冒険の書をあなたに2
「あー、まずは自己紹介をさせてください。私は神鳥宇宙で地の守護聖をしている、ルヴァと言います。それで、こちらがリュカの子供のティミーとポピーです」
双子がそれぞれに挨拶を済ませると、ホイミンも丁寧に頭を下げる。
「改めまして……ぼくは吟遊詩人のホイミンです。リュカさんとは、アネイルで怪我を治していただいて知り合ったんですよ」
ホイミンが名乗った瞬間、ティミーとポピーは何とも言えない顔つきで視線を交わし、それからティミーが口を開いた。
「名前にすんごい既視感あるんだけど……」
ティミーの気まずそうな口振りに、ホイミンはくすりと小さく笑って答えた。
「そちらにもホイミスライムのホイミンさんがいると伺っています。ぼくも元はホイミスライムですよ」
リュカという理解者ができたためかあっさりと自分の正体を語ったホイミンに、ソロが意外そうな顔を見せた。
「え、まじで?」
言葉を続けようとした矢先に奥の部屋の扉が開き、一同の関心はそこから近付いてくる足音に移り替わる。
探し求めた父の姿を目に留めて、子供たちが椅子を蹴るような勢いで立ち上がり、同時に叫ぶ。
「お父さん!!」
「お父さーん!」
リュカは子供たちとルヴァの登場に驚きながらも、勢い良く抱き着いてくる子供たちを難なく受け止めて目尻を下げ、優しい父の顔になる。
「お、どうした? ルヴァがいるってことは聖地に行けたの? ポピー」
こくりと頷いてリュカの問いに答えようとしたポピーの両目から、大粒の涙が溢れた。
「どうしたじゃないよ……絵が、変わってっ、か、帰ってこない、から、っ……」
喉の奥から振り絞るような嗚咽に胸を締め付けられ、愛妻に良く似た柔らかい金髪ごと抱き締める。
「また心配かけちゃったね……」
「無事、でっ……良かったぁ……」
しゃくり上げながらそう言って全力で抱き着いてくるポピーと違い、ティミーは一度のハグの後は額をリュカの肩につけている。淡く朱に染まった耳を視界に留めたリュカは、これが彼の精いっぱいの甘えなのだと理解を示して、張りのある金髪をくしゃりと撫でた。
ティミーはそれを嫌がるそぶりもなく、少しはにかんだ唇をきゅっと引き結んで真面目な顔になり、父リュカと視線を重ね合わせた。
「迎えに来たよ。お母さんが待ってるから、早く戻ろう」
これまでの照れ隠しとも違う大人びた顔と物言いに、リュカが眉を開いて小さく頷き、言葉の続きを待つ。
「グランバニアが襲われたんだ」
愛息の言葉に、リュカの顔が一転して引き締まる。愛娘が泣き止んだのを確認し、ゆっくり身を離したリュカが一言問う。
「現状は?」
「みんな無事。だけどこっちでも色々起きてるから、今どうなってるかは分からない」
リュカの顔には取り立てて大きな感情の波は見られない。ただじっと考え込み規則的に瞬きを繰り返してから、ぽつりと呟きを漏らした。
「……まだ何かあるぞ」
会話が途切れた隙にルヴァが静かに立ち上がり、親子の元へと歩み寄ってきた。
「同感ですよ。今回は私たち神鳥守護聖全員も関わっていますからねえ」
視線を上げたリュカの顔から、険しい相が瞬く間に霧散していく。そして喜ばしさにふんわりと微笑んだ唇から言葉が紡がれた。
「あぁそうだ。久し振りだね、ルヴァ」
ルヴァを見つめる黒曜石のような目の端に、以前には見当たらなかった浅い皺を見つけた。子供たちの成長は単純に嬉しかったが、この再会で聖地との時間の流れの違いを改めて実感し、胸の奥が微かに痛む。
「お久し振りですね。あなたが無事で良かった……」
