ放題って? いやーそれは興味あるけど、遠慮しとくわ』
「いいから、さっさと言え!」
 とぼけきった返事に業を煮やして怒鳴りつければ、一瞬のタイムラグの後、怒鳴り返された。
『うるせーつの! お兄さんのお耳は、繊細なの!』
 つーか、アメリカから説明されてないのかよ? と言った電話の相手───フランスに、それまで立ち止まっていた俺は、苛立ちを紛らわす為に再び歩き出しながら答える。
「大方は聞いた」
『なら、俺じゃ無く日本に電話しろよ』
「それは、またおりを見てする」
 その場合は、電話なんかじゃなく、きちんと面と向かって礼を言わないとな。
『は? え、いやいやいや。何でそうなるんだよ?』
「何でって、あいつがその……色々気を回してくれたんだろうが。それを、お前が面白がって話をでかくしたんだろ!」
 決まっているといい切った俺へ、受話口から返ってきたのは、深い溜息だった。
『………お前、本当に…いや、うん。わかってたけどね。むしろ日本が首謀者というか……』
 最後の方はもごもごと、何かありえない事をほざいているフランスの声に、突然他の声がかぶさる。
『おーい。先行くで〜』
『お前らちゃんとついてこいよ!』
『え、ギルベルト次行く店しっとるん?』
『いや、知らねぇな』
『あ、そうなん。俺も知らんわ〜』
 明らかに聞き覚えのある声の主達は、話しつつどうやら遠ざかっているようだ。会話の内容からして、なぜ遠ざかる気になったのかはわからない。
 驚きを通り越して、もはや疲労感すらよぶ馬鹿二人だ。
 そいつらに置き去りにされかかっている、奴。しかもどうやら、唯一行き先を知っているらしいフランスに、俺は特に同情は覚えなかった。が、取り合えず一言いっておくべきだな。
「…そっちは、充実した日々送ってるみたいだな」
『いや、まあ……………うん。おい! 待てって。迷子になってもお兄さん捜さないからねっ!』
 後半は、目的地も知らずに歩き出している連れ二人に対するものだ。それに、片方が『この場合、フランシスが迷子やんな〜』と間延びした声で答えた。もう一人も同意し、続けて、
『普通にその辺の店入るだろ。子供じゃあるまいし』
『えっ!?』
『…え?』
 ありえない、お前がそんな常識的な発言をし、ごくごくあたりまえの行動を予告するなんてありえない。明らかに、そういう空気だ。電話越しの俺でさえ伝わってきたそれは、沈黙を呼び、受話口からはしばらく辺りの雑踏の音のみで占められる。
 しばし続いたその沈黙を、やがておずおずとした問いかけが破った。
『…ど、どしたん? ジブンすごいまともやん』
『おいおい、お兄さんまだ死にたくないんだけど』
 驚きにフランスまでもが、向こうの会話に混ざりだした。
結果、置き去りにされた格好の俺は、辿り着いた自宅の門を開け、無言のままセキュリティを解除する。
 その間にも、『あーこんな、ぴちぴちの美男子が死ぬなんて…』という気持ちの悪い嘆き声や『え? もじゃもじゃの美男子?』という、ありえない聞き間違え。それに対して『またや! もじゃもじゃなんて、見たまんまな…。どしないしたんや、ギルベルト!!』と珍しく取り乱している奴。最終的に『いや、それはお前の方がおかしくない?』という嘆き声に戻ったあたりで、玄関ポーチに立ち尽くしたままの俺は思った。
 ……もういい。
 これ以上この馬鹿共の話は聞いていられねぇ。
 あまりに頭の悪い展開に、フランスその他が、アメリカに一体何を吹き込んだのか聞きだす気力は消え失せた。
 よって、俺はとっとと話題をかえる。
「おい、フランス」
『お? おい、アーサー。お前も聞いただろ? まったくこいつらお兄さんの毛…』
「黙れ。手短に話す」
 体毛の話を途中で遮った俺は、次いでもう一つの用件を切り出す。こっちが本題だ。
内容は、あの精霊をどうにかするための時間を、捻出する手について───ようは、その間アメリカを足止めしろって話だな。
「期間はそうだな……一週間だ」
 使用する薬剤の調合、そのための材料調達もあわせれば、それくらいはかかる。
『………』
「おい! 聞いてんのか!!」
 怒鳴りつけると、ようやく返事がかえってきた。
『はいはい、聞いてるよ。で、一週間ね』
 簡単で軽い言葉が、承諾だ。特になにか口を挟む気はなさそうだ。
 それもそのはずこの髭野郎は、精霊や魔法の類を見ることはできないが、存在を否定はしない。
『そりゃ、凶暴なファンタジー大国が、隣に永いこと住んでるんでね。散々意味不明な目にあいましたし』
「じゃあ、あんな妙な病気の話にのんじゃねぇよ」
『いやー結構面白かったし、あながち間違っても無いなと思ったわけよ』
「はぁ?」
 話つながらねぇだろ。お前フェアリー達のこと、認めてるんじゃないのかよ。
『いや、剣と魔法とか、背中から漆黒の片翼がとか、そういうことじゃねーよ。あー…お前本当に一回日本に電話しろ。ちゃんと本家から詳しく説明してもらえよ』
 訳のわからない言葉を吐いたフランスは、そこから少し声のトーンをかえる。
『で、そんなにやばそうな相手なのか?』
 俺がわざわざアメリカを遠ざけてまで、準備をしなければならないことから、相手がかなり性質が悪いと判断したんだろう。
「まあ……そこそこ、な」
 問いかけを否定せず、曖昧に返した俺は目の前に建つ自宅を軽く仰ぎ見る。
 屋敷というにはやや小さいが、一人で暮らすには十分すぎる大きさだ。数十年前に買ったこの家は、その年月に見合った古めかしさを帯びている。幽霊や、精霊のひとつやふたつ出てきても可笑しくない外観だ。いや、実際にそれ以上いるわけだが。
 それ自体は俺の家(自宅ではなく、国という意味で)では、珍しくもない。これまでも、こういった類のトラブルがなかったわけでもない。
 まだ、俺が子供だった頃。自分がなんだか知らないまま、森の中で暮らしていた頃から、こんな場数は幾らも踏んでいる。
 いや、むしろあの頃は、人も同じくらい怖かった。飢えても、怪我をしても、中々死にはしない俺は、妖精や精霊のように見えたんだろう。実際、そっちの方に近い存在じゃあるがな。
 不気味な子供は色々と、痛い目にあったり、踏みにじられもした。前者は主に不思議な生き物からで、後者は主に人からだ。
作品名:14の病 作家名:さんせい