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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 外は午後の明るい光が和らぎ、夕暮れの気配が近づいている。
 足音で誰かが追いかけてきたことに気付いている筈のホイミンは、振り向きもせず無言のままとぼとぼと歩き続けている。
「ホイミン殿、どうされたんですか」
 ピエールが背後からそう声をかけると、のろのろと歩みが止まる。
「外の空気に当たりたかったんです。だめでした?」
 振り返って肩を竦めるホイミンの表情はやや沈んでいる。
「数が減ったとはいえ、そろそろ夜行性の魔物が動き出す時間です。あまり良い判断ではありませんが……随分と浮かない顔をしておられる」
 ピエールに指摘されどこか諦めたような顔つきで話し出した。
「……ピエールさんは、リュカさんが結婚する前から一緒にいたんですよね」
「そうですよ」
「その……お嫁さんに対して、嫌な気持ちはなかったんですか」
 かつてリュカは誰かに触れられることをやんわりと避けていたが、その原因と思しき奴隷時代の話についてはピエールに対しても完全に口を閉ざした。結婚どころか恋愛すら諦めていたようだったリュカがビアンカに惹かれ迷いを断ち切っていく姿に、ピエールは肩の荷が下りたような、安堵の気持ちで一杯になったのだった。
「いえ、特には。むしろほっとしたくらいで……我々魔物では癒しきれない傷をお持ちでしたから」
「そっか……ぼくもそんな風に思えたら良かったのにな……」
 ホイミンが戸惑いながら口にした言葉に、ピエールはそういうことかと合点がいった。
「無理でしょう。前提が初めから違うんですから」
「…………!」
 俯いていたホイミンが弾かれたように顔を上げた。
「私はあの方を抱きたいとも、抱かれたいとも思ったことはありません。求められたこともないですが」
 小さな騎士は顔に似合わぬあけすけな表現を敢えて用いたが、その言葉は以前の姿でも現在の姿でも叶えられない願いを表に引きずり出す。
 ピエールの深海色の瞳が、真っ直ぐにホイミンの視線と交錯する────あなたは違うと言外に匂わせたまなざしを受けて、空色の瞳が揺らいだ。
「い、言わないでね。内緒にしておいて」
 不安の含まれた小さな声が耳に届き、ピエールはひとつ大きく頷く。
「戸惑うお気持ちは理解します。何か力になれたら良かったのですが……こればかりは、他者がどうこうできる話ではありませんので」
 元魔物の青年が人の姿で得たものは体だけではない。心の動きもまた魔物とは違い、図体の割に幼い彼はようやくその違いに気付いた。
「いいんです。話せてちょっとスッキリしました」
 言葉の割に寂しさの残るホイミンの横顔から視線を外して、注意深く辺りの様子を窺う。
 枝の間から漏れ落ちていた濃い影は黄昏に溶け込み始め、ホイミンを促して共に帰路に着いた。

 ホイミンがゆっくり扉を開けると家中に満ちた木酢の匂いが鼻を突き、不思議そうに室内を見渡した。
 石組みで立方体に作られたかまどの前で屈んでいたライアンが物音に振り返り、立ち竦むホイミンへ向けてニッと口の端を上げる。
「お帰り。何か食べたいものはあるか?」
「えっ、え、なに?」
 一体何をしているのかと目を丸くさせたホイミンへ、ライアンの言葉が続く。
「そろそろ夕飯の支度だからな、何か食べたいものがあるのなら今のうちに言いなさい」
 外の景色は淡い残照に包まれていたが、外部の光を失った室内は複数のランプの明かりのお陰で明るい。
 かまどの中では既にちらちらと炎が上がり始めていて、ライアンは黙々と薪をくべてふいごで空気を送り込んでいた。
 入室時に鼻を突いた匂いはここから出ているものだったと分かり、ふいごで煽られる度に炎がごうごうと音を奏でる様を観察しながらホイミンは言葉に詰まる。
「急に言われても思いつかないよ……」
 弱ったなと隣へ視線を向けると、ピエールが助け舟を出した。
「……スープ、お好きでしたよね」
 リュカがソレッタへ行っていた日の記憶を反芻し、微かに笑みを零す。
「あ……そっか、うん。そうだね」
 ピエールの柔らかなまなざしに後押しされ、気恥ずかしそうにはにかんだホイミンが声を出した。
「ライアンさん、ぼくスープが飲みたいです。ごろごろした具がいっぱいの!」
「よし分かった。任せておけ!」
 人の姿になり願いを叶えたはずのホイミンがなぜか以前よりも遠慮がちになったことに、ライアンは気付いていた。
 思ったことを無邪気にぽんぽん口に出していた頃を知っているライアンにとって、成長と言えるはずの現在の姿はどこか寂しく感じるのだった。
 火力がようやく安定した頃、ライアンは上部に開いた穴の上に脚付きの五徳を置き、壁に掛けられた鍋の中から深型の銅鍋を選び取る。そして大きな水瓶から柄杓で鍋に水を張り、五徳の上に据え置いた。
 次に水瓶の脇に置かれた桶へ水を入れてテーブルの側に置くと、今度は食料を貯蔵しているらしい小部屋から野菜と塩漬けの肉を抱えてきたライアンへ、リュカが声をかける。
「材料、ぼくが切りますよ」
「おおそうか。客人をこき使って申し訳ないが、頼むとしよう」
 そう言って抱えた食材をテーブルに置くと踵を返し、水瓶へと向かう。
 桶と同じく水瓶の脇に置かれていた鉄鉤を瓶の中へ差し入れておもむろに引き揚げると、がらくたのようなものが現れた。
 台所の設備はリュカの時代でもさほど変わっていなかったが、見慣れないものの登場にリュカが目を丸くする。
 良く見ればそれは取っ手の片方が取れた銅の両手鍋で、万遍なく穴を開けザル状にして口を斜めに潰してあった。引き上げた際の音からすると、鍋の中にも何かが入っている。
「……それ、なんですか?」
 リュカの素朴な疑問へ、すぐに答えが返ってきた。
「うん? ああ、これか。使い古した鍋に銅の取っ手と炭を入れているんだ。藻の繁殖と腐敗避けにな」
 そう話しながら鍋の中の炭を取り出し、新たな炭と入れ替えて再び水に沈めた。
「折れてしまった銅の剣の先も使えればいいんだがな……百ゴールドでも無駄にするのは惜しいが、あれは残念ながら売るしかない」
 値段を言った瞬間、リュカとピエールが顔を見合わせて口々に驚く。
「えっ、こっちでは百ゴールドなんですか!?」
「格安ですね」
 水瓶に蓋をして戻ってきたライアンが、ふむと口髭をさする。
「……? そちらの時代では幾らなんだ」
「二百七十……」
「なに、倍以上だと!?」
 ライアンの素っ頓狂な声に、リュカとピエールが同時に頷いた。
 そしてホイミンも加わり、桶の水で野菜の泥を落として皮を剥き、適度な大きさに切って鍋に放り込む。残った皮やへた、茸の石づきなどはライアンが纏めて何かの蔓で編まれた小籠に入れて一回り大きな籠でぎゅっと蓋をすると、それも鍋に放りこんだ。
 物珍しさに釣られたのか、迷いなく動くライアンの後ろをホイミンがうろちょろとついて回る。
「ねえライアンさん、今のって何にするの」
「あれはな、食べるには適さないんだがいい出汁が出るんだ」
「美味しくなる?」
「なるぞ。もう少し時間はかかるがな」