対面した二人はいつかの別れと同じように固く手を握り合い、それから拳と拳を突き合わせた。
「はは。いつもだったら早々くたばらないよって言えるんだけど……今回ばかりは手掛かりもないし、正直お手上げだった。来てくれてありがとう」
再会のひと時を邪魔しないようにと見守っていたホイミンが新たにお茶を淹れ直している間に、全員テーブルの周りに集まる。
奥の部屋で眠っていたのか、ようやくプックルがやってきてポピーに撫でられ、嬉しそうに喉を鳴らした。
ソロは淹れ直された熱い茶を口に含み、嬉しそうな子供たちの姿に顔を綻ばせて呑気な声を出す。
「ま、とりあえずライアンの帰りを待とうぜ。もうすぐ帰ってくると思うし」
その後雲間から射し込む光が翳る時刻になるまで、彼らはお喋りに花を咲かせた。
分厚い雲の上にある太陽が天頂をとっくに過ぎた頃、遠くから近づく蹄の音を聞き付けたピエールがふいと顔を上げた。
「……戻られたようですよ、ホイミン殿」
「あっ、本当ですか! じゃあぼく、お出迎えしてきます!」
嬉しそうなそぶりを隠しもせず、ホイミンはいそいそと洗い桶の準備を始め、丁度それが済んだ頃に一同の耳にも馬蹄の音が届いた。
ライアンが扉に手をかけるより先に、ホイミンがひょっこりと顔を覗かせる。
「ライアンさんお帰りなさい!」
満面の笑みで出迎えられたライアンも頬を緩める。
「ただいま。留守の間に問題はなかったか?」
「はい、ええと、ソロさんとリュカさんのご家族がおみえです。居間にお通ししています」
リュカの家族と聞き僅かに目を丸くさせたライアンだったが、ホイミンの口振りから問題なしと判断して頷いて見せる。
「そうか。先にこいつを小屋に連れて行くから、そのまま応対してくれ」
手短にそう告げると、愛馬の手綱を引き家の裏手にある馬小屋へと向かった。
愛馬の泥汚れを落として戻ってきたライアンは、今度は自らの汚れ落としに取り掛かる。
「やれやれ、酷い道だったなあ……」
ブーツの泥を落としながらのぼやきに、くすりと頬を上げたホイミンが手拭きを渡す。
「ソロさんたちも同じこと言ってました。でも雨に当たらなくて良かったですね」
「土砂降りだったからな。まだしばらくは悪路のままだろうが、やむを得まい」
壁に背をつけて二人のやりとりを見ていたソロが口を挟む。
「まだ馬かっ飛ばしてこれたんだからマシだろ。オレたちなんか徒歩だからさ、悪いけど待たせて貰ってた」
「ホイミンがいいと言ったなら構わんよ。あの子らはリュカ殿のご家族だったか……久し振りの再会だろう? 急ぎでなければ、今日は皆で泊まっていくといい」
父と子で和やかに会話する姿にライアンは目を細め、それからソロへと視線を合わせた。
「そのつもり。あんまりのんびりもしてられないんだけど、ライアンにも話を通しておきたい」
「ふむ……ソロ殿が言うからには、のっぴきならない状況なのか?」
「たぶんな……それも説明する」
夕食後────ルヴァが元の時代に起きたこと、そしてバトランド城下町と湖の塔での出来事を話すと、リュカとライアンの顔が一変する。
「……黒幕がどこかの城に潜んで、現在進行形で何か企んでるってことか」
「そのようだな。バトランド領地内の話だ、王の耳にも入れておかねばなるまい」
それきり二人が視線を合わせて黙す中、ホイミンがそわそわしながら口を開いた。
「あのー、空飛ぶ靴ってまだ持ってますか?」
ホイミンの問いに、ポピーがこくりと頷きを返す。
「ありますよ、ええと……」
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち