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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

INDEX|178ページ/213ページ|

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 何かが琴線に触れたらしいイゴーの頬が瞬く間に紅潮し、ヒステリックに言い返したものの、カカシュの表情はそれでも落ち着き払っている。
「そうだ、私が止めた。おまえが進化の秘法など使わなければ、ベルはもう少し生きられた筈だ」
「違う!!」
 イゴーは今までにないほどの大声で叫び、激しく頭を振る────あの日の再現とも思える激高ぶりだ。
 種族による寿命の違いは、この世に生きとし生けるもの全ての理と言っていい。それが天寿を全うするにせよ、事故や病気で去るにせよ、それが個人に与えられた理だとカカシュは思っている。
 だがその理の秩序を覆す進化の秘法の災禍は後世に語り継がれ、その水面下では秘密裏に改良が行われ続けていた。そしてその一端を担っていたのが、今目の前にいる男である。
 イゴーが何故ベルリオーズに並々ならぬ執着を見せているのか、カカシュは分かっている。共にただ喪った悲しみを分かち合えていれば良かった────そう思いつつ、二人の仲間であり友でもあるカカシュはこれ以上の過ちを見過ごせなかった。小さく嘆息して口を開く。
「おまえだけを責められはしない……あの日、ベルを手にかけたのは私だからな。だからこそ私はここへ来たんだ、おまえを再び止めるために」

 白藍の瞳が真っ直ぐにイゴーを捉える。今にも溢れそうなほど目を潤ませたイゴーへ向けて、しっかりと区切るように言葉は続けられた。
「友の……ベルリオーズの未来を、動かすために」
 イゴーの瞳からぽろりと雫が零れた。頬を流れ顎を伝い、肌から離れたそれは赤い結晶となって床に転がる。
 小さな音を立てた涙の粒へちらりと視線をやったカカシュは、堪えるようにぎゅっと口を引き結び、それからゆっくりと言葉を選び出す。
「もう離してやれ。このままでは、あいつはいつまでも転生できない」
「嫌だ……!」
 説得を即座に否定する悲壮な声は、カカシュの胸をも穿つ。
(しっかりしろ、絆されるな!)
 このまま流されては全てが水の泡になる────そう思ったカカシュが、ぱちりと指を鳴らす。
「……頃合いだな」
 耳を澄ませば、丁度演奏が終わったところだった。

 ホイミンは詰まることなく流れ去る譜面を目で追い、とうとう訪れた演奏の終わりに下唇を噛み締めた。
 演奏が終盤に近づくにつれ、体内の魔力を吸い取られていく感覚に陥った。正体不明の男に突然託された楽曲────ライアンやリュカならば、怪し過ぎるから断れと言ったかもしれない。
(いいんだ、もう)
 断る選択肢もあった。確認もされた。だが、この結末を選んだのは紛れもなく自分だ。
 既に人の身を離れ、自我がいつまで残っているのかも分からない爆弾を抱えながら生きるよりも、せめて誰かの役に立って終わりたい。それでも────
(最期くらい、ライアンさんに会いたかったな)
 集中が途切れてきたのか、急に辺りが騒々しく感じられる。
 うっかり間違えてしまわないよう気を引き締めて爪弾くと、最後の二音がやけに大きく響いた気がする。
「よし、弾き切った……!」
 額から溢れ出る汗を袖で拭う。
 竪琴がぼうと光を放ち、そこから今まで演奏していた譜面がするすると連なって帯になり、竪琴とホイミンを取り囲むように円を描いて魔法陣になっていく。
 そして、ホイミンの心臓がどくりと跳ねた。
「…………っ!」
 同時に、最早役目を終えたと言わんばかりに、竪琴の弦が次々と切れた。破裂音に似た音は切れた衝撃で他の弦を震わせて、びりびりと不快な音色を響かせる。
 終わりの始まりを予感し、未だ光を放つ竪琴を壊さないようにそろりと床に置いたものの、そこから立ち上がれないまま両膝をついた。深い眠りに落ちる間際に似た、強烈な倦怠感が身体中を支配する。
 それに抗って勝手に閉じかける瞼をこじ開け、眉間に思い切り力を入れて食い入るようにリュカ一行を見た。竪琴と同じ色の輝きが彼らを包んでいて、初めにスラリンがひょっこりと起き上がっていた。
 その光景に心から安堵したのも束の間、食あたりの前兆のような悪寒が全身を駆け巡り、大きな鳥肌が立つ。
 騒々しかったのは単に人が来たからだと判明したのは、ホイミンが聞きたかった声の持ち主が、仲間と共に視界に飛び込んできたためだ。
「ホイミン!!!」
 ソロを含めてほとんどの導かれし者たちが集結している。よく見れば少し話した程度ではあるが、見覚えのある者もいた。
 ボロボロと溢れる涙が阻害して、血相を変え真っ先に駆け寄ってくるピンクの鎧をちゃんと見せてくれない。
「ライアンさん……っ」
 探しに来てくれた────きゅうっと喉が締まり思うように声を出せなかったが、ホイミンは精一杯の笑みを向ける。
 そうしている間にも、魔力と共に体力ももぎ取られ、体の機能が粛々と営みを終えていくのが分かる。痛みも苦しみも感じない。それだけは良かったと思える。
(お願い、もう少しだけ、ライアンさんを見させて)
 顔を持ち上げる力も無くなり、視界が揺らいだ。薄目に床が見えたと思ったら、力強い腕に抱き込まれる。床に突っ伏しかけたホイミンを支え、顔にかかる長い髪を手ですいたのは、ライアンだった。
「ホイミン、しっかりしろ。今助けてやるからな」
 そう言ってホイミンの瞳を覗き込んだライアンの顔は強張っていて、穏やかで優しい笑顔ではなかったのを少し残念に思ったが、それでもこうして最期に会えたことが、何よりも嬉しい。
「ラ…………さ」
 喉から声を送り出す力も既になくなり、ほとんど掠れた息しか出なかった。せめて頬に触れたいと思っても腕が持ち上がらない。意識はあるのにまるで人形のようだと思いながら、視線を合わせてくるライアンをただ見つめ返した。
「誰か、回復を頼む!」
 ライアンが周りの仲間たちへ懇望する中、ホイミンはライアンの尖った顎のラインや上下する大きな喉仏を、ぼんやりと見上げていた。
(二度目も好きな人の腕の中だ。こんな終わりなら、悪くない)
 好きの意味合いが一度目とは違っているけれど、とホイミンは小さく笑う。指先を強く握り込んだライアンの手が手袋越しでもとても熱くて、いやむしろこっちが冷えてるせいだ、などとぐるぐる考え始める。

 一度目は、メラミを食らって意識がなかった。魂が体から離れたのか、黒焦げの自分を抱き締めて嗚咽を漏らすライアンを、少し離れたところから見下ろしていた記憶しかない。
 人間だって家族に看取られず落命することはザラだ。ちっぽけな元魔物の自分が、こうして焦がれた人に抱かれながら看取って貰えるのは、なんて幸せで贅沢な時間だろう────心の奥底からじわじわと溢れ出る多幸感に、口元が自然と緩む。

 目の前に誰かが屈み込んできた。
 鼻先に柔らかな花の香りが掠める。次に薬草のようなすっきりした香りがして、それから嗅ぎ慣れない甘い香りを嗅ぎ取れた。
 今にも泣き出しそうな顔のミネアが正面で膝をつき、ホイミンの顔を覗き込む。
「ホイミンさん、私が分かりますか」
 初めに嗅いだ優しい香りが、もう一度ふうわりと漂う。