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intermezzo ~パッサウ再会篇5

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「ええー!じゃあ、お母さんが毎日行くあの駅に…、お姉さん一家が立ち寄った訳〜?!…ウッソ!そんな奇跡のような偶然って…あるのね」

ティーカップを片手に先程の運命的な再会の顛末を聞かされ、エレオノーレの声が思わずワンオクターブ上がる。

「ええ、そうよ。神様が…20年あの駅へ通い続けた母さんを憐れんで…きっとこの子にキチンと謝る機会を与えて下さったのだわ」

母親はそう言って、愛おしげに20年ぶりに再会した長女を見つめた。

「あのね…、実はね、アレクセイが、…夫が、以前にぼくの母さんがここパッサウにいる可能性があるとダーヴィトから聞いていだらしくて…だから今回ここを経由して帰ろうと提案してくれたみたいなんだ」

ユリウスが傍の夫に愛情のこもった眼差しを向ける。

「こいつにその事を言ってしまうと…きっと徒らに期待を抱かせてしまうから、敢えてその事は伏せていたが…、こいつの今までのヒキの強さからするともしかしたら…という可能性も捨てきれなくてな。そうしたら案の定…」
と言ってアレクセイは傍のユリウスとレナーテに視線を向けた。

「えっと…、初めまして。レナーテとヘルマンの娘のエレオノーレです。ね、お姉さん、お姉さんの家族を紹介して?」

キラキラとした灰色の瞳を妹から向けられて、ユリウスが妹に改めて家族を紹介する。

「彼が夫のアレクセイです。ソヴィエトロシア共産党の幹部で、外交関係の仕事に従事していて、今まではフランスにいました。今度辞令が降りて、新しい任国、ラトヴィアへ向かいます」

「よろしく、義妹殿。俺は家族が少ないから…義妹に会えて感激だ」

そう言ってアレクセイはエレオノーレに大きな右手を差し出した。

「こちらこそ。会えて感激です。少女の頃から…お母さんに運命の恋人と手に手を取って国境を越えた美しいお姉さんの話は幾度となく聞いていたので…そんなお姉さんが惚れ抜いたお義兄さんにいつか会ってみたいとずっと思っていました。予想通りの…いいえ、予想を遥かに上回るいい男!」

アレクセイの差し出した右手を握ったエレオノーレの言葉に、

「これ!エレオノーレ!…はしたなくてごめんなさいね」

とレナーテが娘をたしなめる。

「いいや。今風の、快活ないいお嬢さんだ。…お褒めに預かり光栄です。ユリウスにそっくりの麗しの義妹殿」

少し大袈裟にそう言うとアレクセイはエレオノーレの手を恭しく取って、白い甲にそっと口づけた。

「キャ♡」

ねえ、お母さん!ステキね⁈こんな扱いされたの、私初めて!

