冒険の書をあなたに2
だがここで集まった顔ぶれを尋ねたのは幸運だったと言える────モンバーバラの姉妹が来ていたのだ。
(マーニャさんならまだいる筈だ)
そうして迷いなく向かった先は、彼女が愛してやまないカジノである。
色数の少ないシンプルな服装でも、すらりとしたスタイルの良さとその美貌で案の定人だかりができていた。
スロット周辺の人だかりを確認したトルネコは、恐らくスロット前にマーニャがいると予測して周囲に妹のミネアがいないかを探す。
視線を彷徨わせると、バーカウンターにミネアがいるのを発見し、先にそちらへ声をかけに行った。
「ミネアさん、お久し振りです」
声をかけられたミネアが最初はちらりと横目で見て、次に驚いた顔でぱっと振り向いた。
「……トルネコさん! ここで会うなんて珍しいですね。お久し振りです」
「どうも御無沙汰してます。いやあ、実はあなたたちを探しに来たんですよ」
「何かあったんですか?」
背の高い回転椅子をくるりとトルネコのほうへ向け、ミネアは落ち着いた声で問いかける。
「今日の試合、号外が出てましたよ。アリーナさんが負けたと」
「ええ、私たちも見てましたけど凄かったです。対戦してた人が戦士のような、僧侶のような不思議な方で」
そこでトルネコが父親を探している子供たちと仲間が来ていることを説明すると、彼女の知的に整った顔に真剣みが増した。
「知らせはこのことだったのかしら……すぐに姉さんを呼びに行きましょう」
ミネアがすたすたと人だかりに近づく度、彼らはミネアの通る道を開けていく。トルネコの耳には惜しむ声がやたらと聞こえていたが、彼女の登場は遊びの終了を知らせる合図になっているのだろうと思われた。
「姉さん、悪いけど一旦終わらせてくれる?」
背後から聞こえてきた妹の声にも振り向かず、スロットを凝視したままマーニャは面倒くさそうな声で答えた。
「えー何ミネア、まだいいじゃな……あっれぇ、トルネコじゃない! 久し振り〜!」
言葉の途中でちらとトルネコが視界に入り、ぶすくれた声のトーンがすぐに上がった。
「はは、どうも。マーニャさんもお変わりないですねぇ」
トルネコに愛想よく返していたマーニャが、ちらと視線を動かした。
自分たちの功績を知る者たちがざわつき始めたのを切っ掛けに、マーニャはきりのいいところで手を止め、二人を連れてすぐにカジノを後にする。
「この時期忙しいって聞いてたから、てっきり今年もエンドールにいないと思ってた。ごめんねー、お店のほうに顔出せばよかったわね。奥さん元気にしてる?」
奔放な性格に見せかけて、マーニャはこのようにさらりと気遣いの言葉を口にする。試合の後の食事会も初めはトルネコ宅でやろうと言ったのだが、トルネコが仕事で不在がちなために彼の妻に負担が行くだろうと言って断ったのも、彼女である。こういう姿勢も彼女のファンが途切れない秘訣なのだろうとトルネコは考えている。
「ええ、おかげさまでね。ちょうどさっきレイクナバから戻ってきたところなんです。ところで、大会の優勝者の人がどこに行ったか知りませんか」
少し切羽詰まった様子のトルネコを前に、マーニャがすぐに話し出す。
「その人だったら連れの子も一緒にバトランドに送ったわよ、ちょっと前に。今頃ライアンちにいるんじゃない?」
やはりと言うべきか、一足遅かったと肩を落とすトルネコ。
「えぇぇええ……ああ、いや、そのほうがいいか。まだいてくれるといいんだけど」
「えっ、何どういう話?」
一人理解が追い付いていないマーニャが問うと、トルネコから説明が入った。
「その人のお子さんっぽい子たちが探しに来てるんですよ。お仲間と一緒に今、ソロさんの村に滞在しています」
ティミーだけではなく仲間の魔物を見たら驚くだろうなと思いつつ、そこは伏せておいた。
ミネアがリュカの言葉を思い出し、ああ、と声を上げる。
「そう言えば、息子と娘がいるって言ってましたね」
それにはマーニャも頷き、子持ちには見えなかったと再び口にしている。一方トルネコは高確率で探している人物らしい、と安堵の表情に変わった。
「それなら間違いなさそうな気はするんですけど、私うっかり名前を聞き忘れてしまって……」
とほほと後頭部を掻いて苦笑いするトルネコへ、マーニャが言い放つ。
「ふうん、じゃあ今から行けばいいじゃない」
「うぇっ!?」
思い立ったが吉日、即行動派のマーニャは楽しそうに目を細め、逃がさないようトルネコの腕をがしっと掴んだ。
「ソロの顔も見たいしねー、たまにはあんたたちも同窓会に参加しなさいって!」
そうしてマーニャはルーラを唱え、トルネコも問答無用で連れ去られた。
マーニャたちが山奥の村へ到着する少し前の昼過ぎ、ポピーたちが山奥の村に戻ってきた。
帰りはルーラでブランカへ行き、そこから徒歩のルートだったためにポピーはすこぶる元気で、満面の笑みを浮かべてティミーとハグし合っている。
「皆無事だね、良かった〜!」
ティミーの喜びの声を背に、騒動を乗り越えたマルセルも安心した様子で丸太に腰を下ろす。
水を手渡したオリヴィエがマルセルの顔をじっと覗き込み、両の頬をぐにっと引っ張る。
「どうしたの、なんか疲れた顔して」
「いひゃいれふよぉぉ!」
美しいネイルが僅かに食い込み抗議の声を上げるマルセルを見かねて、ルヴァは一言注意を促す。
「オリヴィエ、遊ぶのも程々にしてくださいねー」
はぁい、と実に適当な声音を耳にしつつ、ルヴァはクラヴィスのところへ向かう。
「クラヴィス、ご忠告ありがとうございました。やはりトラブルが起きてしまいましたが、マルセルが無事に乗り越えてくれたようで」
リュミエールがシンシアから借りた茶器で野草茶を作っている横で、僅かに頬を緩めたクラヴィスが無言で頷く。
注ぎ入れた茶を手渡しながら、リュミエールが穏やかに切り出した。
「ルヴァ様、空の旅はいかがでしたか」
「とても美しい夕景を見てきましたよー。あなただったらきっと、絵に描いていたんでしょうねぇ」
「それもまた楽しそうですね。わたくしも機会があれば、是非眺めてみたいものです」
おっとりのんびり派の二人はにこにこと上機嫌で暫し歓談に耽った。
その後マルセルから世界樹についての報告があり、仲間たちは広場に集まって話を聞いていた。
マルセルが持ち帰った若木は切り口に水を含ませた綿を宛がい、その上に布を巻き保水させた状態で置かれている。
世界樹の花を持ち去った人間という話の辺りで、ソロが申し訳なさそうに話し出す。
「……オレのせいで、枯れちまったってことか……」
その一言が重くのしかかる。この場にいる者が軽々しく何かを言えるはずもなく皆俯きがちに押し黙る中、マルセルがその沈黙を破る。
「挿し木ってね、元の木の分身なんだ。だからぼくとお話した世界樹は枯れてないんだよ。違う場所でまたいつか、花を咲かせる大樹になる」
明らかに気落ちしているソロを励まそうと、ティミーも後に続く。
「そうだよ。ぼくたちの時代で育てるから大丈夫だって!」
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち