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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

INDEX|125ページ/213ページ|

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 ルヴァが風になびくターバンを押さえながら、眼下に広がる夕映えの景色とそこにぽつりと落ちる気球の影に眺め入り、ほうと溜め息をついた。
「ガス気球でもこれだけ移動力があるんですねえ。いやー、貴重な体験をさせていただけて、大変勉強になります」
 ほくほく顔のルヴァとは反対に、高所恐怖症のポピーはぺたりと座り込んだまま微動だにしない。マルセルが隣に寄り添い声をかけた。
「ポピー、大丈夫?」
「ゆ、揺れる……」
 驚くほど低い声でそれだけ呟いて、とうとう膝を抱えてしまった。
 そんなポピーにソロは細かく風を読みながら、ちらと視線を落として発破をかける。
「頑張れ。おまえもオレの子孫なんだろ? ちゃんと着陸させてやるからしっかりしろよ」
「はい……だい、大丈夫です……うぅ」
 マルセルが自分の鞄の中を探り、小さな袋を取り出してポピーの手に持たせる。
「もし吐きそうになったらこれ使って。我慢しちゃだめだからね」
「ありがと、ございます」
 ソロがゴンドラから顔を出して現在位置と雲の流れを確かめている。視界の殆どは海、陸地はゴッドサイド地方があるだけだ。
「思ったより西に流されたな……そろそろ上昇するぞ。掴まってろ」
 麻袋に詰め込まれたバラストと呼ばれるおもりの砂を、ソロは小さなスコップで掬いゴンドラの外へと放り出す。
 じっと観察していたルヴァが問いかける。
「向きを変えるんですか?」
「ああ。この風の上に、また別の気流があるんだ」
 ふわりと気球が動く。上昇して先程よりも強い東風に乗り、ぐんと速度を増して眼下の景色が流れた。
 それから間もなくガス排気ロープを引き、上昇を抑えた気球は緩やかに浮力を落として南に移動を始めた。元の気流に乗ったのだ。
「ほら見えて来たぜ、あの丸い砂漠の真ん中にエルフの里、でっかい木が世界樹」
 ルヴァはソロが指さす先に視線を飛ばす。
「はー、あれがそうですか。陸地からはとても入れそうにないですねえ。それにしても大きな木ですね、こんなに遠くからでもはっきりと分かるなんて!」
 ルヴァの喜びの声につられたマルセルもそろりとゴンドラから顔を覗かせ、わあと声を上げていた。
「ほんとですね、近くで見るのが楽しみだなー!」
 それから気球は排気とバラストの落下を繰り返しながら、無事にエルフの里近くへと降り立った。
 彼らが着いた頃には空はすっかり闇に変わり、真昼の猫の瞳のような月が顔を覗かせていた。

 気球からも遠目に見えていたが、か細く頼りない月明かりの下でもはっきりと分かる世界樹の存在感に圧倒され、初見の三人は息を飲んで巨木を見上げた。
 エルフの里の敷地に入ってすぐに足を止めたマルセルが、ため息混じりに言葉を紡ぐ。
「……凄いなぁ、樹齢どれぐらいなんだろう」
 風に掻き消えてしまいそうなマルセルの問いが聞こえ、隣に立っていたルヴァが穏やかに答えた。
「普通の樹木の成長速度で考えるなら、少なくとも千年単位の時間を過ごしてきたと思いますがねぇ……」
 語尾を濁したのは、この木が大いなる回復の力を秘めた特殊な樹木ゆえ、一般の樹木と同じに扱ってよいものかと考えたからだ。
 ひとしきり感動している三人へ、ソロが声をかけた。
「今日はもう遅いし、飯食って寝ちまおう。世界樹に登るのは明日だ」
「の、登るんだ…………」
 ポピーの声には絶望が滲む。すかさずルヴァがフォローに入った。
「あー、まあまあ。明日見て、無理そうならポピーは宿屋で待ちましょう」

