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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

INDEX|177ページ/213ページ|

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 男の背後ではリュカを捕らえていた魔法陣の力が喪われ、点滅を繰り返しながら緩やかに消えていく最中だった。
 魔法陣が跡形もなく消え去ったことを横目で確認し、カカシュは再びイゴーへと視線を合わせた。
「あの者を犠牲にしたところで、ベルは還らんぞ────イーリス」
 イゴーの瞳がすいと細められる。
「……その名の者はもういない」
 忌々しげに返したイゴーへ、カカシュは更に言葉を投げる。
「イゴーこそ、おまえが忌み嫌い、捨てた名だったはずだが」
「ほっといてくれ!」
 それ以上の追求をさせまいと叫んだイゴーに、カカシュは小さく嘆息してから口を開く。
「……まあ呼び名などどうでもいいな、本題へ入ろう。ベルの魂をどこへ隠した? それさえ分かれば用などない」
 睨み合う二人────カカシュの峻烈な眼差しに競り負け、イゴーはやがて目を下向けた。
「……ベルの、魂……は」
 耳を澄ませていなければ聞き取れないほどのか細い声が漏れる。
「たましい、は…………」
 イゴーの眼が右へ左へと小刻みに揺れ始めた。
「魂だと? 誰の?」
 聞き取れないものからしっかりとした声音まで様々に、イゴーはぶつぶつと喋り続けている。薄紫の瞳ははぐるりと裏側に逃げ、白目になっては戻りを繰り返す。その尋常ではない様子にカカシュは思わず長槍を手放し、イゴーの二の腕の辺りを掴んで呼び掛けた。
「イーリス、落ち着け。こっちを見るんだ」
 イーリスと呼ばれた途端に体を捩ってカカシュの手を振り切ろうとしていたが、がっしりと華奢な腕を掴んだまま離れることはなく、やがて抵抗をやめ、くたりと力が抜けた。
 いわば抜け殻状態と呼んでも差し支えない異変に、首をだらりと後ろに倒したイゴーを支えながら、カカシュはそうっと片膝をついてイゴーを座らせる。これまで一貫して淡々とした態度を取り続けてきたカカシュの顔には、僅かに緊張が浮かんでいた。
 イゴーはそんなカカシュの顔には目もくれず、ぼうと天井に視線を縫い留めながら話し出した。
「どうしてここにいるんだ? ここは……ずっと嫌いだったのに」
 目の前の男に聞かせるでもなく、ただ独り言ちているだけのぼそぼそと輪郭の曖昧な呟きを、カカシュは口を噤んで聴き入っている。
 すぐにイゴーの掠れ声が途絶え、ホイミンの竪琴の音色だけが耳に届く。そして虚ろな瞳に光が戻ったかに見えた矢先、新たな言葉が紡ぎ出された。
「……あぁそうだ、子供だ。あの子が泣いてる」
「イーリス……? どうしたんだ、おまえ、何を見ているんだ」
 その問いに答えはなかった。イゴーは目を閉じて何かを確認すると、何事もなかったように立ち上がる。
「泣いてる、急がないと」
 既に添えていただけのカカシュの手は、イゴーが立ち上がった拍子にあっけなく振り解かれた。
「待て! 子供だと……まさかおまえ」
 喜怒哀楽に乏しい顔に、今度ははっきりと大きな驚愕が現れる。
 視線を合わせず立ち去ろうとするイゴーを引き留めようとしたものの、伸ばした右手は虚しくも空を掴んだ。

 カカシュが伸ばした腕をするりとかわし、イゴーは一心不乱に竪琴を奏でるホイミンを視界に映した。
「……何をしている?」
 気が変わったのか、小首を傾げ問いかけてくるイゴーにカカシュは答えを返さず、視界を遮るように立ち塞がる。
「私に知られたくないこと?」
「答える筋合いはない。おまえも私の質問に答えていないからな」
「そうだっけ……あ」
 斬り飛ばされた片腕が戻ってくる感覚に、イゴーは顔を綻ばせる。
「帰ってきた」
 ぬるり、と腕が生え戻る。赤子が生まれた瞬間にも似た濡れた腕からは透明な粘液が糸をひいて垂れ、床に幾つかシミを作った。
「……イーリス、今のは」
 白藍の瞳を丸くして訊ねる声音はひどく硬質で、緊張に満ちている。
 それに引き換えイゴーはそんなカカシュを気にする風でもなく、元通りになった腕を嬉しそうにぐるぐると回している。
「彼と一緒だよ。君も知ってると思ってたんだけど」
 彼と呼んだ視界の先には、ホイミンの姿がある。
「…………そう、だったな……」
 どこか自嘲気味な言葉が漏れ出たのをそのままに、長槍を持つ手に力がこもった。
 「イゴー」を封じたあの日の出来事を、忘れたわけではない。
 イーリスはまだ、ベルに執着している────彼が死してもなお。
「それで、君はあの子に何をしたの」
 再び黙り込んだカカシュへとうとう業を煮やしたのか、イゴーの整った顔が不快そうに歪む。
「直接聞くほうがいいらしい」
 言い終わるかどうかの辺りで、先程リュカたち一行を襲った光の矢が、再びホイミンへと降り注ぐ。
 放たれた無数の矢は、ホイミンに当たる手前で結界に阻まれて軌道が逸れ、一つも当たることなく床に散る。
 事前に対策をしていて良かった────カカシュは胸の内でそう呟き、イゴーの様子を窺う。
「……回避結界か」
 小さな舌打ちの後に続いた忌々しげな呟きが、カカシュの耳にも届いた。
「気になるか?」
 イゴーの言葉にカカシュもまた戦闘態勢に入り、ホイミンの前へ軽やかに舞い戻る。
 思うようにならないとき、いつも舌打ちをしては彼に嗜められていた────遥か昔と変わらぬ癖にふと懐かしい記憶が蘇り、カカシュはほんの僅かに口の端を持ち上げた。
「何笑ってるの」
 そう言って睨みを効かせてきたイゴーだったが、カカシュはその睨みにも懐かしさを覚えて苦笑する。
「年齢ばかり嵩張って、中身は未だ稚児のままだと思ったまでだ」
 稚児と呼ばれ一層眉根を寄せたが、そんな仕草までもカカシュの胸の内に鈍い痛みをもたらしている。

(イーリスはまだ、ひいなだからな!)

 年嵩の男を雛呼ばわりして揶揄っていた男は、とうにこの世を去った。
 盟友ベルリオーズの死を悼んでいたのは、何もイーリスだけではない。カカシュ自身も重い宿命を背負いながら深く悲しんでいたし、ベルの騎士に至っては後追いも復讐もさせぬように、今もなお事実を伏せたままだ。
 目まぐるしく去来する思考の渦に飲まれないよう、カカシュは一度目を閉じた。視界を遮断することで雑念を振り切り、そうして言い聞かせる。
 自分に課した使命を忘れるな────多くの理を捻じ曲げてまで、ここにいる意味を。

「縋り付く腕を離せないなら、こちらが切り離すしかあるまい。イーリス、おまえはどちらを選ぶ」
 怪訝な表情を浮かべたイゴーが、片眉を持ち上げた。
「言っている意味が分からない」
「分かりたくないだけだろう? どちらも苦痛をもたらすだろうからな」
 演奏の終わりまではあと僅かだ。あと幾度かの攻撃さえ防げば、ホイミンに託した魔曲が完成する。
「苦痛……?」
 イゴーの薄い唇から、低い声が零れた。
「今以上の苦痛などあるものか。ベルのいない、この世界に」
 くつくつと喉の奥で笑いを噛み殺していたが、切れ長の瞳にははっきりと憎悪が宿る。
 カカシュはその憎悪の下に漂う哀愁を救い上げようと、声の勢いを落として言葉を紡いだ。
「……おまえが敬慕していたのは知っている。だがベルは人間だ、我々と同じ長さは生きられない」
「貴様が邪魔をしたんだろう!」