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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 猫目石のように細い月は既に夜空から立ち去っていたが、彼の姿を幽玄に浮かび上げる。闇夜に映える滑らかな白髪は腰まで伸び、葉で編まれた冠の青さが一際目立つ。髪色にも引けを取らぬ陶器のごとき白肌もまた、彼が人ではない存在だと印象付けていた。
「あの……すみません」
 マルセルの声かけに、彼はゆっくりと振り向いた。女王陛下よりもずっと深い、常緑の葉を思わせる瞳と視線が重なる。
 一瞬だけ今にも泣きそうな顔をした彼が、マルセルに向き直り静かに腰を折る。
(ようやく、来てくださった)
 彼はとても中性的だったが、日頃から他の守護聖たちの姿に慣れているマルセルはごく普通に受け止めて対応した。
「……誰か来てって言ってたのは、あなたですか?」
 マルセルの物怖じしない態度に、彼は柔らかい笑みを浮かべて頷いた。
(私の声を聞き届けたのは、あなたが初めてです。お話をするためにこの姿を取っていますが、私は世界樹そのもの)
 近づいてきた彼がマルセルの両手を取り、指先に額を付けた。メシアよ、と声には出さずに唇が動く。
(あぁ、なんて温かい……最後の最後にようやく報われた)
 囁きに近い声でそう言う彼の、薄い睫毛が震えていた。
(私はこのまま竜の神にも気づかれず、孤独に朽ちるのだと思っていました。長年人々と共に在りながら、誰にも看取られずに終わるものとばかり)
 寂寞の漂う声はマルセルの胸を切なく穿つ。守護聖の中でも一、二を争う感受性の豊かさを持つ彼には、世界樹の孤独が嫌と言うほど伝わっていた。
「ぼくにはあんなにはっきり聞こえたのに、マスタードラゴンが気づかなかったの? この世界を統べる神様なんでしょ?」
 マルセルの何気ない質問に、彼の形相がたちまち険悪に変わる。
(……竜の神は私を裏切った)
「えっ……」
 驚くべき言葉に絶句するもすみれ色の瞳は冷静さを保ち、次の言葉を待った。
(竜の神が未来に咲く予定の花を持ち去ってしまいましたが、私にはもう次の花を咲かせるだけの力はないのです。千年に一度の機会は断たれてしまった)
 豊穣をもたらす緑の守護聖であり当人も植物に詳しいマルセルは、それがどれだけ深刻な話かをすぐに理解した。
 花の後には実が生り、その中に種ができる。花を咲かせられないのであれば、当然殖やすこともできない。
 途中で見た茸があれだけ発生していたのは、この世界樹が既に枯死目前で、末端は既に死んでいることの証拠でもあったと気づいた。
「……未来のって言ったよね。その前のお花は、どうしたの」
 うっすらと想像がつくのか一層硬さを増すマルセルの声に、世界樹の化身は弱々しく頭を振った。
(少し前に、人間たちが持ち去りました。それも私にとっては想定外の事態でした)
「そんな……でも、南に生えてた若木なら沢山────」
(他の地域に根付いた世界樹は、花を咲かせるほどには育たない者たちです。恐らくは途中で枯れるでしょう……)
 絶望に満ちた日々がそうさせたのか、世界樹の化身の顔には諦めの表情がこびりついている。
「そうなんだ……」
 どうにか一言を絞り出したマルセルは、人間とマスタードラゴンが花を持ち去ってからそこそこの年数が経過しているのではと考えた。何とかしようと足掻いて今まで助けを求めていたのか────彼の表情には深い疲れも見て取れたからだ。
 化身の儚く笑んだ口元は、再び言葉を紡ぎ出す。
