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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 ピエールがホミレイの頭のてっぺんをよしよしと撫でて声をかける。
「もう大丈夫ですよ」
 穏やかな声に安心したのか、ホミレイはすぐに瞳を潤ませた。
「おとうさんは……?」
 そのか細い呟きに胸を痛めたホイミンは思わずピエールと視線を合わせ、小さく頭を振った。
 鋭い聴力を持つピエールには、先程の惨事が聞こえていたのかもしれない。こくりと頷くとスラリンを呼びつける。
「スラリン、ザオラルを試してくれますか」
「うん? いいよ」
 ぺしゃんこに潰れている父親の姿を見せぬように、ホイミンは幼子をぎゅうと抱き締めて背を向ける。
 幾度かザオラルの詠唱が聞こえてきたが、半々の確率をもってしてもホミレイの父親は蘇生せず、さほど多くはない魔力を使い果たしたスラリンが悔しげにてっぺんのとんがりを萎れさせた辺りで、とうとうピエールが彼を止めて重い口を開いた。
「……すみません、力及ばずでした」
 くりくりとした無垢な瞳が真っ直ぐにピエールを見つめ、兜の奥で深海色の瞳が揺れた。
「おとうさん、もういない?」
 率直な問いに、ピエールはぐっと声が詰まる。
「……はい」
 掠れる声でどうにか返した答え。幼子は幾度か規則的に瞬きを繰り返し、淡々と話し出した。
「じゃあ、おかあさんに会いに行ったんだねー」
 保護者を失った幼子の言葉に、ピエールやスラリンだけではなくホイミンも思わず涙ぐみ、ホミレイのつるりとした頭に唇を寄せた。
 そんなホイミンを見て、ピエールは彼の主と印象を重ねた────リュカもまた、語れないほど溢れ出る想いがあるとき、頬や唇を寄せることがあるからだ。
「その子はどうしますか」
「……ピエールさん、ホミレイを連れて行ってくれる? あなたたちの庇護があれば、きっと助かるから」
 ホミレイを託され、盾を腕に通して開けた手で抱きかかえたピエールが訝しむ。
「それは構いませんが……ホイミン殿も一緒でしょう?」
 ピエールの問いに、ホイミンは黙り込んだ。その間に足元に転がり落ちた赤い石を拾い上げ、肩掛けの袋にしまい込む。
 どこか躊躇うようなそぶりに、ピエールはじっと彼の言葉を待つ。
 中腰の姿勢からゆっくりと立ち上がり、ホイミンとピエールの視線がかち合った。
「ぼくは残ります。たぶん……ぼくが人間としていられる時間はそう多くない」
 ピエールは目を丸くして、目の前のホイミンをじっと見た。ホイミンの表情にはどこか晴れ晴れとした吹っ切れた様子が窺えたものの、小首を傾げて言葉の続きを待つ。
「ぼくがいたらきっと足手まといになります。この部屋に隠れてますから、後で迎えに来てください」
 何かの覚悟をまなざしから感じ取ったピエールは、こくりと頷きを返して彼の手荷物を渡す。
「承知しました……ホイミン殿のお荷物です」
「ありがとう。スラリン、これ使って」
 受け取った布袋からエルフの飲み薬を出してスラリンの前に置いた。
 困惑するスラリンに言葉を重ねる。
「この間リュカさんがくれたんだけど、今は竪琴と譜面だけあればいいんだ。演奏さえできれば、退魔の旋律で凌げるから」
「退魔……ですか?」
 ピエールの問いから間を置かず布袋から出てきたのは、手帳サイズの古びた譜面集だった。
「この体の持ち主が世界各地の珍しい楽譜を集めてたみたいでね、その中に幾つか魔力を伴う曲もあったんだ。ぼくはそれを使って旅をしてきたから、大丈夫ですよ」
 自信ありげな言葉に、ピエールは小さく息を吐いた。整理のつかぬ感情の波ははっきり安堵とも言い難かったが、安堵に準ずる気持ちになったのは確かだった。
 そこではたと動きを止めたホイミンが、肩掛けの鞄をピエールに渡して説明を始めた。
「さっきの赤い石……なんか良くない感じがするので、そちらで鑑定できる方に見て貰って欲しいんです」
「ふむ……呪いの類ですか?」
「分かりません。でもじっと見ると麻痺の効果があるようなので、あまり見ないでくださいね」
「それなら解呪の呪文を使えるティミー様がいるときに見てみましょう……リュカ様と合流したら戻ってまいりますので、それまでどうかご無事で」
「うん、二人も無事でいてね。ホミレイをよろしくお願いします」
 ホミレイを連れ部屋を出ていく二匹の背に向かい、ホイミンは深々と頭を下げた。

 数秒してゆっくり身を起こし、自ら開けた壁穴からもう一度空を眺める。
 晴れ渡る青空にぽこぽこと可愛らしい綿雲が浮かび、ゆっくりと流れていく。ここが魔城であることを忘れるほど小鳥の囀りがあちこちから賑やかに聞こえる中、ホイミンはここから脱出したホイミスライムたちの幸福を願い、静かにその場を後にした。

 鉄の扉がギイ、と軋む。
 ホイミンは先程飛び出したときとは打って変わって、どこか神妙な面持ちで部屋に戻ってきた。
 簡素な寝台に座っていた男が顔を上げ、退屈そうな表情が愛想のいい笑顔に変わる。
「おかえり。やっぱり戻って来たね」
「……ぼくに何をした?」
「言っただろう? いずれ分かるって。君の想像通りの話だよ」
「ぼくに、進化の秘法を使ってたんだな?」
 ホイミンの硬い声音に、男は大層嬉しそうな顔で首肯する。
 覚えがあるとすれば、初めて声をかけられた直後しか思い当たる節がない。
 身の内で起き始めた強制的な変化への恐怖とせり上がる悲しみが、ホイミンの感情を溢れさせた。
「どうして……!」
「君は、自分を何に分類する? 見た目は人間、でも魔物だった頃の記憶もあるんだろう?」
 問いにかぶせて発された内容に、ぐっと言葉が詰まる。
 元魔物という事実を知っているだけではなく、詳細までどこで知り得たのか────その疑問に行きつき、何となくうすら寒くなってしまったのだ。
「…………」
 男の顔から笑みが消え、心なしか闇を湛えた冷淡なものに変わった。
「この世界で、天空人が何故人と交わってはいけないか。何故禁忌とされたのか、分かるかい」
「勇者が生まれるから?」
 ホイミンの考えた答えに頭を振り、言葉は続いた。
「人の中では強すぎる、だが天空人としては翼がない。結果、どちらからも仲間とみなして貰えない」
「そんなことない! ソロさんは、今もみんなと仲良くしてる!」
「それは時代が彼を勇者として必要としていたからだろう? そうでない者は異端扱いだ……おいで、君に見せたい場所がある」

 男に案内された先には、粗末な墓がぽつんと建てられていた。苔がびっしりと張り付いた墓石には「誇り高き魔族の民」と彫られていたが名前はなく、放置された様子を見かねたホイミンは周辺の雑草を手で抜き取り、苔を落とし、それから小さく祈りを捧げた。その様子を横目で観察していた男が、それまでの険しい表情をほんの僅かに緩めた。
「ここに私の父が眠っている。母はエルフだ」
 ぼそりと告げながら無表情で墓を見つめている男の横顔を、ホイミンはちらと流し見た。ふとライノソルジャーたちの話の中に思い当たる言葉があったことを思い出し、それはそのまま声という形を得て口からこぼれ出る。
「……あ、『あいのこ風情』って言われてたのは」
 明らかな侮蔑を含む言葉だっただけに、口にするのを躊躇った。