冒険の書をあなたに2
二人の会話からようやくぎこちなさが薄れていた。リュカたちは共に旅をしていた頃はこんな感じだったのかと想像し、仲良く笑い合う二人の背を微笑ましく見つめた。
根菜が煮えるのを暫し待つ間、リュカがふと壁を見上げた。
男の一人暮らしには少々不釣り合いな草花の束が幾つか逆さに吊り下げられている。
近づいてじっくり見てみたが名前の見当もつかない。
じっと眺めている姿に気付いたライアンが壁から取り外し、リュカに手渡す。
手元で眺めると鼻先に良い香りが仄かに漂う。いわゆるハーブスワッグと呼ばれるもので、数種類の香草を束ねたものだ。
「いい香りですね」
「ミネア殿が言うには料理の香りづけに使うらしい。名前はよく分からんがこっちの束は煮込み用、これは塩と混ぜて肉にまぶす用だ」
「用途に分けてあるんですか、これはいいなあ」
ビアンカが喜びそうだと思いながらライアンへ束を返す。
「ああ。説明されても覚えきれずにいたら、ミネア殿が分かりやすく纏めてくれてな。助かっている」
「料理お好きなんですか?」
リュカの質問に、少し照れ臭そうな顔で小さく唸る。
「野営地では自分で調理しなければ飢えるから、適当に何とかしていただけだ。教えて貰ったから今はこんな小洒落た草など使ってるが、以前は酷いものだったよ」
意外だとは思ったものの、リュカとて旅の最中では自分で調理をこなしていたため納得のいく答えだった。
それから下拵えを済ませた肉を焼き、全ての配膳が終わった頃に皮のぱりっとしたパンを出しながらライアンが口を開く。
「私の好みで作らせて貰ったよ。口に合うと良いが」
そわそわと落ち着かない様子で食卓を見つめていたホイミンが、真っ先にスープを一口含んでぱっと表情を輝かせる。
「……おいひい!」
猫舌のホイミンには熱かったらしく少々不明瞭な発音ながら、満面の笑みが言葉をより強調させている。
そうしてパンを小さく千切り、そっとスープに浸して口に運ぶ。
それをじっと見ていた周囲もそれぞれ同じことをして咀嚼する中、束の間の沈黙が訪れた。
ホイミンは飲み込むのを躊躇しているのか丁寧な咀嚼を繰り返して味わい、ようやく嚥下したところでライアンの顔を見た。
「とっても美味しいよ、ライアンさん」
「そうだな」
短くも優しい声でライアンが答えた瞬間、ホイミンが木製のスプーンを持ったまま瞳を潤ませる。
黙々と食べ進むリュカやピエールをよそに、隣に座るホイミンの様子を窺っていたライアンの手はそこで止まった。
「ぼく、エンドールでは緊張してたけど……み、皆で一緒に食べると、すごく美味しいんだね……!」
途切れがちに震えた声でそう言うと、ホイミンは堰を切ったように大粒の涙を溢して大きくしゃくり上げ、向かいに座るピエールへ向けて嗚咽混じりに話し出す。
「やっ、と、ラ、ライアンさんと、一緒のご飯食べて、美味しいねって、言えた……!」
リュカは感情に強く訴えかける声を聞きながら、ぎゅっと目を閉じた────人間になってからの孤独な旅を想像してしまい、不意に目頭が熱くなったせいだ。
袖口で何度も涙を拭うホイミンの頭にライアンのごつい手が乗り、髪をわしゃわしゃと乱して慰める。
「……好きなだけ食べなさい。沢山作ったから」
困ったように笑うライアンの瞳も僅かに潤んでいたことを、このときリュカとピエールは指摘しなかった。
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち