冒険の書をあなたに2
口笛ではやし立てていたティミーももれなく巻き添えを食らい、ポピーと腕を組まされて苦笑いをしつつぎこちなく回り出す。
騒がしい様子に混ざるでもなく静かに食事をしていたミネアを目に留めて、マーニャはすかさず巻き込みにかかった。
「ほらあんたもよ、ミネア!」
ミネアはぐっと手を引かれても腰を上げようとせず、戸惑いの声を上げた。
「ま、待って姉さん。私には無理だってば」
妹の弱気な声に耳を貸さず、マーニャはすぐ近くで葡萄酒を飲んでいたオスカーへと声をかけた。
「ねえ赤髪のお兄さん、妹と踊ってくれなーい?」
オスカーはそう来たかと内心思ったが顔には出さず、にっこりと頬を緩めて愛想よく対応して見せる。
「俺で良ければ喜んで。行こうか、美しいお嬢さん」
差し出された手を断るのも悪いと思ったミネアが渋々自分の手を重ね、華奢な体があっという間に持ち上げられる。
「難しく考えなくていい。さあ腕をどうぞ」
そう言って腕が組まれるのを待つオスカー。
この男は間違いなく気障だ────ミネアは正直にそう感じたが、言われるがままに腕を絡めると、ごく自然に回っていく。
マーニャが残っている面子に視線を走らせた。
「さーてお次はどうしよっかな!」
クラヴィスとトルネコに目を付けたものの目が合った瞬間に頭を振られ、次に残っている二人を見る。
「はーい行ってらっしゃい!」
ルヴァとマルセルの手をぐいと引っ張る。
「へっ!? わ、私とマルセルでですか!?」
ルヴァの素っ頓狂な返事に笑いながら、マーニャはそうよと言い返して二人の背中を押した。
二人へ向けトルネコがわざと口笛を鳴らして笑いが起きる中、マルセルも吹き出している。
「あは、あはは! ぼくたちまで回る羽目になりましたね!」
「はは、そうですねえ。まあたまには、こういうのもいいんじゃないですか?」
隣でくるりくるりと回っていたオスカーが半笑いでツッコミを入れた。
「おいおい、神鳥守護聖最年少と最年長の組み合わせか!」
この辺りで、オリヴィエの伴奏が速度を上げた。彼らしい悪戯に一瞬後れを取ったリュミエールがふっと笑みを漏らし、即座に追い付いていく。
曲に合わせて踊る速度も増し、ぐるぐる回されていたルヴァがマルセルを止めにかかった。
「あああああの、マルセル! まっ……待ってくださぁぁあい……ひぇぇぇええ!」
すこぶる楽しそうなマルセルに振り回される形でルヴァがすぐに目を回し、見かねたマーニャがティミーとポピーに近づく。
「はい妹ちゃん、チェンジね! お兄ちゃんは私とよ」
ポピーとマルセルの腕を組ませたマーニャはあぶれたティミーの腕を取り、軽快に回り始めた。
暫くして、最初に踊らされたソロとシンシアがへとへとになって回るのをやめ、踊る者たちへ手拍子を送った。
残るはオスカーとミネア、マルセルとポピー、ティミーとマーニャの三組だったが、ソロたちの次に巻き込まれたティミーが根を上げる。
「マーニャさんごめん、ぼくもう無理!」
「なあにー、ソロの子孫なのにこれくらいで! まあいいわ、解放してあげる」
ポピーとマルセル組も疲れたのか、ぺこりとお辞儀をして戻ってきた。
ティミーを解放したマーニャがオスカーとミネアへ声をかける。
「ミネアー、交代。お兄さんまだいけそぉ?」
「うん? ああ、大丈夫だ」
腕を解いてミネアの手を持ち上げたオスカーは彼女だけをくるりと回し、ミネアはスカートの裾を持ち上げ一礼してから離れていく────スイカ割りをしたように少々ふらつきながら。
すいと差し出された手の動きを目に留め、こなれた所作だと感じたマーニャは目を細めた。