 ソロはすぐ左手側の建物へ向かい歩いていく。三人は慌ててその後を追った。
 緑色の長い髪に尖り耳の女性がカウンター越しにソロと向かい合っている。
「四人泊まりたいんだけど、空いてるかな。あと食事したいんだけど」
「空いております。四名様で四十四ゴールドを頂戴します。食事は少しお時間を頂きますがよろしいですか」
「じゃーそれで」
「かしこまりました。皆さま奥へどうぞ」
 話しながら代金の支払いを済ませ、エルフの女性が奥を指し示す。
 僅かな段差の先には上質な赤い絨毯が敷かれ、寝台がひとつもない部屋だった。
 あっと声を上げたソロが振り返る。
「言い忘れてたけど、ここベッドはないからな」
 そう口にしながら、ソロの視線は全員へと行き渡る。
「……ちょっと待ってて」
 ソロは受付の女性のところへ戻ると、何やら話し込んでいる。
 話終わると、そのまま連れ立ってどこかへ行ってしまった。
 マルセルがきょとんとその様子を眺め、ぽつりと呟く。
「ソロさん、どこ行ったんだろ」
 ルヴァは早速靴を脱いで上がっていた。砂漠の星出身の彼は、こういった生活様式は覚えのあるもののようだ。
「どうしちゃったんでしょうねぇ。まあ、我々はゆっくり体を休めましょう」
 暫く寛いでいると、二人が両手にいっぱいの藁を抱えて戻ってきた。
「悪いな、ちょっと退けてくれ」
 三人が座っていたところにどさどさと藁を置き、ソロだけ再び外に行ってしまう。
 エルフの女性がにこやかに近づいて膝を折る。
「失礼いたします。寝所を整えますね」
 藁を部屋の片隅に積み上げ、丁寧に形を整えてから大きな布地を被せていく。厚手の布の端を藁の下にぎゅっと押し込み、その上に枕と薄手の掛け布を乗せた。
 戻ってきたソロがまた藁を運び入れ、女性も同じ作業を繰り返す。
 すぐに四つの寝台が出来上がり、エルフの女性は床に散らばった藁クズを手際よく箒でかき集め、一礼して去っていった。
 ルヴァは所謂シーツの役割を果たす布地をじっと覗き込み、指先でゆっくりと触れてから感嘆の声を上げた。
「見てください、とても上質な織物ですよ」
 続いてマルセルとポピーもも同じく観察して口を開く。
「ほんとだ、少し光って見えますね。綺麗だなあ」
「手触りもいいですよ。お土産で売ってたりしないかなぁ……」
 ルヴァは枕のふちに施された刺繍にも目をやり、とうとうルーペを取り出し始めた。
「この糸は恐らくシルクでしょうねぇ。丁寧な刺繍ですが市場に出したら幾らになることやら」
 三人がそんな会話で盛り上がっている中、用を済ませて戻ってきたソロが腰に片手を当ててその様子を観察し、呆れた顔で話に割って入る。
「……何隅っこで固まってんの。飯持ってくるってさ」
 間もなく運ばれてきた食事に舌鼓を打ち、藁の寝台に包まれて一行は眠りについた。

 その日の深夜────浅い眠りから覚めたマルセルは喉の渇きを覚えて身を起こした。
 辺りを見回すと皆すやすやと寝入っている様子が窺えて、物音を立てないようにそろりと立ち上がる。
(水差し……向こうにあるって言ってたな)
 壁際に頭を向ける形で四つの寝台が作られ、宿の入り口側から見ると左端からポピー、マルセル、ルヴァ、ソロの順に並んでいた。
 水差しとグラスをまとめたトレイは受付のカウンター上にあるのを思い出し、忍び足で寝台を離れた。
 宿を切り盛りするエルフは自分の家に戻っていたため、実質この宿には四人しかいない。
 砂漠の夜はそれなりに冷える────常温の飲み水は冷たいとまではいかずとも、そう温くもなかった。