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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 男はホイミンの問いに薄紫の目だけ動かして視線を重ね、口の端を持ち上げる。
「私だよ。小さい頃に少しだけこの城で暮らしていたんだ……」
 ライノソルジャーの話では、目の前の男の名はイゴーと言うらしい。そして魔族とエルフのハーフらしいと知り、その生い立ちに興味をひかれたホイミンへイゴーは一つの提案をする。
「私の部屋も見てみる? 尤も、今は兵舎として使われてるようだけど」
 戸惑いながら曖昧に頷いて見せると、イゴーはホイミンの背に手を当てて場所の移動を促した。

 イゴーに連れられるまま城内から地下に降り、あたふたとミニデーモンたちが動き回る炊事場を通り過ぎた。
 幾つかの檻が視界に入ってきて、ホイミンの心臓がどきりと跳ね上がった────人間がいたからだ。
 学者のようないで立ちの男が、目も合わさずに通り過ぎるイゴーを呼ぶ。
「イゴー様……! お待ちください!」
 お慈悲を、と叫ぶ男を無視して先を行く。ホイミンはちらちらと後ろを振り返りながらイゴーに声をかける。
「ねえ……あの人呼んでるよ」
 恐らく捕まった人間というのは彼のことだろう────どうにか救出してやれないかと考え始めたとき、イゴーが沈黙を破った。
「彼の話を聞く必要はない。今は君を優先するよ」
「でも……」
 食い下がるホイミンに苛立ったのか、ぴたりと足を止めたイゴーが声を低めた。
「なんなら君が代わりに入っててもいいよ。どうする?」
 薄い唇は優しく弧を描いている。しかし余りにも鋭い視線に気圧され、ホイミンは頭を振った。
「……そ、れは嫌だ」
 期待通りの答えだったのか、イゴーは満足げに微笑む。
「そうだね、それが正解だよ。私はもう少し君と話したいんだ」

 更に地下に降り、廊下を渡った先の階段を上る。
 柱があるだけのがらんとした階を素通りして更に階段を上ると、見張りらしきライノソルジャーとアームライオンが二人をじろりと睨んできた。
 睨み付けているだけで特に何かを話すわけでもなく、イゴーもまた挨拶どころか目配せ一つしなかった。自分はともかくとしてイゴーに対しての視線の冷たさは何なのかと訝しみながらも、つかつかと先を歩くイゴーに遅れないよう後を追う。
 彼らの横の階段を上ると、先程の鉄扉の部屋よりもかなり広い部屋に出た。部屋の広さの割に小さな寝台二つ、大きな机が一つという実に殺風景な部屋だったが、なぜか壁側には椅子が十脚ほど置かれている。この部屋にも窓はなかったが、壁に使われている石材の色味のせいか、幾分か重苦しさが減っている。
 イゴーは速度を落として間もなくゆるゆると立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「ここが私と母が暮らしていた場所だよ」
「お母さんも?」
「そう。父は純粋な魔族だったから、城に出入りを許されたんだけどね。エルフの母とその子供である私は、ここから殆ど出られなかった」
 位置的には墓へ向かう途中に見えた、周囲をバリアで囲まれ窓もない建物内のようだ。この作りは、水槽のあった部屋と酷似していた。
 悲しげに眉尻を下げたホイミンへ椅子を勧め、続いてイゴーも腰掛ける。椅子の背に体重を預け、ふ、と息を吐く音が聞こえた。
 親子のはずなのにどうしてそんな目に────と言いたげなホイミンへ、イゴーはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……よそ者だったからね」
 表情を欠いた一言には深い悲しみが沈殿しているように思え、ホイミンは言葉を失う。
「母は体こそ弱かったが、とても魔力の強い人でね。父はどうやらその魔力を継ぐ子が欲しかったらしい……」
「好きで一緒にいたんじゃないの?」
 夫婦とは惹かれ合って一生を共にするものだと思っていたホイミンは率直な疑問を口にして、イゴーが苦笑を交えて答える。
「いや、権力争いに勝ちたかっただけのようだよ。父の目論見は外れたんだけど」
 時折垣間見える恐ろしい一面を除けばとても落ち着いた印象に、ホイミンはどう対応すればよいのかと思案に暮れつつも小さく相槌を打つ。
「私は確かに強い魔力を持っているが、同時に母の虚弱も受け継いだ。せめて父の丈夫さがあれば、ここでの扱いもまだ違っていたんだろう」
 ぽつりぽつりと語られた彼の生い立ち話が束の間に途切れ、そこでホイミンが問いかける。
「……どうしてぼくにその話を?」
「私には家族も友もいないが、君となら仲良くなれると思ってね」
 にっこりと笑みを頬に貼り付けて告げる。
「ここで一緒に暮らしてくれるのなら、君が壊したものについては不問にしよう……ああそれと」
 瞬きのない目がホイミンを捉えた。
「ルビーは持って来たね?」
 ホイミンの体にぞっと戦慄が走る。彼の目の奥の仄暗さにか、それともどこかから見ていたかのような口振りのせいか、はたまたどちらもかは分からなかったが、問われたホイミンは掠れた声でどうにか否定する。
「……し、らない」
「おかしいな、見過ごせずに持ち出すと踏んでいたのに。返して貰わないと困るよ、あれは母の形見なんだ」
 無言のままもう一度頭を振って重ねて否定したものの、射貫くような強い視線はホイミンに逃げる隙を与えない。
「誰に渡した?」
 イゴーの声音に苛つきが乗り始め、やはりこれが彼の本性なのだと思い知る。
「知らない……!」
「そう……だったら闖入者に問い質すとしよう。君はここでゆっくりおやすみ」
 見開いた瞳が怪しく光る。
 その瞬間ホイミンの視界がぐにゃりと歪み、強烈な眠気に襲われていく。
「目が覚めるまでに、彼の首を銀のお皿に乗せてあげるよ。嬉しいだろう?」
 古い戯曲になぞらえたイゴーの指し示す狙いに、ホイミンは今にも閉じそうになる瞼を必死でこじ開け、服の裾を掴んだ。
「まっ……て」
 堪え切れずずるりと床に頽れたホイミンを、イゴーは軽々と抱きかかえて寝台に運ぶ。
 上機嫌で鼻歌を歌い、意識を失っているホイミンの頭を撫でてから部屋を出て行った。

 聞き覚えのある声に、ホイミンは再び重い瞼をゆっくり持ち上げる。
 寝台に括りつけられているのかと疑うほどに重たい体を起こそうにも起き上がれず、声のするほうへと顔を向けた。
 そこには両腕に白いおくるみを抱えたリュカが、ホイミンから見て横向きに立ち優しく微笑んでいた。
(リュカさん……!)
 無事の再会に喜び、声を上げた筈だった。
 だがホイミンの喉からはか細い声しか発されず、リュカは気付かない様子で両手のおくるみへ向けしきりに何かを話しかけている。口振りからしてどうやら赤子がいるらしいと分かり、ホイミンはその様子をじっと眺めた。
 リュカの足元でスラリンが無邪気に飛び跳ねて────赤ちゃんを見たいとせがんでいるようだ────リュカが片膝をついたそのとき、おくるみの中身に気付いたホイミンの顔色が青褪めた。
 中にいたのは人間の子ではなく、食人鬼スモールグールだったからだ。
(リュカさん! 手を離して!)
 魔物たちがおとなしくなったとはいえ、その食性から今でも危険視されている魔物が、虎視眈々とリュカを狙っている。
 しかしいくらホイミンが叫んでも、その声は届かない。
 何とか危険を知らせようとしたホイミンは、渾身の力で重い体を寝台から引き剥がす。