冒険の書をあなたに2
バトラーの言葉に、兵士は戸惑った声を出した。
「しかし……」
不安げな声音にニイと笑みを見せる。
「あいつらはオレが食い止めておく。いいから急げ」
「……承知いたしました。どうかご無事で」
「任せておけ!」
ちらちらと心配そうにバトラーを振り返りながら、死神はその場を離れていった。
ポピーたちがバトラーの元へ駆けつけた頃────辺りは燃え移った火がチロチロと舌を出し、すでに瓦礫となった室内を僅かに照らしていた。
複数のキラーマシンを相手に灼熱の炎を吐き続けたバトラーは、手持ちの薬草と世界樹の雫を使い切ったところだった。体力は既に限界を迎え、ぜいぜいと肩で息をしてかろうじて立っている状況である。
全速力で駆けてきたポピーが名を呼んだ。
「バトラー!」
聞き慣れた声に、ようやく鉄面皮が緩む。
「……ポピー様……ティミー様も。ご無事でしたか……」
すぐにティミーが回復呪文を唱え、群れをなすキラーマシンに視線を流して驚きの声を上げた。
「キラーマシン!? えっどういうこと!?」
ティミーは入城前にソロからデスパレスに暮らす魔物たちの種類を聞いていた。何事かと戸惑いを見せるティミーへ、バトラーは説明を始める。
「我々の知っているキラーマシンとはどうも違うようです。目から光を出して攻撃し、自力で回復までしている」
「回復……!? ただでさえ強いのに、面倒だなーもー」
ティミーはうんざりした口調で言い放ちつつもスクルトを唱え、味方全員の守備力を高めた。
ポピーもライアンへバイキルトを唱え、それまで無言を貫いていたライアンが剣を構えながらキラーマシンの動向を探る。
それを見たティミーがバトラーをちらと見て、柔らかく口角を持ち上げた。
「とりあえず、細かい話はあいつらを片付けてからだね。行くよ、バトラー」
「お任せください!」
すぐにポピーのルカナンが発動し、近くにいたキラーマシンたちの守備力を下げていく。
自らが扱える呪文ではまともにダメージを与えられないキラーマシン相手に、思案したポピーが兄へと問いかけた。
「お兄ちゃん、しばらく何もできなくなるけどいい!?」
「いーよ! こっちは任せろ!」
妹の意図を悟ったティミーが大きく頷き、ポピーは引き続き呪文の詠唱に入った。
「…………、荒ぶる古竜の魂よ、わたしに力を与え給え────ドラゴラム!」
早口で詠唱を終えたポピーの姿が光に包まれ、瞬く間にその姿を竜に変えた。
ポピーの吐き出す炎がキラーマシンの群れを襲い、幾本かの腕が重い音を立てて溶け落ちる。高熱で焼かれた金属が床に触れ、ジュッと白煙を上げた。
そして、ライアンはキラーマシンと呼ばれていた未知の魔物目掛け、果敢に剣を振り下ろす。
気合いと共に武器を持つアーム部分の破壊に挑むものの、金属の塊ゆえにバイキルトの恩恵に与っていても歯が立たない。金属同士のぶつかり合いで火花が飛び、剣を受けたアームはぐにゃりと湾曲した。
「おぉぉぉぉぉっ!」
ライアンは剣を引かず、そのまま力任せで押し切った。呪文と炎の熱で脆くなっていた金属はごり押しの力に競り負け、アームは弓を持ったまま胴体から離れた。
即座にキラーマシンの曲刀がライアンへと襲い掛かり、盾でどうにか防いだものの腕の骨に容赦なくひびが入った。
「ぐっ……、盾越しでこの力か……!」
痛み具合から幸い骨折は回避できたようだと判断し、ライアンは冷静さを失わない。
もう一機のキラーマシンのモノアイが光る。ビッ、と短い音と共にレーザーが発射され、剣とは違う、肌を焼き切る痛みが全員を襲った。
傷口を焼いているせいもあるのか、血は一呼吸おいてから滲んで溢れ出してくる。
バトラーと同じく盾が使い物にならなくなり、これまで遭遇したことのない攻撃とその威力にライアンの集中力が僅かに逸れた。一瞬動きを止めた戦士の身を案じ、ティミーが叫ぶ。
「ライアンさん大丈夫!?」
「あ、ああ。問題ない」
戸惑いを振り切るように頭を振り、剣を持ち直した。
この段階でキラーマシンは半数ほどになっていたが、ティミーは何体かきらきらと青い光を身に纏っていることに気付く。
「バトラー、あれかな? 回復って」
バトラーの答えを待たずとも明白だった────切り離された腕は元通りになっていた。
元々のキラーマシンとは違う性能を持った群れ。グランバニアで遭遇したジェリーマンと同じく、彼らもまた何かしらの変化を遂げていると判断し、ティミーは軽く唇を噛んだ。
(あいつらに呪文は殆ど効かないし、攻撃力もある上に二回攻撃。それに加えて全体攻撃と回復機能だって? ほんとに厄介だな)
忌々しげに群れを睨んだ。だがこの敵を殲滅させない限り脅威は去らないと腹を括り、回復呪文の詠唱を始める。
「ベホマラー!」
ティミーの回復呪文で即座に傷は塞がれ、バトラーが動いた。
「退け、人間!」
背後からバトラーの声がして、ライアンは視線をキラーマシンへと縫い留めたまま、すかさず横に飛び退く。
ライアンの横を通過した灼熱の炎がキラーマシンたちを飲み込み、恐ろしいほどの高温の炎は機体を灼け溶かす。
かつて戦った敵でもあるヘルバトラーの実力に、目を丸くしたライアンが思わず呟きを漏らす。
「……なんと」
ソロと共に戦ったときよりも遥かに強力な攻撃は、味方になれば頼もしいものだと感嘆しながら戦いの様子を窺った。
ポピーとバトラーが吐き出した二つの炎にライアンの後押しで個体数が減り、こちらの回復が追い付いてきた辺りでティミーも攻撃に転じ、キラーマシンの残党はあっという間に姿を消していく。
最後の一機を倒したバトラーが振り返り、双子の前に恭しく跪く。
「来てくださって助かりました。一人ではもう無理でした」
そう言って眉尻を下げたバトラーへ、ティミーが珍しいこともあるものだと瞠目する。
「バトラーがそんな弱音吐くの、初めて聞いたよ。遅くなってごめんな」
ティミーの横では元の姿に戻っていたポピーが呼吸を荒げ、脂汗をかき始めていた。
「…………!」
ぎゅうと胸元を押さえ、酷く苦しげな様子に気付いたティミーが声をかける。
「ポピー、どうした? 具合悪いの?」
「……お兄ちゃん……向こう、なんか気持ち悪い。怖いよ……」
天空の血筋のせいか、繊細なポピーもまた禍々しい力を感じ取る能力に長けており、どちらかといえば頭痛と言う形で感知する母ビアンカや兄ティミーより、体全体で拒絶反応が出やすい。
すっかりと青褪めてぷつぷつと鳥肌の浮かぶ腕をさすりながら、骨山のあった方角を睨んでいる。
ラインハットでアンジェリークとロザリアが体験した悪寒。あのときとよく似ていると考えたティミーはちらとバトラーを見た。
視線で話すよう促され、バトラーが言葉を選びながら話し出す。
「どうやらここが、守護聖の言う人体実験の現場のようです。これはただ事ではない」
ティミーが鈍痛から強い痛みへと変わってきた頭痛にぐいぐいとこめかみを押しながら、バトラーへと言葉を返す。
「嫌な気配はずっとしてるけど……行ってみる?」
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち