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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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「あぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

 自分の大声で我に返ったホイミンは、ぜいぜいと肩で息をして汗だくの額を手の甲で拭う。
「ゆ、夢……? なんだ、良かっ……」
 安堵の言葉が口から零れ切る直前、膝の辺りに蠢く塊が視界に入り、何気なく視線を向けたホイミンは凍り付く。
「ひっ…………!」
 血の海に染まるシーツに愕然とし、激しく脈打っていた心臓がいきなり止まったような気がした────悪夢の再来か、足元に蹲る二匹のスモールグールと目が合ったせいだ。
 グールの大きな口の周りは鮮血で汚れている。恐る恐る視線をずらし、すぐにその原因に行きついた。
「あ、足が……!」
 自分の膝下から先がない────信じ難いが、グールがホイミンの両足に貪りついていたのは明白だった。
 しかしそれよりも信じ難かったのは、痛みを感じられないことだった。
 スモールグールたちは再び蹲り、膝近くの肉を骨ごと噛み砕き始めているのに、何の感覚もない。
「やめ、やめろ……ど、どっか行けったら! ぼくなんか食べたって美味しくないだろ!」
 スモールグールの口からニチャッと嫌な音がして、先程まで足だった肉の一片が飲み込まれた瞬間、恐ろしさに嘔吐するよりも先に涙が溢れた。
「やめろよ、この体はぼくのじゃないんだから……お願いだから、もうやめて……」
 怒り任せにライノソルジャーを殴った力も、アームライオンを一飲みにした炎も、悲しみに満ちた今のホイミンには出せそうになかった。
 竪琴は机の近くに置いたままで、魔物たちを振り切っていけそうもない。
 せめて痛みがあれば叫んだ拍子に口から炎を吐けたかもしれないのにと思いつつ、力の入らない手のひらでスモールグールたちを叩くが、彼らは何一つ意に介さず肉を貪っている。
 魔物だったときでも攻撃されればそれなりに痛みを感じていた。人間ほど敏感ではなかったが今の状態よりは遥かに生物だったのにと嘆き、その思いは言葉となって口から零れ出る。
「いやだ……嫌だ、化け物になんかなりたくない。こんなの、魔物ですらないじゃないか……!」
 悲痛な呟きに耳を傾ける者もなく、ぼろぼろと大粒の涙を溢して呆然とするうち、階下からプックルの声と足音が聞こえてきた。
「リュカ、こっちだ!」
 階段を駆け上がってきたリュカがプックルと同時に部屋に入ってきて、ぐるりと視線を彷徨わせた。
「リュカさん……!」
 助かったと思った反面、身の内で起きている変化が彼らに害を為すのではと危惧したホイミンの笑みが半端に止まった。
 ホイミンの声に反応したリュカ一行の表情が硬く強張ったものの、素早く現状を把握したリュカがスモールグールを睨みつけ、すぐに指示を飛ばす。
「スラリン、行け!」
 びゅんと弾丸よろしく飛び掛かったスラリンが呪文を唱える。
「おまえら、消えちまえっ……ニフラム!」
 ギギィ、と軋むような悲鳴を上げてスモールグールたちは光の中へ消えていく。
 ぴょんと寝台に飛び乗ったスラリンが余りの惨状にうへえと声を上げたものの、ホイミンを気遣う。
「大丈夫? 酷い傷だね」
「う、うん……」
 痛みが全くないためにどこか別の世界の出来事のようにすら感じられ、ホイミンは曖昧に頷いて見せた。
 周囲の安全を確認しながら近づいてきたリュカが話し出す。
「スラリン、ちょっとよけて。回復するから」
