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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

INDEX|175ページ/213ページ|

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 傷口からぱたりぱたりと落ちる雫が、僅かに光を帯びていた。そしてその光だけが床に吸い込まれ、石の隙間に流れていくのを確認し、高確率で迫り来る危機に震えた。
「リュカさん! 罠だ!」
 イゴーを囲んでいたリュカたちは、突然声を張り上げたホイミンのほうを向く。
「みんな逃げて! 早く!」
 イゴーの口元は更にいびつに吊り上がった。床がグラグラと鳴動し始め、光で描かれた魔法陣は徐々に浮かび上がってくる。
 足元の揺れに、ホイミンの言葉の意味を悟ったリュカが叫ぶ。
「……全員、退避!!」
 すぐに駆け出したプックルをスラリンが追い、途中で背に飛び乗る。そのまま魔法陣を踏まないよう大きく跳躍し、ホイミンの元へ辿り着く。
「乗れ!」
「う、うん! ありがとう……!」
 石組みの隙間から天を衝く夥しい光量は、まるで床下から突き抜けてくるかのような錯覚を引き起こす。
 ホイミンは促された通りに手荷物をまとめ、プックルの背に跨った。
 階段の前まで下がったところで後ろにいるはずのリュカを探し、彼らはあり得ない光景に呆然と立ち尽くした。

 魔法陣から伸びた巨大な手が、リュカを鷲掴みにしていた。
「リュカ!」
「リュカさん!?」
 眼前の出来事が信じられず、口々に名を叫ぶ。
 巨大な手はスライムのように向こうが透けていて、緩く固めたゼリー状をしていた────ラインハットで見た汚泥と同じ質・色味のものだったが、生憎この場にそれを知る者はいない。
「くっ……、なんだ、こいつっ……!」
 リュカは見たことのない魔物のようなものから逃れようと藻掻きながら、剣で幾度か斬り付ける。だがその攻撃で切り裂いた部分は、すぐに繋がって元通りになっていく。
 やがて、ズブズブとつま先から飲み込まれていく感覚に思わず顔を下向けた。そんなリュカの頬に、イゴーの白い手が伸びてくる。
「……あぁほら、無暗に暴れてはいけないよ。もっと苦しくなるから」
 この隙に首でも締めてくるかと警戒を露にした眼差しに対し、イゴーの表情は思いの外穏やかだ。
「似てないなぁ。末裔なのは確かなようだけど……」
 どこか遠い場所を見ているような寂寞を纏う表情で、リュカの頬を撫で始める。
「何の話だ」
 行動の意図が掴めない気持ち悪さに精一杯顔を背けて抵抗するも、イゴーは全く意に介さない様子で僅かに笑みを浮かべた。
「君には関係ない話」
「さわ、るな……!」
 ホイミンに対しては時折暴力的な一面を覗かせていたイゴーだったが、リュカに対しては嫌がられていても態度を変えることはなく、小さく微笑んだまま手を引っ込めた。
「似ていなくて良かったよ」
 そう言ってあっさりと背を向けたイゴーが一歩遠ざかる。その瞬間リュカの体が再び手の中へ沈み始め、肩口をくんと引っ張られる感覚がした。
「それも返して貰おう。元々あの人のものだからね」
 留め具など初めからなかったように、これまで装備していた王者のマントがするりと抜け落ちて、イゴーの腕の中に納まる。
 手に取ったマントをじっと見つめ、それからゆっくりとリュカを見た。
「汚いなあ……ちゃんと手入れしてなかったね? なんか獣臭いし」
 人のものを奪っておきながら何をほざく────その台詞が口から出る前に、彼の呼吸はそこで止められた。汚泥の手の中に全身が取り込まれたからだ。

 ゴポゴポと言う音が耳に届き、視界のほとんどが遮られた。手足をばたつかせてみるも、底なし沼に落ちたように何の手掛かりもない。
 取り込まれる直前、咄嗟に息を吸い込んではいたが、少しずつ吐き出してみたところで新たな供給はない────実質、このままいけば死と同義である。
 濁った視界の先に、うっすらと黄色と赤、そして水色が見えた。
 プックルとスラリンが駆け寄ってきたのだと理解した刹那、リュカは体に残る息を全て使って叫んだ。
「来るな!!」
 水の中でも、息を吐き出した体は再び酸素を取り込もうとし始める。汚泥混じりの水が口内を満たし、強い痛みが鼻や喉、そして胸に走った。
 痛みに藻掻き胸を掻き毟るうち、やがてゆっくりと意識が途絶えた。

 魔法陣の中央で、巨大な手が不気味な光を放っている。その中にリュカと仲間たちを取り込んだままで。
 その光景にホイミスライムたちの水槽を思い出し、ホイミンは力なくへたり込む。
(……止められなかった)
 リュカが取り込まれた直後に、プックルとスラリンがすかさず駆け出して行ったのだ。
 そして彼らもまた為すすべもなく取り込まれてしまったのを、ただ見つめるしかできなかった自分を歯痒く思った。
「……不純物は要らないよ」
 そう言って、イゴーは片腕を巨大な手に突っ込んだ。初めにプックルを掴み、ずるりと引き出す。
 重さを感じさせない動きで引き出され、べちゃんと濡れた音を立てて床に落とされたプックルは、ぴくりとも動かない。続いて放り出されたスラリンにも動きは見られなかった。
 リュカの笑顔がふいに浮かんで、ホイミンの視界が一気に滲む。
 ふがいなさに握り締めた拳は床を打ち、訪れた慟哭が喉を裂く。滾るように熱い目の奥から溢れ出た涙は、冷たい石床に幾つも散った。
 顔を歪ませ声の限り叫ぶホイミンを感情のない目で見下ろし、イゴーはゆっくりと背を向けた。

 今なら。
 今なら、隙を突けるかもしれない。
 そんな考えが脳内をよぎり、イゴーの背を睨み付けた。
 ゴロ、と肺が鳴る────あとは息を吐き出せばいい。灼熱の炎で焼いてしまえ。どうせなら、もっと距離を詰めてやろうか。

 仄暗い怒りを胸に片足を立たせたところで、不意に影が下りた。
 背後に誰かが立っている────緊張に肌を粟立たせ、ホイミンは振り返った。

 美しい純白の翼を持った、見たことのない男が立っていた。
 長槍を片手に、戦士と思しき筋肉質で引き締まった体躯。耳にかぶる長さの緩やかな巻き毛は、栗色と紅鳶色のどちらにも似ている。
 天空人にしては随分と地味な印象だと思いつつ、殺気どころか気配すらなかった男を訝しんだ。
「君に訊きたいことがある」
 程よく低い声音で問われ、それどころではないのにとイゴーを横目で流し見て、驚きに体を強張らせた。
 一枚の絵のように、周囲全ての動きが止まっていたのだ。
 どういうことなのかと視線を男に戻すと、彼は平然と頷く。
「話が終わるまで、少しの間時間を止めている。心配要らない」
「……ぼ、私に何の用でしょう」
 敵意は感じられない。だが得体の知れぬこの男にどこか不自然なものを感じ取ったホイミンは、両腕を強く胸に当て防御の姿勢になっていた。
「今後、君は『その体のまま』生きていくか」
 含みを持たせた言葉に、ホイミンは一層警戒を強めた。
「…………いいえ」
 魔物の記憶を持ったまま転生したことか、それとも────訝しんだが、男は穏やかな顔のまま返答を待っていたため、渋々答えを返した。
「理由を訊いても?」
「この体は、神様からお預かりした器だからです」
「ほう……?」
 どうやら興味をひいたらしい。青空よりも淡い、白藍の瞳が丸くなった。
「元々私はしがない魔物でした。元の持ち主のためにも、人の形を保っているうちにお返ししたいんです」