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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 薄く目を開けたポピーの視界に、心配そうなマーリンのグレーの瞳が映り込む。
「……気が付いたようじゃの、ポピー」
 嬉しそうに目を細めたマーリンの顔にはありありと安堵が浮かぶ。
 大理石とも違うこんなすべすべした白壁と天井は今まで見たことがなく、ポピーは不思議そうに首を動かして眺め入る。
 右側へ体を傾けようとして、少し持ち上がった左腕にちくりと痛みが走った。
 真っ白な天井から自分の腕に視線を移すと細い管が繋がっていて、痛みはそこから来ているようだった。
 この管はどこから来ているのかと目で辿る。磨き上げた剣のようにぴかぴかの棒から水のようなものが入った透明の袋がぶら下がり、ぽた、ぽた、と規則的に管を伝っていた。
「お爺ちゃま、これはなに……?」
 腕をよく見ればとても細い針が刺さっている。道理でちょっと痛いわけだ────と、ポピーが引き抜こうとしたのを、マーリンが慌てて止めに入った。
「ああ待て待て、それは抜いてはならん。点滴と言ってな、こちらの世界で一般的な医療行為なんだそうだ」
 マーリンは咄嗟に掴んだポピーの手を、そのままシーツの中へと戻して肩が冷えないように掛け直す。
「てんてき……」
 意味が把握できていない様子で片眉を下げたポピーを見て、もう大丈夫だという安心感で強張っていた顔を緩め、目が覚めたら押すように言われていたコールボタンを押した。
「人間の敵、などの『てき』ではないぞ」
「うん、多分違うと思った」
 そんなお喋りに花を咲かせてくすくすと笑い合っているうち、シュンと機械的な音がして誰かが入ってくる足音がした。
 寝台の周囲にはカーテンが引かれ外の様子が良く分からないため、ポピーは息を潜めて僅かに身構えた。が、すぐに聞こえてきた穏やかな声音に体の緊張を解く。
「マーリン殿、開けてもいいですか?」
(……ルヴァ様のお声だ! うわあ、どうしよ、どうしよ)
 久し振りに対面するとあって、あの頃より成長した自分を見られてしまうことがなんだかとても気恥ずかしい。
 そんな少女の胸の内を知ってか知らずか、マーリンがすぐに返事をする。
「ええどうぞ、先程目が覚めたところです」
 思わずシーツの中に隠れてしまいたくなったが、それは人と対面するときに失礼に当たるからと、ポピーは頬の紅潮をそのままに起き上がり、背筋をぴんと伸ばした。
 シャッとカーテンが開けられ、彼女の記憶のままのルヴァがポピーを見てにこりと笑んだ。
「お久し振りですね、ポピー。私を覚えていますか?」
 ルヴァはゆっくりとした動きで寝台の横の椅子に腰かける。
「お、お久し振りですっ……ルヴァ様。あの、こんな姿で失礼します!」
 勢いよくぺこりと頭を下げた途端になんとなく掴んでいた管まで引っ張ってしまい、点滴のパックが盛大に揺れた。ルヴァがすかさず手を添えて揺れを押さえる。
「いいんですよ、あなたが無事で何よりです。あちらとは何もかも違っていて驚いたんじゃないですか?」
「はい、これとか……こんな細い針、見たことないです」
 そう言って腕を持ち上げる。またちくりと痛みが走ったが、ルヴァに会えた喜びでそれどころではなかった。
 ルヴァは少し困ったように笑いながら、ポピーの腕をそっと下ろす。
「ああ、どうかそのままでいてください。この袋のお薬がなくなるまで、もうちょっとだけ我慢ですよー」
 ポピーの鼻先にふわ、と花の香りが漂った。仄かに甘い香りは、グランバニアの結婚式で使われた花の香りに良く似ていた。
「……はい」
 その香りがルヴァの衣服から来ていると気づいたポピーは懐かしさも相まって胸がいっぱいになり、俯いて返事をするのが精一杯になってしまった。
 そんなポピーの様子を気にも留めず、ルヴァはいつも通りの柔和な笑顔のまま言葉を続けた。
「それとね、今あなたが一番逢いたい人が来てくれてます。連れてきますから、ちょっと待っていてくださいね……ああそれと」
 面会を希望していたもう一人を連れてこようと腰を上げたところで、ルヴァの青灰色の瞳がどこか感慨深げに細められた。
「とってもきれいになっていたので、少々驚きましたよ」
「……!!!!」
 落ち着き始めていたポピーの頬が途端に赤く染まった。
(えっ、なにっ、ルヴァ様ってこんな破壊力のあること言うのっ!? 今さらっと言ったよね!?)
 だがポピーはまだ知らない。この程度の台詞などここ聖地ではほんの序の口であり、聞いている側が恥ずかしくなるほど甘ったるい台詞をダダ漏れさせる守護聖が他にゴロゴロいることを────

 ルヴァは自動扉を抜け、隣の待合室へと向かう。
 革張りの長椅子にちょこんと行儀よく座っているのは、彼が愛してやまない女王陛下だ。
「陛下、面会可能でしたのでどうぞこちらへ」
 名前で呼んで貰えないことにアンジェリークは少し不服そうに唇を尖らせ、左手の薬指に填められた指輪を見せつける。
「……外しちゃうから」
「何度も言ってますが、それは困りますねー」
 ふいに前かがみになり顔を近づけて、他の誰かに聞かれないよう耳元でそっと囁く。
「……ほら行きますよ、アンジェ」
 ほんのり薔薇色のすべらかな頬を間近に見て言葉の終わりに一瞬躊躇ったものの、彼女の桜色の唇めがけて素早く口づけた。
 警備上この待合室にも監視カメラが設置されている。モニターから見れば、二人が身を寄せているところまでは分かるだろう。しかしついでにこっそりと行われた特別な挨拶については自分の陰に隠れている筈────と、彼は躊躇った一瞬のうちにそこまで計算していた。
「では女王陛下、お手をどうぞ」
 差し出した手のひらにアンジェリークの小さな手が乗る。
 見上げてくる視線が思いの外甘く解けていて、ルヴァは内心しくじったことを悔やんだ。
「……あなたという人は、本当に無自覚で末恐ろしい方ですねえ」
「どういうことですかっ」
「いいえ……なんでもありません。行きましょうか」
 自分を求めるそのまなざしのせいで守護聖という立場を今すぐにかなぐり捨てたくなるのだということを、いつか自覚してくれる日は来るのだろうかと思いながら、ルヴァはアンジェリークの手を取り待合室を出た。

 二人が医務室へ行くと、淡い桃の花が描かれたストールを肩にかけたポピーが待っていた。
 カーテンの陰からひょこっと顔を出したアンジェリークがポピーを見て嬉しそうに顔を綻ばせた。
「マーリンさんお邪魔しますね。わあ、久し振りねーポピーちゃん! すっかり大人になっちゃってー!」
 中断された御前会議から二日ほど経過した今日は公務のない日であったため、アンジェリークは普段の私服より少しきっちりとしたドレス姿、ルヴァは私服である。
 アンジェリークはすぐにポピーの両手を握り、労わりのまなざしを向けた。
「わたしの補佐官から手紙を受け取っているわ、もう大丈夫だからね」
「アンジェ様……!」
 優しい声が耳に届くなり、ポピーの空色の瞳が潤み始める。会えたら言いたいことは山ほどあったのに、言葉自体が喉元にすら出てこなくなってしまった。
「あなたが元気になったら、他の守護聖たちも紹介するわ。詳しいお話はそのときでもいいかしら」