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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 声の乗らない吐息で、はいと答えた。ホイミンの返事に頷きを返したミネアがライアンに代わってホイミンの手を両手で持ち上げ、青い光が身を包む。固唾を飲んで様子を見ているライアンが、ほっとした表情を見せていた。
 だが────彼らが思っていた結末を迎えはしなかった。
 青い光は何の回復も起こさず、そのまま消えてしまったからだ。異様な事態に、周りにいた者たちが小声で話し出した。
「ミネア殿、これは────」
 ライアンは戸惑いを隠さずに問いかけるが、ミネアは沈痛の表情で押し黙り、静かに頭を振る。
 続いて隣にいたクリフトがミネアと入れ替わる。薬草のような香りはクリフトから漂ってきていた。
「私もやってみましょう」
 そしてミネアと同じくベホマを唱えてみたものの、結果は同じに終わった。
「効果が打ち消されてしまいますね……」
 神官服に身を包んだクリフトの背後で、眉を寄せて見ていたルヴァが歩み出る。
「あー……部外者の私なら、どうでしょうか。試させていただいても?」
 ルヴァの申し出にクリフトが頷き、すぐに場所を譲る。
 甘い香りが鼻を衝き、持ち主はライアン宅で少しだけ会話したリュカの友達か、とホイミンは気付く。
「癒しの柳絮よ、ここに」
 他の者たちとは違う詠唱が聞こえ、青い輝きがホイミンを包む。
 もしかしたらと淡い期待を胸にライアンがじっと様子を見ていたが、結果はミネアやクリフトと同じに終わった。

 更なる沈黙が場を支配する。
 ライアンの背後で見守っている仲間たちは、皆一様に険しい顔になっていた。
 静寂に耐え切れず、ライアンが苛立った声を上げた。
「……何故だ!」
 彼の脳内では、ホイミンはもうとっくに回復をして、いつものようにえへへと照れ笑いをしている筈だった。今度は間に合ったと思ったのに────こうして駆け付けて腕に抱いているのに、またもやなす術がないなんて、と暗然とした気持ちに見舞われる。

 その間にもホイミンはうつらうつらと目を閉じ始めた。手袋越しに伝わっていた僅かな熱も感じられなくなり、焦ったライアンは革手袋の先を噛んで脱ぎ捨て、素手でホイミンの頬に触れた。
 蒸れた革の匂いがしたと思ったら、硬くざらついた感触が頬を滑る。うっすらと重い瞼を持ち上げれば、ライアンが信じられないものを見たような顔でこちらを見つめていて、頬に触れていたのは長年に及ぶ鍛錬でできたマメや傷跡が作り出した、ごつごつと分厚くて無骨な、ホイミンの大好きな大きな手だった。

 近づいてくる足音にライアンは顔を上げ、見知った顔に緊張を緩めた。
「リュカ殿……」
 名を呼ばれ頷きだけ返したリュカが、今や陶磁器のような顔色になったホイミンへ声をかけた。
「……ホイミン、聞こえてるかい」
 息だけで返事をすると、リュカがしゃがんで視線を合わせてくる。
「ありがとう、皆助かったよ。聞こえるかな」
 プックルのクォンと小さな鳴き声と、スラリンの「ホイミン、元気出せ!」という励ましの声が続く。
 良かった、と口を動かす。それすらもう動かしにくくなっていて、顔の筋肉が鉛のような重さだ。
 リュカが上位回復呪文ベホマを唱えてみるも、やはり効果を打ち消されてしまう。
 きらきらと輝く光の粒子が舞い落ちてとても美しい。
 だが、それが示す残酷な事実に顔を強張らせたリュカが、真一文字に閉じていた口から言葉を紡ぐ。
「それがきみの答えなのか」
 誰もが薄々察していながら敢えて言わずにいたことを、単刀直入に問う。
「リュカ殿!」
 ライアンが声を荒らげ、リュカの肩を押す────聞きたくないと思った瞬間、咄嗟の行動だった。
 だがリュカも歴戦の猛者、押された程度ではびくともしない。規則的に瞬きを繰り返し、ただ静かにホイミンの答えを待っている。
 ホイミンは頷く代わりに、口角を僅かに持ち上げた。
「…………そうか」
 頑なな決意を受け取り、リュカはやるせなさに片手で顔を覆う。
(どうして、君まで)
 刹那思い出したのは、亡き母のことだ。
 あと一歩のところで間に合わなかった、あの苦々しい記憶が蘇る。
「……ぼくが頼んでも、ダメかい」
 声はなかったが、やはり否定の仕草が返ってくる。

 ライアンたちが駆けつける直前。
 リュカが目を開けたとき、視界に入ってきた光景で全てを悟った。
 あの魔法陣の残滓には見覚えがあった。彼自身も行使したことのある、自己犠牲による蘇生呪文、メガザルの魔法陣に良く似ていた。
 もしも今の状況がメガザルを行使した後なら、ホイミンに残された時間はごく僅かだ。むしろ味方が蘇生した後、ここまで意識を保っているほうが奇跡に近い。本来なら既に事切れている筈だからだ。後に蘇生を行うとしても、彼に今世への未練なり執着なりがなければ、蘇生呪文は届かない。そして彼に意思の確認をしたが、残念ながら答えは否────悔しそうに唇を噛み締める。

 そこへもう一人誰かが近づいてきて、すかさずホイミンを抱き締めたライアンの声が一段階低くなる。
「……貴殿は?」
 この天空人はさっき魔族のような見た目の男と対峙していたはず────と訝るライアンへ、カカシュが柔らかな声で話し出す。
「カカシュという者だ。彼に……助けられた」
 そう言ってホイミンを見つめ、手をかざす。
 白い光がふわりと全身を包んで、重力に負け弛緩していた体に力が戻ってくる。常に圧迫される感覚だった喉から新鮮な空気が流れ込み、呼吸が楽になったホイミンは不思議そうにカカシュを見た。
「カ……カ、シュさん」
「君の犠牲に報いるには、到底足りないが……半刻ほど、時間を延ばすよ」
「イゴー、は」
「逃亡したが、かなり足止めはできただろう……君を送り出したらあいつの後を追う」
 送り出したら────カカシュの言葉が無遠慮に聞こえた瞬間、ライアンの指先にぎゅうと力がこもった。驚いたホイミンがカカシュから視線を戻すと、顎関節と耳の後ろが僅かに動いた。強く歯を食いしばっているのが分かる。
 カカシュはそれを意に介さず、ホイミンへ向けて話を続けた。
「私は離れているから……話をするといい。悔いのないように」
 労わりの滲む声音で告げ、静かに立ち去っていく。そのまま壁に背を預けて目を閉じた。
 顎を引き、俯くライアンの表情はホイミンからもよく見えない。
 暫しの時を経て、ライアンの低い声が静寂を打ち破る。
「……すまんが、二人にしてくれないか」
 困惑する仲間たちの中で、真っ先に動いたのはソロだった。
「……下にいる」
 最後の時間を過ごしたいとの願いに、小さく頷いたソロが仲間を引き連れ、階段を降りていった。

 リュカも彼らに続こうとした矢先、ホイミンの手が彼の外套を掴んだ。
「ま、って。リュカさんは行かないで」
 けほんと小さな咳をしつつ、ホイミンが見上げてくる。
「いてもいいの? 邪魔じゃない?」
 せめて二人きりで話をさせてあげたいと思っていたが、ホイミンのこの行動は予想外でもあり、隠し切れない戸惑いがそのまま声に乗った。
「リュカさんは、ぼくの気持ち知ってるから……。嫌じゃなかったら……聞いてて」
「でも」
 穏やかな声でそう言われたものの、リュカはちらりとライアンの顔を窺う。