冒険の書をあなたに2
「呑気に喋ってる場合か。見ろ、来るぞ」
視線の先でアリーナとソロが意気揚々と扉を開け放ち、中で待機していたと思われる魔物たちの咆哮が響き渡った。
侵入者でもある人間たちから必死に城を守ろうとしているのか────魔物たちは果敢に戦いを挑んでいたが、その力の差は歴然だった。
瞬時に屠られていく姿にマルセルとリュミエールは心を痛め、目の前で繰り広げられている惨劇に戸惑い、顔を背けている。
血や体液の匂いが風に乗って鼻先を掠め、不快さを隠し切れなくなった幾人かは顔をしかめた。
オリヴィエが二人へ視線を向ける。
「二人とも、キツいなら外で待つ? 中に入ったらあんなもんじゃ済まないと思うよ」
普段の陽気なテンションは鳴りを潜め、低い声には真剣さが宿っていた。
オリヴィエの提案に、リュミエールは竪琴をぎゅうと抱き締めながら頭を振った。
「い、いえ……ここまで来たからには、わたくしも頑張ります」
微かに震える声でそう告げたリュミエールへ頷きを返し、次にマルセルへと視線を移すオリヴィエ。
「マルセルは? どうする?」
「ぼくも……怖いですけど、皆と一緒のほうがいいです」
藁でぐるりと包まれた世界樹の苗木を背負うマルセルの言葉に、苗木がほんのりと光を放つ。温かな感覚はマルセルの体の強張りを解き、蒼白だった顔に血の気が戻ってきた。
二人の勇気ある言葉にオスカーが振り返り、口の端を持ち上げた。
「良く言った、二人とも。頑張ってついてこいよ」
アイスブルーのまなざしはルヴァへと注がれ、それを受けてルヴァもまた口角を上げる。
「戦力としては、僭越ながら私も戦えますから。あ、クラヴィスもですねー」
いつものように泰然としたままのクラヴィスはちらりと視線だけを動かしてから、そっと瞳を閉じる。
「……戦力になるかどうかは知らんが、必要な者には闇のサクリアを送ってやろう」
闇の守護聖の放った言葉に、今度はオリヴィエがツッコむ。
「フワっと言ってるけど永遠に眠れって話だよね、それ」
わちゃわちゃと会話していた間に、ソロたちは既に遥か前方に行ってしまっていた。
慌てて仕切り直すかのようにルヴァがぽんと両手を打ち合わせ、口を開く。
「では、我々も突入しましょうかね」
そうして、神鳥守護聖たちも魔城へと足を踏み入れた────
襲い掛かってくる魔物たちを薙ぎ倒しながら、アリーナは隣のソロへと声をかけた。
「ねえソロ、とりあえず入ってきちゃったけど、どこ探せばいいのかな!?」
魔物の咆哮や断末魔にかき消されないように大声で問うと、ソロもまた大声で返してくる。
「ああ!? 分かんねえよ、ぶっ倒して進めばなんとかなるんじゃねーの!?」
前方を見ていたソロの背後からライノソルジャーの斧が降ってきて、よもや当たるかと思われた攻撃は標的に触れることなく炎に包まれた────マーニャがメラゾーマを放ったからだ。
「ウェルダン一丁上がり〜ぃ。ソロ、感覚鈍ってんじゃないのぉ?」
余裕の笑みを浮かべたマーニャがそう言うと、ソロが唇を突き出して軽く睨む。
「は、馬鹿言え。鈍っててもここのやつらには負けねえよ!」
その答えを聞いていたアリーナが盛大に噴き出してツッコむ。
「腕落ちてるのは否定しないんだ!」
「平和になったからー、もうそういうの要らねーのっ」
アームライオンを切り捨てたところで振り返ったティミーが話に割り込んでくる。
「ウッソだ、これで腕落ちたっていうの!?」
ティミーが思わず漏らした「信じられない」との呟きにえへんと胸を張るソロへ、ミネアがにっこりと微笑む。
「あら、良かったわね。強くてかっこいいお兄さん枠で生き残ったようで」
イオナズンで爆風吹き荒れる中、唱えた張本人のポピーも会話に参加し始める。
「かっこいいですよー、だってわたしたちの時代ではソロさんお墓の中だし!」
「生きて戦ってるとこ見られるとは思ってなかったよね!」
息の合った双子の台詞にソロが頭を抱え始めた。
「やめろマジやめろ、オレをジジイ扱いするな」
「ジジイって言うか骨? 灰?」
双子のぴったり揃った声に、ソロが頭を掻き毟って叫んだ。
「やめろよもぉぉぉぉ!!」
アリーナの利き腕にかすり傷を見つけたクリフトはホイミを唱え、その後にソロへと視線を移して小さくため息をついた。
「残念ながら、ホイミって精神的ダメージには効かないんですよね」
後方で固まり歩を進めていた守護聖たちへも、魔物たちは容赦なく襲い掛かっていく。
素早く接近してきたミニデーモンが先頭のオスカーに狙いを定め、三叉槍を勢いよく突き出してくる。
オスカーはその攻撃を右にかわし、すぐさま側面から斬りかかる。
「ギャッ!」
ばっさりと切り下げられたミニデーモンが短く叫ぶものの、利き手にダメージがないため再び狙いを定めてきた。
ミニデーモンとオスカーの戦いが始まった頃、後方にいたルヴァは戦況をざっと確認し、まずはオスカーへバイキルトをかけた。
先に攻撃力を高めることで決着を早め、防御を後回しにする作戦のようだ。
「獅子の力、玉響に宿らん!」
ルヴァの詠唱の声が響いた瞬間オスカーの身を淡い光が包み込み、アイスブルーの瞳に更なる闘志がみなぎっていく。
再度突き出された三叉槍を剣の腹で外側に弾き飛ばし、一気に間合いを詰めたオスカーは左手で槍を持つ手を押さえ込む。
慌てたミニデーモンが引き抜こうとしたが、その隙を逃すはずがなかった。
押さえた腕を引き寄せると同時に剣の切っ先がミニデーモンの喉を貫き、小さな体は力なく地面に頽れた。
「ふー……」
一息ついたところで、少し離れた位置にいたベンガルがこちらに背を向けてしゃがんでいるのが見え、オスカーは首を傾げた。
「なんだ? あれは……トラか?」
城内をひしめく魔物たちの群れ────向かってこないのならそれで良し、と目を逸らしたその時。
後ろ向きになっていたベンガルが足で地面を蹴り上げ、鋭い爪で削られた細かな砂塵が舞い上がった。
「うわっ!?」
小さく声を上げたオスカーが目を押さえている。すぐにルヴァが駆け寄り声をかけた。
「どうしました!?」
「いや、大丈夫だ……今ので砂が目に入っただけだ、すぐ取れる」
「そ、」
それなら良かった、と言おうとしていたルヴァの言葉が遮られた。
ベンガルが振り返り、どすどすと大きな足音を立てて近づいてきたのだ。
オスカーを庇うように歩み出て、静かに理力の杖を構えたルヴァの眼光が鋭く切り替わる。
「猛火よ、集え」
手の平大の火の玉が複数、ルヴァの周囲をぐるぐると巡り始めた。
「行きなさい!」
杖でベンガルを指し示すと、火の玉は杖を伝うように渦巻きながら一つになり、対象へと向かっていく────メラミの発動だ。
火球は空気を取り込み、大きな音を立ててベンガルを飲み込む。
全身から黒煙を立ち昇らせて黒焦げになっても、まだ辛うじて立っていた。
「ああー、やはり一つ下の魔法では、一撃で倒せないようですねえ……ふむふむ」
一人納得した様子で頷いているルヴァへ、様子を見守っていたオリヴィエがべしんと肩を叩く。
「ちょっとー、ルヴァ! 何実験してんの!」
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち