冒険の書をあなたに2
「あはは、ごめんなさい。でも会えて良かった、お父さん見つけたら自慢するんだ!」
そう言って無邪気に笑う顔にはまだ微かにあどけなさが残り、ソロとシンシアは微笑ましく見つめた。
「無事に見つかるといいな。どんな親父さん?」
ソロからの質問に、ティミーは少し考えてから答える。
「えっとね、黒髪で頭に紫のターバン巻いてて、筋肉ムキムキで、獣臭い」
何やら身も蓋もない言い方に唖然としたソロがツッコミを入れる。
「おまえ……もうちょっと他に何かないのかよ、親父さん可哀想に」
「えー他に? そうだなぁ……たぶん凄く優しい、怒るとめちゃくちゃ怖いけど」
「たぶんて何だ、たぶんて」
「正直よく分からないんだよねぇ……ぼくたちが生まれてすぐに石にされてて、石化を解いてからのお父さんしか知らないし。頼れる年上の友達みたいな感じもするし……」
ティミーの話にソロとシンシアは同時に言葉を失い、二人で顔を見合わせた。それからソロが喉から声を絞り出す。
「……親父さんもおまえも、苦労したんだな」
「ぼくは別に、ポピーもいたしね。お父さんは……お爺ちゃんとお婆ちゃんを魔物に殺されたり、子供の頃から奴隷にされて大変だったと思う」
思いの外深刻な内容に、二人は更に言葉を失った。だがそれと同時に、憎しみに囚われ切らない姿勢に感銘を受ける。
「そんな過去があって、魔物を仲間にしてきたってのか……すげぇな」
しみじみと告げたソロの声音に、シンシアは微かに微笑む。
貴重な世界樹の花を誰に捧げたか、その決断に至るまでの葛藤はいかばかりだったかを彼から聞いているからだ。
父親を褒められ、ティミーが目を丸くさせた。
「そっか……今まで当たり前すぎて考えたこともなかったけど、そこがお父さんの一番凄いところだよね」
「そんな人が生まれてくるんだったら、オレが頑張った甲斐もあるってもんだな!」
そう自画自賛をしたソロはこの日の空のように清々しい顔で笑って、三人は焚き木探しを終了した。
三人が焚き木探しをしていた頃、村ではクラヴィスが片隅に建てられた幾つかの墓標の前に佇んでいた。
板を組み合わせて作られた質素な墓標は、真新しくはないが古すぎもしない。周辺の雑草はきちんと取り除かれ、手向けの花束は瑞々しさを保っている。
無言でじっと墓標へと視線を縫い止めたままのクラヴィスのもとへリュミエールとルヴァが歩み寄り、先にリュミエールが声をかけた。
「いかがなさいましたか、クラヴィス様」
「いや……少々、呼ばれたような気がしてな」
闇の守護聖クラヴィスの司る安らぎのサクリアは、永遠の安息とも繋がっている。従って死者の魂とも遠からず関わりがあるのだ。
ルヴァは辺りをしきりに見渡しながら言葉を紡ぐ。
「この村は一度滅ぼされた形跡がありますから、クラヴィスの勘は当たっているかも知れませんねえ……」
到着したときには見過ごしていたが、周囲をよく見れば小さな村ごと破壊された証拠が未だに残存していて、恐らくは勇者ソロとシンシアの生活に必要な部分だけが手入れされている────リュカの故郷サンタローズを訪れたときとよく似ていた。
クラヴィスのアメシスト色の瞳が、ゆっくりと細められる。
「この墓標の周りにどうも思念だけが残されているな。皆あの若者たちの行く末を心配しているようだが……今の我々にできることもあるまい」
体を失い残された思念と、墓前であれこれと報告をする者の思念とが交差する場所になっている、とクラヴィスは感じ取っていた。
可哀想にと眉尻を下げ沈痛な面持ちで立っていたリュミエールが、躊躇いがちに口を開いた。
「それでしたら、せめて楽の音がひと時の慰めになりはしないでしょうか」
「さあな、残留思念に届くかは分からぬが……何もしないよりは良いのではないか?」
心優しいリュミエールがそう言いだすのを待っていたように少し皮肉気な笑みで答えを返したクラヴィスに、リュミエールもまた嬉しそうな表情で頷いている。
「では、何か弾いてみましょう」
リュミエールが爪弾き出した音色はしっとりと叙情的ながら適度な明るさもあり、心の奥底を仄かに温めるような曲だった。
他の面々はその音色を楽しみながら、昼食の準備に勤しんでいる。
演奏を終えたリュミエールが顔を上げると、焚き木を取りに行っていた三人が戻ってきており、ソロとシンシアが揃って頭を下げた。
皆で手分けして準備をしたせいか、ほどなくしてソロ宅のかまどで煮炊きされた鍋が広場の石組みかまどの上に置かれた。
この石組みかまどにはしっかりと煤がつき使い込まれているふうであったが、ソロが言うには急ぎで調理をするには些か不便なので自宅のかまどと並行することもあるという。
ソロが家から持ち出してきた木製の食器は大人数でやってきた一行にも充分行き渡る数があり、野外でのもてなしに不足はなかった。
工業的な塗装など何もない簡素な造りの木皿だったが、よく使いこまれていて手にしっくりと馴染む。
導かれしものたちとして寝食を共にした仲間が、今でも度々こうして訪れているのではないか────と、ルヴァが湯気の立つ深皿に視線を落としながら考えていると、ソロが同じように食器に視線を止めて話し出す。
「旅の間に皆で使っていたものなんだ、これ」
呟きに近い声でぼそりと告げると、ソロは少し寂しそうに微笑んだ。
ルヴァはふと他の食器に目を向けた。導かれしものたちとここにいるシンシアを合わせても、ティミーたち一行の数のほうが多いことに気が付いたのだ。
その発見を裏付けるようにポピーの手に渡った食器だけ形が違い、ふちに焦げ跡がついていた。半壊したこの村にかろうじて残っていたものかも知れないと察し、密かな痛ましさに一人胸が詰まった。
その後も和やかに会話が弾み、手早く片付けを終えると一行はいよいよソレッタへ向かう。
そこでクラヴィスが誰もいない場所へ視線を彷徨わせ、おもむろに話し出した。
「私はここに残らせて貰う」
周囲が驚きに目を見開いていると、袂から水晶球を取り出してそれを見つめた。
「……何やら、少し話を聞いてやらねばならぬようだ」
淡々とした声音で話すクラヴィスへ、ティミーが恐る恐る問いかける。
「だ、誰の話を……?」
クラヴィスはちらと眼球だけを動かして、無表情で答えた。
「以前、ここで暮らしていた者たちのようだ……楽の音に惹かれて集まってきている」
クラヴィスの水晶球には彼らの思念が集結し魂となり、生きていた頃の姿で映り込み始めていた。
もしや演奏が仇になったかとリュミエールがすまなそうな顔になる。
「も、申し訳ございません」
戦々恐々のリュミエールを前に、クラヴィスはふっと口の端を上げた。
「喜んでいるのだから謝ることはない。だが、もう少し聴いていたかったそうだ」
そう言って静かに瞬きを繰り返すクラヴィス。穏やかな彼の表情に、リュミエールもまた安堵の顔に戻っていった。
「では、わたくしもここに残りましょう。癒しになるのなら幾らでも奏でます」
二人が残ると言い出し、オリヴィエとオスカーが話に割って入る。
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち