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intermezzo ~パッサウ再会篇5 1/2

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腰近くまであるユリウスのウエーブのかかった金髪をレナーテが愛おしげに梳る。

「綺麗な髪ねえ」

横で見ていたエレオノーレが姉の髪を賞賛する。

「ありがとう…。皆にこんなに注目されると…なんか照れるね」

皆の前で髪を梳られているユリウスがそう言って俯く。

「昔、同じようにこうして…あなたの髪を切ったわね。せっかくの綺麗な髪を…男の子のふりをしていた為に長くする事が出来なくて、いつも短くしていた。あなたが成長して女性らしく美しくなっていくに従って…だんだん髪を切るのに罪悪感を感じるようになってきた。女の子でいさせてあげられない事に、申し訳なさが募ってきた」

「…そんな事…」

髪を梳かしてもらいながら聞く母のあの頃の心の内にユリウスがそう言いかけてふと口を噤んだ。

「…ユリウス?」

何かを言いかけてそのまま押し黙ってしまった娘に、レナーテが呼びかける。

「…本当は、つらかった」

今まで、長い間ずっと心の奥底に押し込めていた気持ちが、とうとう口をついて出た。

「ずっとつらかった!あんな事したくなかった!男の子のふりをしているのは苦痛だった!…だって、だって本当は…ぼくは…ぼくは女の子なのに!!同じ年頃の女の子が髪を結って綺麗なドレスを着て、紅をさしているのが羨ましかった!毎日周りを欺いている事が恐ろしかった!女でいられないのに、女として成長していく自分が怖かった!…好きな人の前で…気持ちを打ち明ける事はおろか、女の子でさえもいられない自分が惨めだった!切なかった!…こんな人生を強いた母さんを恨んだ!!」

積年の想いを吐き出すようにそう叫ぶと、「…でも…母さんを愛していたから…そんな思いを…全て飲み込んで…心の奥底に封じ込めた」と呻くように低く呟き、顔を覆ってすすり泣いた。

すすり泣くユリウスを、言葉もなく一同が見つめる。

暫くその様子を見守っていたアレクセイが肩を震わせて泣き続けるユリウスの頭をいつもと同じ調子でクシャクシャと撫でた。

「…でもそんな運命を強いられたからこそ…俺たちは出会った。…そうだろう?それに、お前が女の子だとわかってからは、どんな格好をしていても、例え黒い無骨なゼバスの制服に身を包んでいても、俺の目にはお前はそれはそれは綺麗な可愛い女の子に映っていたぞ?だから、もうお袋さんを許してやれよ。お前も…今まで心の奥底に溜めていたものを吐き出して…スッキリしただろう?」
そう言って頭をポンポンと叩いた。

アレクセイに優しく宥められ、ユリウスはしゃくりあげながらも、「ウン、ウン」と頷き、涙に濡れた顔をあげて再び笑顔を浮かべた。

「ゴメンね、母さん。…うん。アレクセイの言う通りだね。ああやって生きていたからアレクセイと出会えた。男の子として生きていたから、既存の女性としての観念に乏しかったから、ペテルブルクで母子路頭に迷った時も…男性に混じってバリバリ働けた」

「それは…そうかもしれないな。マルクスレーニン主義が提唱する男女平等思想は、男勝りなお前に合っていたのかもな。…それに…もしお前がお嬢様として育っていたら、あのモーリッツと政略結婚させられてたかもしれんぞ?年の頃もぴったりだしな」

「…えー。…それは勘弁」

久々に話題に上るかつての天敵の名前にユリウスが芯からゲンナリした口調で答える。

「ハッハッハ!ユリウスとモーリッツの夫婦か!そりゃある意味傑作だ!」

かつて毎日のように繰り広げられていたユリウスとモーリッツの喧嘩を間近で見ていたヘルマンがその様子を想像し、さも可笑しげに腹を抱えて笑う。

「先生!」

「想像すんな!バカヤロウ」

「悪い悪い!…でも、俺からも頼むよ。レナーテを、お前の母さんを許してやってはくれないだろうか?」
ー な?

そう言ってユリウスを覗き込んだビロードのような優しい灰色の瞳に、ユリウスはコクリと頷いて見せた。

「…もう、とっくに母さんの事は許していたよ。…そのはずなのに、こんな言葉が口をついて出てきて…自分でも驚いた。ゴメンね、母さん」

振り返ってレナーテを見上げてそう言ったユリウスを、ギュッと抱きしめる。

「いいの。…私はあなたの優しさに15年間ずっと甘えていた。今こうして…あの時の気持ちを吐き出してくれて、良かった。本当にごめんなさいね。それから母さんを想ってくれて、ありがとう」

レナーテがかつて過酷な運命を強いた娘の身体を抱きしめ、頭を撫でる。
母親の腕の中で今一度ユリウスは涙を流した。
ユリウスの心の奥底に溜まっていた積年の心の澱を、その涙が全て流し去って行った。