まるで淑女にされるようなキスを受け、エレオノーレが舞い上がって、黄色い声を上げる。

「そう。よかったわね。彼はね、ユリウスの音楽学校時代の先輩で、あの学校は良家の子弟の集まる学校だったから…。彼もロシアの侯爵家の出身だそうよ」

「ええ〜?正真正銘の貴公子〜?羨ましい〜〜!」
エレオノーレが姉に向かって身を捩ってみせる。

「ハハ…。そう言えば聞こえはいいけどな。俺は妾腹の雑種だ。おまけにこいつと出会った時は国を追われてお尋ね者の身分だった」

アレクセイが当時を振り返って豪快に笑う。

「で、ゼバスきっての問題児クラウス・ゾンマーシュミットか」

ヘルマンの言葉に、

「ん?どうせならゼバスきっての天才ヴァイオリニストと言って欲しかったな」

と、アレクセイが返す。

「ふふ…。両方だね。ゼバスきっての問題児にして天才ヴァイオリニスト…でしょ?…先、続けていい?」

そう言ってユリウスが家族の紹介を続ける。

「長男の、ドミートリィです。愛称ミーチャ。…あなたと同い年で、今年20歳。今はバウハウスでデザインと建築を学んでます」

「初めまして。ドミートリィです。ミーチャと呼んでください。…何だか、同い年の叔母と甥って…変な気分だね」

アレクセイにそっくりな風貌にユリウスに生き写しの碧の瞳をした好青年が、ニッコリとエレオノーレに微笑みかけた。

「初めまして…。私こそ…同い年の…こんなステキな男性から叔母さんと呼ばれるのは…あなた以上に複雑な気分だわ…。ねえ、お姉さん。一体…幾つで産んだの?」

「…16」

恐らく今まで何度も訊かれたであろうその質問にユリウスが答える。

「16〜??!しかも右も左も分からない外国で?!すっご〜い!お姉さん。…私には想像もつかないドラマチックな運命だわぁ」

「ふふ…。平凡な幸せが、一番だよ。ね?アレクセイ」

「俺はお前と出会えたこの人生が一番だ。…他の人生など考えにも及ばん」

そう言ってアレクセイは傍の妻の身体を片手で抱き寄せた。

「…そうだね」

しみじみとその言葉に同意して、ユリウスも抱き寄せられたアレクセイの腕に手を重ねる。

「ご馳走様〜〜。私もそんな身も心も焦がすような恋がした〜い!お母さんやお姉さんみたいな」

「おいおい。平凡が一番って、今のユリウスの、お姉さんの言葉が耳に入らなかったのか?」
ヘルマンがそんな娘に呆れたような眼差しを向ける。

「だって〜」

「身を焦がすような恋は…多幸感と同じ重さの絶望や苦しみも伴うんだ。…やはり父さんも…お前には、平凡でもいいから平穏な人生を送って欲しいと思っているよ」

ヘルマンがそう言って娘の金の頭をポンポンと撫でた。

「それにしても…こうしてミーチャとエレオノーレが並ぶと…往時のユリウスとクラウスにそっくりだな。きっとユリウスが女の子として育ってクラウスと出会っていたら…、こんな感じだったのか」

感慨深げにそう言ったヘルマンに、レナーテ、ユリウス、それからアレクセイも二人並んだ様子をしげしげと眺める。

「うーん。どうだろう?ぼくから見ると、アレクセイとミーチャは…顔こそよく似ているけど、性格や雰囲気は大分違うし…。アレクセイ、どう思う?」

「そうだなぁ。お前とエレオノーレは確かによく似た姉妹だけど…、瞳の色かな?やっぱり雰囲気はちょっと違うような気がするぜ」

「そうねえ。似ているのは外見だけで…ユリウスとエレオノーレは性格が全然異なるからかしら?余り共通する感じはないわねぇ」

「確かに。ぼくは若い頃のムッターをよく覚えているけど、風貌こそ似てるものの…雰囲気はやっぱり大分違ってるなぁ。髪型と服装…かな?ネッタ?どう思う?叔母様とムッターは、似てると思う?」

ミーチャまでがしげしげとエレオノーレを見つめて同様の感想を述べ、傍の小さな妹に意見を求める。

「うーん…。似てる…?ううん!あまり似てない!」

ユリウスとエレオノーレ、両者をじっと見比べると、ネッタはユリウスの腰に抱きついた。

「ハイハイ…。どうせ私はお姉さんのように聡明でもないしエレガントでもないですよ〜だ。ねえ、お姉さんのそのドレス、シャネルでしょう?素敵〜。雑誌で見たのとおんなじ〜〜」

エレオノーレが目ざとくユリウスの着ている黒いスレンダーなシルエットのワンピースに目を止める。

「え?ええ。…シンプルで動き易くて、だから気に入っていて」

「おまけにこのシンプルなデザインはこいつの美しさをよく引き立てる」

「うん。マドモワゼルシャネルのドレスはスレンダーでエレガントなムッターによく似合ってる」