冒険の書をあなたに2
ソロがマルセルとティミーに励まされている間、ルヴァは一連の話を手帳に書き取りながら、僅かに眉根を寄せて呟きを漏らす。
「……んんー……気になりますねえ」
誰かを見ているでもなかった上に独り言かどうかも分からぬほどの声量だったが、オスカーがきっちり拾い上げた。
「何がだ」
短い問いに、ルヴァが手帳から視線を上げて答える。
「世界樹に対するマスタードラゴンの行動について、少々不審な点があります」
長年に渡り相互に利のあった関係が一方的に壊され、裏切られたと強い言葉を発するほどの窮地に追い込まれていた世界樹────マルセルがいなかった場合の順当な未来を考えると、既に本来の未来ではなくなってきている証拠ではないのかと言う疑惑と共に、マスタードラゴンが妙に濁していた真実もそれに絡んでいるのではないかとの懸念も出てきたのである。
「正直に言いまして、懸念材料が増えてきました。元の時代はもはや、私たちの知っている世界ではなくなっているかも知れません」
シンシアの髪をアレンジしながら聞いていたオリヴィエが、ルヴァの話に頷く。
「それだけの関与はしちゃったよね〜ぇ……」
オリヴィエはそう言って、さらりと指の間を滑り落ちる真っ直ぐな髪に櫛を入れ、少し緩めに編み込んでいく。
物珍し気な顔をしたソロが真横から凝視していたため、シンシアは少し緊張気味に座っている。
ルヴァの言葉にクラヴィスがくつくつと笑い出した。
「……竜の神が関与を望んだのだから、問題はなかろう」
クラヴィスのどこか冷ややかな笑いと言葉に、注目が集まった。
ルヴァとクラヴィスの視線が交錯し、どこかルヴァに言い聞かせるような口調で更に言葉を紡ぐ。
「通常では神にすら手に負えぬ行く末が待っていたとも言える。我々守護聖もまた、運命の輪を創る歯車のひとつ……」
そうして夕食の準備にそれぞれが動き回る中、意気揚々とマーニャが姿を現した。
「やーっほぉー、ソロー、いるー!?」
マーニャの声に誰よりも早く顔を向けたのはオスカーだ。それを間近で見たティミーが嫌そうな顔で呟く。
「うわ反応はっや」
呟きをしっかり聞き届けたオリヴィエが吹き出している。
「言うねぇ〜、はっきりものを言う子は好きだよ」
薪割りをしていたソロがマーニャの声に気付き、足早に近づいてくる。
「お、どうしたー?」
彼女の後ろにミネアとトルネコを視認して何かあったのかと目を丸くさせたソロに、マーニャが話し出す。
「お久しィ。知ってた? 今日エンドールで武術大会あったの」
「え、今日だったっけ」
きょとんとしたソロに呆れたように笑いながら、彼女の言葉は続く。
「も〜〜〜〜、大事件だったんだって!」
「なになに」
「なんとー、今年はアリーナが準・優・勝!」
「準……はあ!? 嘘だろ!?」
素っ頓狂な声を上げて驚いているソロに、幾つもの視線が集まる。何の事だろうとこちらを見ていたティミーとポピーのもとへ、トルネコが歩いていく。
「武術大会の優勝者がもしかしたら君たちのお父さんかも知れないんで、確認しに来たんですよ」
そう言って、号外をティミーに手渡す。
二人は号外を覗き込み、それからばっと顔を見合わせた。
「……これ、お父さんだ!」
「何やってんのお父さん……」
驚いてはいたが安堵の色も見て取れる表情に、トルネコがほっと胸を撫で下ろした。
「優勝者、謎の旅人リュカ……この人が君たちのお父さんで間違いないかな」
その言葉に二人はこくりと頷き、再び号外に目を向けた。
天空の装備に身を包んだティミーの姿にミネアがほんの僅かに目を細め、トルネコに話しかける。
「……トルネコさん、この方たちが……?」
「ああ、はい。優勝者のお子さんたちで間違いないようです」
トルネコが双子にちらりと視線を流し、間に入った。
「ティミーくん、ポピーちゃん。こちらはソロさんや私と旅をした仲間のミネアさんですよ。あっちでソロさんと喋っているのが姉のマーニャさん」
トルネコの紹介を受け、二人はぺこりとお辞儀をして自己紹介を始めた。
「初めまして。グランバニアから来ました、ティミーです」
よろしくと挨拶を交わし、ポピーがスカートを両手で持ち上げちょいと膝を曲げる。
「妹のポピーです。お会いできて光栄────」
「メラゾーマッ!!!」
ポピーの言葉を遮るように突然呪文の詠唱が聞こえてきて、一斉に声の主マーニャへと視線が集まる。
見ればドォンと大きな音を立ててメラゾーマの火球が衝突し、ぶすぶすと黒煙が上がっていた────攻撃されていたのはバトラーである。
マーニャが慌てた様子でソロの前に進み出て、険しい顔で叫ぶ。
「ちょっとあんた! なんでここにいるのよ!」
バトラー自身にはそう深刻なダメージではなかったが、持ってきた大量の焚き木が全て燃えてしまった。
再び攻撃の体勢に入ったマーニャをなだめるようにソロが割って入る。
「待て待てマーニャ。悪い、先に説明するべきだった」
ソロはそう言ってベホマを唱えバトラーの傷を回復させたのを見て、彼女は不可解だと困惑の表情を浮かべ、それは言葉にも表れた。
「ちょ、ちょっとソロ……正気? 魔物に」
バトラーは焦げた体毛を軽く払い落とし、ニイと頬を歪めて笑う。
「おまえの顔も覚えているぞ。そうだ、随分と攻撃呪文に長けた女だったな!」
豪快に笑い出したバトラーにすっかり面食らったマーニャの視線が、ソロに向けられている。
騒ぎに驚いたミネアも駆けつけてきたところで、ソロが穏やかに説明を始めた。
「オレらが倒した結界のほこらのヘルバトラーで間違いないんだけど、今はあいつらの仲間なんだとさ」
暫く様子を見ていたルヴァが静かに歩み寄り、新たに加わった面々にも視線を向けながら話を持ち掛ける。
「あー皆さんどうかその辺で。ここはひとつ、全員集まって情報交換といきませんか?」
日は暮れて、辺りを闇が覆い始めている。
バトラーが新たに焚き木を集めている間、シンシア他数名の守護聖がソロ宅のかまどで先に調理を始めていた。
導かれしものたちとバトラー以外のグランバニア勢、調理に加わっていない守護聖たちが状況の整理のために広場に集まり、円形に座っている。
マーニャは残っている薪にメラで着火しつつ、片眉をくいと持ち上げて話し出した。
「……父親が魔物使いってのもソロの子孫ってのもすっごく驚いたけど、まあ……あんだけ強い人の子供なら納得だわ」
艶やかな唇から白い歯を覗かせて笑うマーニャへ、ポピーがリュカについて尋ねる。
「父は強かったですか?」
「ちょっと頭おかしいんじゃないかって思うくらいだったわよ」
その言葉にティミーやルヴァも苦笑する。
実際にはクリフトの暴走を煽っての結果だったが、それを子供たちには言わずにおいた。
「でさー、この子たちと魔物のことは分かったんだけどぉ……」
マーニャがちらりと上目遣いにオリヴィエを見た。
「あなたたちは何!? っていうか美形の割合多すぎじゃない!?」
一瞬目を丸くしたオリヴィエだったが、すぐに艶然と微笑んだ。
「おや、お眼鏡に適ったってコトかな? 子猫ちゃんに褒められるのは嬉しいよ、ありがと」
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち