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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 そしてその怒りと哀しみの矛先はまず疫病をもたらした魔物へと向き、各地で虐殺が行われていた。暗黒の世界からの影響がない分、彼ら魔物たちは本来のおとなしさを取り戻して人間と適度な距離を保って生活していたにも関わらず、力の弱いものたちから次々と人の手で捕らえられ、殺害されていった。
 魔物と心を通わせた若き王と家族はその残虐な行為に心を痛め、なんとか人々をとどめようとした結果、やり場のない怒りの矛先がとうとうグランバニア全域に向いてしまったのだった。
 マーリンはこの一連の悲惨な流れを、言葉で説明することができなかった────それはかつて、彼が人として生きていた際に起きた惨事を彷彿とさせるものであったからだ。

 乾いた唇を強く噛み締めるマーリンの姿に、二人は悲痛な面持ちで暫し沈黙した。
 そしてぷつりと会話が止まり数分が過ぎた頃、落ち着きを取り戻したマーリンがゆっくりと話を再開する。
「毒消し草も一切効かぬため、わしらは各地の文献を徹底的に調べ、その結果……今は絶滅したパデキアという薬草であれば完治させられると知りましての」
 未曽有の危機にも決して諦めない精神力の強さに感嘆し、ルヴァはまぶしそうに目を細めてマーリンを見つめた。
「成る程、理解しました。それでリュカがそのパデキアを探しに行き、まだ戻って来ないんですね?」
 じっと注がれるルヴァの真剣なまなざしへ向けて、マーリンが静かに頷きを返す。そこへアンジェリークの声が沈黙を破った。
「でも絶滅したんでしょう?」
 話を聞いていれば当然浮かぶであろう質問へ、マーリンはほんの少し緊張を解いた顔で話を続けた。
「妖精の城に過去へといざなう砂絵がありましてな、リュカはそこからパデキアが生息していた時代へと遡っているんじゃが……」
 希望はまだ残ってる、と言って旅の支度を整えていたリュカの後ろ姿を思い出し、しわくちゃの細い指先に視線を落としたマーリンが辛そうに眉根を寄せて声を絞り出す。
「絵に入った途端、砂絵が動き出してしまったのです。側にいたプックルとピエールがすぐに後を追い、彼らもまた……」
 それきり声が途切れ、涙の滲んだ目元をそっと押さえるマーリンに代わり、ルヴァが言葉を紡ぐ。
「……戻れなくなった、と」
 手紙に書かれていた表現は、文字通りの意味だったと理解した。戻る道がそもそもないのだから「戻らない」ではなく「戻れない」のだ。
「その場に一人取り残されたポピーだけが、新たに描かれた砂絵を見ましてな。そこにはあなたがたを含む、十人ほどの人間が描かれていたと言っておりました」
 ルヴァの切れ長の目に何かを決意した鋭い光が宿っているのが見えて、アンジェリークは黙したままの彼が言葉をまとめるまでの間、先に質問を投げかけた。
「……その絵には美形のお兄さんたちばっかり描かれてました?」
 女王陛下の身も蓋もない言い方にくすりと口の端を上げ、マーリンが笑んだ。
「さあ、それはポピーに訊いてみないことには分かりませんでの」
 柔らかな笑みを浮かべたアンジェリークが頷く。
「そう、それじゃあやっぱりポピーちゃんの説明を聞かなきゃだめね。ルヴァはどう思います?」
 悪戯を思いついた子供のように輝いている新緑の瞳に、ルヴァは自分と彼女の考えが同じであることを悟る。
「やはりここ最近の一連の出来事と関係があるように思いますねえ。動くのでしたら『念のため下準備は必要』かと」
 ルヴァから個人的な介入はだめだと散々注意され続けてきてはいるが、巻き込まれる形ならば誰も文句は言えない。彼の言葉は暗にそのように仕向けろと言っていた。
「介入するにあたっての注意事項は?」
 敢えて明言を避けていたのにアンジェリークにはっきりと言われてしまい、思わず苦笑してしまう。
「筆頭守護聖と補佐官の説得、ですかね」
「それが一番の難関だと思うの……」
 そう言って、とんとこめかみに人差し指を突き立て片眉を上げたアンジェリークに、ルヴァとマーリンが小さく吹き出していた。

 その後、ルヴァの館では主とマーリンが悪魔の書を前に話し込んでいた。
 ルヴァが緑茶を淹れている間、マーリンは興味津々といった顔で紐で括られたままの悪魔の書を手に取り、じっくりと調べ回る。
「ほうほう……これは珍しい。じゃがわしらの周囲ではこのような魔物は見たことがありませんな」
 謎を解き明かす唯一の手掛かりがなくなり、振り出しに戻ったことをルヴァは残念がる。
「マーリン殿でもご存じないですか……ザキとマホトラを使っていましたから、私はてっきりそちらの世界にいるものとばかり」
 目の前に出された湯飲みに手を伸ばしたマーリンがふうむと唸る。
「聖地では次元を行き来できるのじゃから、力さえあれば渡り来る者もおるじゃろうな。……わしが思うに、こやつの正体には二つの可能性がある」
 じっと表紙に視線を縫い止めながらそう語るマーリンの表情は楽しげだ。
 いつの間にか彼の思考の邪魔をしないようにと気を遣っていたのか、ルヴァは少しだけ強張った肩を揺すり、一言尋ねた。
「可能性……とは?」
 ルヴァの言葉にマーリンはまず緑茶をすすり、落ち着いた声で答える。
「長い時を経てグリモワール(魔術の奥義書)に魂が宿ったと考えられるのがまずひとつ。そして、もうひとつには」
 ぽんと表紙を叩き、ニイと口元を歪ませた。
「悪魔から分離した眼球そのもの」
 ごく自然に出されたマーリンのしわがれ声に、ルヴァの視線が続きを促した。
「この目で見たものを記憶する、頁はいわば我らの脳と同じ────簡易に言うならば自在に動き回るための単なる依代ということです。もし仮にこれの本体がどこかにいるのだとすれば、賢者様が呼び寄せたか呼び出したか……まあ、仮説ではありますがの」
 納得のいく仮説に、ルヴァは顎に手を当てて成る程と口の中で呟いていた。ルヴァの中では前者の仮説が頭の中にあり、そこから深く考察してはいなかったのだ。
 思考の渦に巻き込まれた様子にマーリンが苦笑を浮かべ、好奇心でいっぱいの視線を向けた。
「……紐を解いても構いませんかな?」
 小さく唸りながらまだ考え込んでいるルヴァからの返事は、それから二秒ほどの時間を要した。
「えっ? ええ、どうぞ。とてもよく喋る本ですけれど……」
 喋るだけで済むならいいがと内心思うルヴァをよそに、マーリンが蝶結びにされた紐をするりと解いていくと、自由を喜ぶように悪魔の書はふわりと宙を舞った。
 それまでは穏やかだったマーリンのグレーの瞳が、その途端に赤く光る。
 獲物を狙う猛禽類のような険しさを伴った目つきは、見る者によってはその視線だけで竦み上がってしまうだろう。
「おまえの名は?」
 マーリンが低い声で問いかけると、悪魔の書の目もまた赤く光る。
「悪魔の書」
 マーリンの質問にけろりと答えた悪魔の書はどうでも良さげにルヴァの元へと飛んでいき、読めと言わんばかりに頁を開いて見せている。
 ルヴァは自分の元へと飛んできた悪魔の書へ困ったように眉尻を下げながら、その表紙の目をマーリンへと向けた。
「それは今の名だ。思い出せ、おまえはかつて何と呼ばれたか。何と名乗ったかを」
「覚えてない」