冒険の書をあなたに2
オリヴィエの声に、マーニャが意外そうに話し出す。
「男でこんなに綺麗にしてる人、初めて見たかも……」
褒められて得意げなオリヴィエをよそに、マーニャの顔に影が差す。
何事かと顔を上げると、調理班に混ざっていたオスカーが両腕を組み、上からマーニャの顔を覗き込んでいる。アイスブルーの瞳がマーニャの視線を捕らえた。
「なんだ、俺の前で他の男の話とはいただけないな……良く見な、ここにもっといい男がいるだろう?」
マーニャはオスカーの甘い囁きにも顔色一つ変えず、にっこりと微笑んで言い放つ。
「私は強い男が好きよ。お金持ちならもっといいわね」
あっけらかんとしたマーニャの発言に、ミネアが間髪容れず言葉を発した。
「姉さんにかかったら、カジノで有り金全部溶かされますのでお気をつけて」
オリヴィエの首がぎゅんとミネアを向いた。
「カジノあるんだ!?」
急にキラキラしたな、と思ったマーニャがくすりと笑って答える。
「なあに、お兄さんもカジノ好きなの? 気が合う〜」
「立場上なっかなか行く機会がないからね、いいなー行ってみたーい!」
脇道に逸れそうな気配に、ルヴァがすかさず釘を刺す。
「オリヴィエ、今はそれどころじゃないですよ。リュカとの合流が先です」
ぴしゃりと言われたオリヴィエが肩を竦める。
「わーかってるってー。ちょっと言ってみたのさ……でも時間があったら寄っていいよね?」
「それは私が決めることではありませんからね。ティミーとポピーに了承を得てならいいのでは?」
「よーっし、俄然やる気出てきたー!!」
マーニャとオリヴィエがイエーイと両手を合わせて楽しそうな中、バトラーが戻ってきた。
会話に混ざることもなく淡々と焚き木を追加しているバトラーへ、ミネアが声をかける。
「……ありがとうございます」
まだ少し探るようなまなざしを受けても、バトラーは意に介さず言葉を紡ぐ。
「礼を言われるようなことでもない。おまえらが警戒したのも当然だ」
穏やかなバトラーの声音にミネアは不思議な感覚を覚え、口をつぐんだ。
火にくべられた小枝がぱちぱちと爆ぜ、小さな火の粉を空へと放つ。
焚火特有の匂いが辺りに立ち込め、服への匂い移りを気にしたオリヴィエとマーニャが風上へと移動していた。
調理班に加わっていたオスカーが自ら腕を振るったシュラスコを他のメンバーへ配る中、マーニャが口を開く。
「ねえソロー、お酒なかったっけ」
ソロは手のひらサイズのパンがぎっしりと積まれた籠からひとつ取り、隣のシンシアへ回しつつ答える。
「ん、確かどっかにしまってあったと思うけど……」
どこにしまっただろうと考える間に、シンシアがさっと立ち上がった。
「葡萄酒だったら前にブライさんから貰ったのが地下室にあるわ。持ってくるね」
「あ、オレが……」
すぐに駆け出してしまったシンシアに、呼びかけた声が途中で止まる。
シンシアとしてはソロを地下室へ行かせたくなかったための行動だった。
ソロにとっての地下室は、村人全てが屠られていくさまをただ聞くしかできなかった場所だ。今でも階段の手前で少し躊躇していることを、シンシアはソロと暮らす内に良く理解していた。
ソロの表情が一瞬にして沈んだことをすぐに感じ取ったミネアが姉を諌める。
「姉さん、また余計なことを言って」
「……ごめん」
ばつの悪そうな顔でしゅんと肩を落とすマーニャ。
二人はボロボロの身なりで絶望に満ちたあの日のソロの顔を今でも覚えているため、言葉を失ってしまった。
気を遣わせたと焦ったソロが、シュラスコの肉をばくりと頬張った。
「肉美味いね。確かにお酒欲しくなりそう」
オスカーが上機嫌で話し出す。
「そうだろう? 元の肉が良ければ岩塩だけでも充分美味いものだがな」
オスカーの言葉に一同が頷く中、シンシアが葡萄酒の瓶とグラスを入れた籠を手に小走りで戻ってきた。
「お待たせー!」
マーニャがガッツポーズと共に声を張り上げる。
「待ってましたぁー! ごめんね、使っちゃって」
「いいのよ。私もソロも普段はお酒飲まないから、皆で飲めたほうが助かるの」
マーニャは注がれた葡萄酒をクッと飲み干して、陽気に話し出す。
「いい料理にいいお酒と来たら、あとはいい音楽と美し〜い踊りじゃな〜い? 歓楽の都モンバーバラで人気ナンバーワンの踊り子、マーニャ様が踊ってあげるから、誰か楽器弾ける人ぉ〜」
ハーイとオリヴィエが自ら手を上げ、空いた手でリュミエールの手を掴んで持ち上げた。
「ここに丁度竪琴弾きがいるよー。私も楽器は何でもできるけど、肝心のものがないっていう……」
シンシアがオリヴィエを見て、控えめに話し出した。
「……私ので良かったら、あるけど」
家の中からリュートに良く似た撥弦楽器を持ってきて、オリヴィエに渡す。
「レデールって言う楽器なの。綺麗な音だから気になって買ってみたんだけど、なかなか覚えられなくて」
へえと興味を示したオリヴィエがレデールを手に取り、試しに音を奏で出す。
「……ん、いいね。それじゃお借りするよーん」
リュミエールがハープを片手にオリヴィエの横に座り、レデールを眺めている。
「見れば見るほど、リュートにそっくりですね」
早速好きなようにかき鳴らし始めたオリヴィエが、ちらとリュミエールに視線を向けて口を開く。
「扱い方もほとんど一緒、名前が違うだけみたい。ハープとも合わせやすそうな音で、いいんじゃなーい?」
弦の数が多く初めこそ少し手間取っていたオリヴィエだったが、元来器用なためかもう馴染み始めている。
「あの子が踊るって言うから、ここは情熱的に行くか叙情的に行くか……」
視線で問われたリュミエールが少し考え、鞄から小さな本を取り出した────練習用にと持ち出してきた楽譜集である。
「そうですね……『子鹿たちのサルタレッロ』は如何でしょう。元々は速い三拍子の舞踏譜なのですが、これでしたらわたくしでも弾けます」
「ちょっと見せて……あちゃー、私は譜面見ながらじゃないとキツいかも。でも良さげだね、伴奏ならなんとかなるかな」
ハープ向けにアレンジされた楽曲はオリヴィエが見る限り明らかに高難度であったが、いつもは控えめなリュミエールも愉しげで、柔らかな声でオリヴィエの意見を後押しする。
それから少しの練習をして、いよいよ本番────軽やかに跳ねるようなリズムに合わせて手拍子が湧き、普段着姿のマーニャは愉快な楽曲に乗り華麗な足さばきを見せた。
闇夜の中、大きく燃え上がる焚火の橙色に染まりながら暫く楽し気に舞っていたマーニャが、ふいにシンシアとソロの手を取り引っ張り出す。
「えええ、ちょ、ちょっと!?」
シンシアの驚きの声をまるきり無視して、二人の腕を強引に組ませぐるりと押し回した。
「そのままぐるぐるーっと回って、スキップ!」
マジかよとぼやきながらもソロは照れ臭そうにシンシアと見つめ合い、言われた通りにリズムに乗った。
マーニャはこめかみの辺りで手拍子を送りながら、次々と他の者たちも立たせては同じように巻き込んでいく。
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち