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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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「沢山の出会いがあなたを導いた、とも言っていましたね。それならば、住む時代も世界もまるで違う私たちが現在共にいることも、きっと何らかの導きであるはずですよ」
 リュカは顔を覆ったまま微かに頷き、それから短く鼻をすすり上げる音がした。
 ほんの束の間だけ父に抱き上げて貰えた遠い記憶が鮮やかに蘇り、両手でごしごしと目元を拭ったリュカは眼前の景色へと視線を飛ばす。
 先ほどの憂いは姿を消してしげしげと辺りを見回すリュカへ、ルヴァは更に言葉を重ねる。
「……子供時代に戻りたいと願っても、普通なら経験できませんからねー。あなたはいま、とても貴重な経験のただ中にいますね」
「そうだね。でも頭の中身は大人だから、変な感じがするよ」
 リュカの発言にライアンが笑い出す。
「わははは、そうだろうな!」
 そんな彼らの会話をじっと聞いていたホイミンは、所在なさげに立ち竦んでいる。
 一瞬だけ言いようのない寂しさを顔中に浮かべたが、それから何事もなかったようにライアンへ声をかけた。
「ライアンさん、ぼく先に戻ってますね」
 そう言って水の入った天秤桶をよいしょと持ち上げる。
「構わんが重いぞ、大丈夫か」
「一つだけなら平気です。じゃあ皆さん、お先に失礼します」
 よろけないように細心の注意を払って歩き始める。このとき心配そうな視線が投げかけられていたことに、ホイミンが気付くことはなかった。

 距離にしてみればそう長くはなかったが、二つの桶になみなみと入った水はそれなりに重い。
 時折桶を地面に下ろしながら元来た道を引き返し、ホイミンは額に浮かんだ汗を拭う。
 あの場から逃げるように帰ってきてしまったことへほんの少し後悔をしたものの、気を取り直して再び持ち上げた。

 間もなく家が見えてくる頃になって、ホイミンは疲労からほんの少しよろめいた。
 こけないように踏ん張ったせいで桶が揺れ、水が零れてしまう。
「わあぁ、やっちゃった……」
 濡れた地面を見てそう呟くと、背後から声がかかった。
「重そうですね。手伝いましょうか?」
 柔らかく適度に低い男性の声に聞き覚えはなかったが、ホイミンは何も疑わず振り返る。

 確かに振り返って、男の顔を見たはずだった。
 しかしはっと気が付くと辺りには誰もおらず、束の間の白昼夢だったのかと首を捻る。
 僅かにだるさを感じ始めた体を休ませようと、ホイミンは深く考えずにその場を後にした。

 ライアン宅には井戸がない。体力維持の目的も兼ねて、今でも天秤桶で川の水を運ぶ手法をとっているためだ。
 帰宅したホイミンがふうふう息を切らして水桶を運び込もうと扉に手をかける。
 その途端ぱちんと小さな静電気が指先に走り、突然の刺激に思わず手を引っ込めた。痛みの走った手をもう片方でさすりつつ室内へ足を踏み入れると、なぜか先程よりも体が重くなり意識がぼうっとし始めた。

「おかえり、ホイミン」
 水桶を室内に運び込んだところで、聞き慣れたライアンの声がした。
「あれ、ライアンさん……? 先に戻ってたんですか?」
 物音ひとつ立てずに現れたライアンを不思議に思ったが、猛烈な眠気に誘われぐらぐらと視界が揺れる中、ホイミンは彼の姿を捉えようと目をこじ開ける。
「疲れただろう、今日は何もせずゆっくり休みなさい」
「で、も……リュカさんたち、は?」
「もう出立したよ」
 そっけなく告げたライアンが更に近づき、ホイミンの肩に手を乗せた。
「ライアンさん……バトランドまで一緒に行くって言ってなかった?」
「そうだったか?」
 しれっとそう言って笑う顔がどこか冷たく見えて、落ちそうになる瞼をどうにか持ち上げてライアンを見つめる。
「それに、あの子たちもいないよ。黙っていなくなるような子たちじゃなさそうだったのに」
 リュカの子供たちだけでなく、ピエールやプックルもいない。皆礼儀正しく、何の挨拶もなく立ち去るような無礼はしないはずだ、と不審に思った。
「ほんとに、みんな帰っちゃったの? ぼくに何も言わずに……?」
「まあいいじゃないか。いまはおまえといるほうが大事なんだから」
「え……?」
 ライアンからの信じがたい言葉に目を見開き、頭の片隅で警鐘が鳴り響く。
「そんなことより、これからは二人で暮らそう。家族として」
 ライアンに抱き締められた刹那鼻先にドブのような臭いが漂い、ホイミンの体がびくりと震えた。
 確かに欲しい言葉と抱擁だったはずだ────それなのに、いま胸に満ちるのは歓喜ではなく、入道雲のごとくむくむくと育つ疑念ばかり。
 ライアンの手が背中をするりと撫で、ホイミンの疑念が脳内でほぼ確定事項として決定づけられた。
「待っ……て」
 腕から逃れようと身を捩る。だが一層きつく抱き締められて、更に身動きが取れなくなった。
 ドブ臭い息が顔にかかり、目的を悟ったホイミンは咄嗟に彼の口を手のひらで塞ぐ。
「こ、こんなことしたって無意味だよ! ぼくはどう頑張ったって女の人にはなれないんだから!」
 子煩悩なライアンが求める家族像には至らない現実を叫びにも似た声で言い切ると、ライアンの頬がニイッと歪んで持ち上がった。
「なれるさ、進化の秘法を使えばな……」
 この一言が決定打となった。抵抗をやめたホイミンが、ぎろりとライアンを睨み据える。
「……ライアンさんじゃないよね」
 低く抑えた声で問うが、目の前の男はどこか虚ろな瞳のままホイミンを見ている。
 ホイミンはその隙を逃さず、片手で相手の耳を強く掴みぐいと引っ張る。横に引き倒した瞬間を狙い、空いた手で顔面を殴りつけた。
 渾身の力を込めた一撃で体勢を崩した男からすぐに距離を取り、ふつふつと沸き起こる感情のままにホイミンは呟く。
「魔物のときでも……」
 敬愛するライアンの人となりを汚されたように感じて、ホイミンは一度ぎゅっと唇を噛む。
 潤んだ瞳からは涙があっという間に溢れ出し、迸る想いは憤激の声となって表れた。
「そのままでいいって言ってくれた人が、ぼくを変えようとするはずがないんだよ!」
 鋭い語気で言い放つと近くの椅子を両手で持ち上げ、相手目掛けて思い切り投げつける。
「失せろ偽物!!」
 ライアンの姿をした男は片腕で難なく椅子を受け止め、床へ放り捨てた。
 逃げるか、戦うか────決めかねたほんの僅かな隙に、ホイミンは背後から伸びてきた手に気付くのが遅れた。
「ぅ……んんっ……!」
 気配に気づいたときには遅かった。
 もう一人の男から薬臭い布で鼻と口を塞がれ、驚きに声を上げようとするもかなわない────そして、ぐらりと視界が暗転した。
 ホイミンの口を塞いだ背後の男が冷ややかな口調で話し出す。
「マスタードラゴンの力で転生した元魔物……これで、ようやく材料が揃ったか」
 気を失う間際に聞こえた声は、先程声をかけてきた人物と同じ声だった。

 水汲みを終えたライアンたちが異変に気付いたのは、帰り道の途中だった。
 ソロが視線の先で横倒しになっている天秤桶を見つけて指をさす。
「なあ、あれってさっきホイミンが持ってったのじゃねえ?」
 言われて他の者の視線が集まる。
 怪訝な様子をあらわにしたライアンが眉をひそめた。