「じゃあ最後は私とで。こういうステップ踏める?」
マーニャが腰に両手を当て、前屈みの姿勢で右一、左二とつま先を踏み込み、三でぴょんと後退してから右足の踵を左の膝外側にとんと当て、そのまま右足首を左足首の背後にクロスさせた。
舞踏会にも慣れているオスカーにはどうと言うこともなく、すぐに繰り返してみせるとマーニャが満足気に微笑んだ。
「上出来。あとはクロスした足をパッと開いて繰り返し……いい?」
オスカーが頷き、二人は並んで互いの腰に手を添え、空いた片手は自らの腰に宛がった。
曲に乗せて二人は手拍子を貰い、楽しそうに同じステップを踏む。
結局その日のどんちゃん騒ぎは深夜にまで及び、とうとうその場で寝こける者まで出る始末だった。
その夜、一行は建て直したらしい建物に泊まることとなった。
元は宿屋だったというそこは小ぢんまりとしており、守護聖たちとグランバニア勢は元宿屋へ、導かれしものたちはソロ宅に分かれてどうにか眠るスペースを確保できる程度だったが、殆どの者は野宿にならず良かったと胸を撫で下ろした。
宴で寝こけてしまった者はそのまま運ばれ、今は建物の中で静かな寝息を立てている。
夜行性の生き物が様々に歌う中、一人抜け出したクラヴィスは広場に座り夜空を見上げた。
広場には月の光が差し込み、夜目の利く者には上等と言えるほど明るい。
芝生の上に腰を下ろし、袂からタロットカードを取り出したクラヴィスの表情はどこか硬く、こなれた手つきでカードをシャッフルし、切り株の上に一列に並べた。
長い指先が一枚のカードを手繰り寄せ、ゆっくりとめくる。
「運命の輪の正位置─────大きな変動が来たる、か……」
クラヴィスは自らに言い聞かせるような声で独り言ちると、再び夜空へと視線を戻した。
深夜、オリヴィエは騒々しい物音に驚いて目を覚ました。
慌てて身を起こすと周囲にいたはずの仲間は誰もおらず、耳を掠めた多くのざわめきもいまは消え去っている。
月も星も生き物たちの声もない虚無と言えるほどの完全なる闇を前に、いつもの陽気な表情を失くしたオリヴィエは静かに立ち上がった。
(ここは現実世界、じゃ、ない……?)
地の守護聖ではないが、一体誰が、何のためにと問いかけたくなる。
それでもマルセルと世界樹のように、自分にも何かが起きたのだと解釈して心を落ち着かせるうち、誰かのすすり泣く声が聞こえ始めた。
声のする方角をじっと見据えていると、やがてぼうっと大きな鳥籠が浮かび上がってきた。
鳥籠の中で泣き伏せていた人物を見て、オリヴィエは息を呑む。
(……あの子は)
花桃色の真っ直ぐな髪を垂らし嘆いていた女性は、聖地にいたときに見た夢の人物、ロザリーだった。
オリヴィエはある確信を持ってロザリーに近づいていく。
「ハーイ、あんたがロザリーだね?」
オリヴィエの声にはっと顔を上げた瞬間、カツン、コロコロと小さな音を立てて何かが散らばった。
赤いビーズか宝石の玉に見え、何とはなしに拾い上げてみる。
「んー、これなーに? キレイだね」
ブレスレットか何かの糸が切れたのだと思ったオリヴィエが他の粒も拾い集め、ロザリーらしき人物にまとめて手渡した。
「あ、あなたは……?」
手の中の粒とオリヴィエの顔を交互に見て、彼女の声は震えた。泣き腫らした瞼が、本来くりくりとした目をどんよりと覆ってしまっている。
「私は夢の守護聖オリヴィエ。で、あんたはロザリーで合ってる?」
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち