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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 最後の掠れ声を聞き取ろうと顔を寄せたライアン目掛け、ホイミンは体中の力を振り絞り伸び上がる。
 無駄な肉のない精悍な頬に柔らかな唇を押し当てて、してやったと言わんばかりににんまりと笑った。
 このまま去るつもりが、いざ本当のお別れが来ると思った途端に気が変わった。人の欲とは不思議なものだと思いながらも、したことへの後悔はない。旅の恥は掻き捨て、もう半分くらい見えないからいいよね、と言い訳が立つ。
 ライアンは驚いた顔を見せつつも避けなかった。彼ならさっと顔を背ける程度、造作もないはずなのに────それがなんだか嬉しくて恥ずかしくて、どうしようかと困った矢先、ライアンが想定外の行動に出た。

 流れるような動きでホイミンの手を取り、甲にくちづけた。
 軽く触れただけの誓いは燃えるように熱くて、ホイミンの頬もかっと紅潮する。
「必ず迎えに行く」
 熱を帯びた鋭い眼差しに射抜かれ、見つめられただけで溶けてしまいそうだ。
 この熱を、いつか遠い未来で独り占めしたい。それがかなうまで何百年でも待ってやる。だから今世は、相棒のままで────
「寂しいけど……また、ね」
 ホイミンのか細い声に、ライアンは一度だけ折れそうなほど強く抱き締め、囁きを返す。
「ゆっくりおやすみ。どうか安らかに眠ってくれ、相棒……」

 ホイミンは穏やかに微笑みながらライアンの顔を見つめ、やがて空色の瞳から光が消えた。
 ライアンはもう何も映すことのない目をそっと閉じさせ、人目を憚ることなく涙を流した。堰を切ったように泣き咽ぶライアンへかける言葉が見つからず、リュカもまた沈痛の面持ちで佇むだけだ。

 天空人カカシュはライアンの号哭が治まるまで無言で立っていたが、ホイミンの体が淡く光り始めたのを見て口を開いた。
「……そろそろ、行かねばならん」
 カカシュが手を伸ばすと、ホイミンの体から光だけが抜け出していく。人の形のそれは、カカシュの手を取って並んでいるように見えた。
 顔を手拭いで拭ったライアンが、カカシュへ頭を下げる。
「私の相棒をお頼み申し上げる……どうか、願いを叶えてやってください」
 カカシュは小さく頷いて白い翼を広げ、ホイミンの魂と共にどこかへ消えていった。

 肉体から離れたホイミンは、肩を震わせて男泣きしているライアンをかつてと同じように見下ろしていた。
「ライアンさん……」
 息絶えるまで痛みを感じなかった胸につきりと刺すような痛みが走り、そっと片手で抑える。もう片方の手はカカシュの掌の上にあり、手を取られて並び立つ姿はまるで自分が貴婦人の扱いを受けているようにも思えた。
「人間になってみて、どうだった」
 質問と同時に繋がれていた手がゆっくりと離れていく。カカシュの顔を見上げ、少し複雑そうな笑みを浮かべたホイミンはきっぱりと言い放つ。
「色々分からないことも多かったけど、楽しかったです」
 魔物の記憶と、時折夢に見た、元の持ち主の記憶。二つの記憶が混在する体で旅をして、ホイミンは人間というものを知った。
「後悔はないか」
 顔を少し傾けたカカシュの小さな声に、ホイミンはぐっと口角を持ち上げる。
「ありません。辛いけど……皆を守れたから」
 最期まで、ちゃんと人間として生きられた。魂が肉体を離れても、記憶がある以上はまだ、人として矜持を持っていたい────そう、ライアンのような素敵な人間でありたい、とホイミンは思う。
「ぼくの願い……言っても、いいですか」
 穏やかに切り出したホイミンの顔はいま少年から青年へと移り変わり、見違えるほど引き締まっている。元々の魂も二十代で生を終えたが、もっと幼いと思っていた一匹のホイミスライムの急成長を見た気がして、カカシュはその眩しさに瞠目する。
「聞こう」
 言葉に出してから、今のはカカシュとしては偉そうだったかと思ったが、ホイミンは微笑んだまま表情を変えず話し出す。
「いつかぼくを、ライアンさんのお嫁さんにしてください」
「……そなたも自分で言っていた通り、次に出逢うときはライアンでもホイミンでもなくなるが、それでいいのだな?」
「はい」
 即座に言い切るたった一言の中に、迷いは微塵も感じられなかった。
「私は縁結びは門外漢だ。せいぜい同じ時代に出逢わせることしかできないが」
「構いません。逢えたら絶対惚れさせるんで」
 ニイ、と片頬を持ち上げる。悪戯を企むような不敵な笑みに、カカシュは微笑む。
「大した自信だな」
「そのためにいっぱい努力します。そうじゃないと、あの人に見合わないから」
「……そうか」
 眼下で泣き崩れているライアンへ視線を落とし、切なげに呟く。
「次は、死んでも離れたくないんです」
 別れを惜しんでくれる人がいる。それに安堵する自分はどこかおかしいのかも知れない、とホイミンは思う。あんな風に泣かせたくも、悲しませたくもないけれど。
「ライアンの今生が終わり輪廻の軌道に乗るまで、そなたはどうする」
 つい元の口調が出てきてしまう────体裁を保てない己に呆れながら、それを気にする風でもないホイミンの前では取り繕う必要もないと思い直す。
「うーん……どうしたらいいんでしょうね。何も考えてませんでした」
 顎を触りながら視線を上向かせた後、真っ直ぐにカカシュを見る。
「元々はぼく、次に何をしていたんでしょう。歴史の通りだったら」
 本当に、聡い子だ────何が起ころうとも未来を見据える潔さは好ましい。望むようにしてやりたいと思わせる何かが、彼の中にある。それが何なのかまでは、分からなかったが。
「次も人になり、エルニダという都市を作っていた。あれは……そうだな、リュカの国グランバニアが建国される、少し前の時代だ」
「都市を作った……!? ぼくが!?」
「興味があるなら、やってみるか?」
「え……」
 突然の誘いに戸惑いの声が出たホイミンへ、カカシュはざっくりと説明を始めた。
「人間界と天界、そして魔界をきっちり分ける。それぞれ住み分けて干渉しないように、結界の扉を守る番人が必要でな」
 カカシュは考えながら言葉を選んでいるのか、両腕を組みウロウロと歩き回る。
「番人の候補者は他にもいるが、そなたが望むなら任せたいと思っている」
 ホイミンの口が徐々にへの字に曲がり、眉も顰められた。
「……やっぱり、会ったことありますよね」
「ふ……、どうだったかな」
 先程から少々気になっていたが、既に一介の天空人が担う範疇の話ではない。これはどう考えても────と、ホイミンはしらばっくれた彼の名を呼ぼうとしたが、カカシュはホイミンの口に指先を当てがい、首を振った。
「言わないでくれ」
 止められて不満げな様子を見せながら、ホイミンは一瞬押し黙る。
「……内緒?」
「そうだ。誰にも知られてはいけない」
(でも、全知全能だったら、これも分かっちゃうんでしょ?)
 ホイミンの心の声にカカシュは一瞬目を丸くさせ、それから破顔した。
「全く……君には敵わないな!」
 堪え切れずにカカシュは声を上げて笑い出した。
 それだけで答えは伝わっただろうと思いながら、笑いを引っ込めてホイミンを見つめる。
「では、引き受けてくれるか。エルニダの長を」