 リュカが傷の様子を見ようと身を乗り出したところで、ホイミンが慌てて制止した。
「ま、待って! しなくていいよ!」
 頭を振るホイミンへ、リュカは理解し難いといった様子で眉根を寄せる。
「何変なこと言ってるの。放置できるわけないだろ、ほっといて治る状況じゃないんだよ」
 じっとホイミンの瞳を覗き込む。泣き腫らしたせいで赤くなった目元を悲しげに歪め、拒否の言葉とは裏腹にホイミンの手がリュカの外套へと縋りつく。
「違うんだ……ぼく、こんな怪我なのに、何も痛くないんだよ」
 外套を掴む手が僅かに震えていることに気付き、リュカは対話に時間を割き説得しようと試みる。
「……痛みがない……? そんな馬鹿な」

 突如鼻をひくつかせたプックルが階段のほうへ向き直り、グルルルと唸り始めた。
 親友の威嚇の声に、ホイミンを背後に隠して振り向いたリュカのまなざしには、今までの戦いで見せてきた余裕が微塵も見られない。
 彼自身から放たれる威圧にホイミンまでもが気圧されたものの、背中越しに見た相手の姿に頬を引き攣らせ、その名が呟かれた。
「……イゴー」
 イゴーの足元まで続く赤い筋と、上質なローブのあちこちに飛び散った血痕。そして彼が引きずる「それ」へと視線を移し、驚愕に声を失った。同時に、リュカたち一行の怒りのこもった威圧の理由を知る。
 リュカの背後で蒼白になりながらもこちらを凝視するホイミンと視線を重ね、イゴーはにっこりと微笑んで話し出す。
「痛覚がないのは本当だよ。彼には進化の秘法を試しているからね、今は進化の途中なんだ────だから」
 イゴーは淡々とそう話すと、手にした「それ」をリュカへ向けて放り投げ、赤い雫がぱたぱたと床に落ちた。
 床に落下するよりも早くリュカが受け止める────ぐったりと動かない彼の小さな騎士を。
「私たちの邪魔をしないで貰おう。『それ』は警告代わりに受け取るといい」
 不快な一言にぎろりと睨みを利かせたリュカをイゴーは気にも留めず、ふふと笑い出す。
「私の言うことをよく聞くいい子だったよ。死んでも消えない魔物もいるんだね、勉強になった」
 鎧の隙間から滴る血がリュカの手を滑らせた。ぬるついた手のひらに視線を落とし、それから彼の鼓動を探してみたものの、魂は既に旅立ってしまっていた。
 檻に入れられたデズモンを救出すると言った彼に、最後の鍵を預け一人残してしまったことを心底悔いたリュカは、抜け殻の体を抱き締め、掠れた声で右腕たる騎士の名を呼ぶ。
「……ピエール……!」
 主の呼びかけに応えることなく、騎士の血はリュカの白い服をまだらに染め上げていく。
 ピエールの肩口に顔を埋めたリュカの口から小さな詠唱が聞こえ、二人の周りを淡い輝きが包み込む。
「戻っておいで……ぼくより先には逝かせない!」
 祈りを込めた詠唱が届いたのか無事にザオラルの呪文が発動し、淡い輝きはすぐにまばゆい光へと変わった。
 固唾をのんで兜の奥を見つめていたリュカが、ふっと表情を和らげる────見慣れた深海色が見えたからだ。
「マ……スタ……?」
 蘇生成功率の低い呪文が成功した安堵もあって、目を潤ませたリュカが嬉しそうに頬を寄せた。
「おかえり、ピエール。もう大丈夫だよ」
「うぅ……」
 半々の蘇生率のザオラルは復活後の体力も完全には回復されないため、思い切り抱き締められたピエールは痛みに呻き、はっとして腕を緩めたリュカが次の指示を出す。
「プックル、スラリン、そっちは任せた!」
 そしてすぐにベホマを唱え、そこかしこにこびりついた流血を拭い落とす。
「ディディはどうした?」
「地下牢にいるはずです。デズモンを連れ出す前にあの男に襲われ……申し訳ございません」
 ピエールはそう話しながら最後の鍵をリュカに返し、しょんぼりと肩を落とす。