(次代になるにも大変長い時間がかかります。それ故、花を咲かせる世界樹だけは妖精界で保護されています)
「えっ、でも天空城に苗木があったよ。今よりずっと先の話だけど……」
(苗木を育て、然るべき場所へ植え付けるまでが天空人の管轄です。つまり天空城と妖精界の保護下にない世界樹は、普通の樹木と同等の力しかありません)
「結構しっかり決まりがあったんだね……もっと適当かと思ってた……」
 マルセルはうーんと唸り、こめかみを押さえた。
「何か……何か方法はあるはずだよ。まだ終わりなんかじゃないと思う」
 そう言ってどうしたものかと目を閉じた。
 尊敬する地の守護聖のようにどうにかして突破口を見つけようと思案に暮れ、数秒を経てゆっくりと目を開けた。
「……もしかしたらね、ぼくが役に立てるかも知れないよ」
 真っ直ぐに向けられた視線の強さは静かだが威厳を感じさせ、世界樹の化身は僅かに気圧されて目を見開いた。
「天空城でね、ぼくの力を受け止めた世界樹の苗木が育ったんだ。だから……ダメかも知れないけど、試してみるつもりはない?」
 世界樹の化身の顔がみるみる歪み、深い緑の瞳からは大粒の涙が溢れた。
 この不思議な少年こそが本当に待ち望んだ救いの神だと感じた化身は、膝をつき地面に額を擦りつけた。
「顔を上げて。ぼくの力には呪文やお薬みたいな効果はないんだ。それなのにあの世界樹はサクリアを直接吸い込んだから、本当にびっくりしたんだよ」
 マルセルは世界樹の化身の身を起こさせ、視線を同じ高さに合わせた。
(では、最期のはなむけに……年老いた私にもお力を与えてくださいますか)
 化身の言葉を聞きながら、ふと聖地で見た悪夢を思い出していた。
 外は嵐だというのに自分のいる場所は恐ろしいほどの静寂に支配され、窓から見える植物が一斉に枯れ不毛の地と化した、不気味な夢の記憶を。
 あれはもうひとつの結末だったのでは────との考えがよぎり、ぞっと走った悪寒を振り払おうと両手で頬を叩き、強く頷いて見せる。
「……きっとぼくはこのために呼ばれたんだ。そんな気がする」
 これから行うことがひとつの始まりと終わりであると感じて、マルセルの大きな瞳からも雫が頬を伝った。それを袖口で強く拭い取り、できる限りの平穏を保って意識を集中させる。
「緑の守護聖マルセルの名に於いて、実り豊かな繁栄を願います────」
 マルセルの体が淡く光を放つ。降り注ぐサクリアの光を浴びた化身は祈るように両手を組み、静かに頭を垂れた。
 サクリアを与えられ、不意に組んでいた手を開く。すると手のひらから世界樹の若木が一本、しゅるしゅると伸びた。
「こ、これって」
 動揺を見せるマルセルとは裏腹に、とても幸せそうに微笑んだ化身が言葉を紡ぐ。
(あなたに差し上げます。どうぞお持ちください)
「えっ。あの、挿し木でいいのかな? それとも接ぎ木?」
 あたふたと問うマルセルに、化身はくすくすと笑いながら頷く。
(話の早い方で良かった。そのまま土に埋めて下されば、あとはあなたのお力を浴びてすぐに育つことでしょう)
 手のひらから枝を手折るよう促され、マルセルは上着の内ポケットに入れていたブロンズナイフを取り出し、丁寧に枝を切った。
「挿し木でいいんだね。あなたの分身はぼくがちゃんと育てるから、安心して……」
 言葉の最後に「眠って」とはどうしても言えずに、マルセルはぼろぼろと大粒の涙を溢して頬を濡らした。
(次代を作れぬのなら、せめて誰かに看取られたかったのです。最後に来てくださったあなたが、私の望みを全て叶えてくれました……どうか泣かないでください)
 鼻先にまた甘い香りが漂い、化身の顔に満面の笑みが咲いたと思った刹那、マルセルの視界が徐々に白み始める。