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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 どこか辛そうに眉を寄せ唇をわななかせたリュカを、ライアンが心配そうに見上げている。再び泣きそうになるのを堪えたリュカがライアンへと視線を合わせた。
「お二人の願いは叶いますよ。その証拠が────」
 言いかけてはっと口を噤む。
 不可解そうに片眉を持ち上げたライアンへ、リュカは咄嗟に笑みを取り繕った。
「……いえ、何でもないです。忘れて」
 彼らの願いは確かに叶う。だが望みの全てではないことを、リュカは己の壮絶な人生で知り過ぎた。足掻いても変えられない事象ならば、敢えていま知らせることでもない────その思いが、重石となって口を噤ませた。
 布袋にはまだ重みがあった。何かが入ってると手を入れ、かさりと乾いた感触が指先に伝わってくる────どうやら一冊の本のようだ。
 リュカの手より少し大きい程度のそれはもうかなり古びていて、紙の縁がふにゃふにゃになっていた。肌身離さず持ち歩いていたのだろうか、表紙も擦り切れてボロボロで、妙に曲がった癖もついている。ぱらりと頁を捲ると、ライアンも覗き込んできた。
「これは……楽譜、か?」
「そうみたいですね。凄いな、びっしり書き込みがある」
 どうやら楽譜を纏めた譜面集のようで、リュカはぱらぱらと他の頁にも目を通してみた。古い書き込みは黒インクの周りに青い色素が広く滲んでいて、最早読めなくなっているものも多かった。その中に比較的新しい筆跡を見つけ、二人は顔を見合わせる。
「これはホイミンの筆跡だろうか」
「まだ新しいですよ。ほら……ここも、これも」
 ほんの少し癖のある文字列に視線を落とし、ライアンは眉尻を下げた。
「一丁前に綺麗な字を。……私が教えたときは、ペンを持つのも覚束なかったんだよ」
「えっ、ホイミスライムの姿で、ですか?」
 リュカの問いに、ライアンは笑いを堪えながら答える。
「ああ。あのぷよぷよの触手で、何度も私の名ばかり書いて……」
 懐かしそうに目を細め、ライアンの口角が上がっている。
「彼らしいですね」
「……折角、願いが叶っていたと言うのに。あんなに慌てて逝くこともないと思わんか、リュカ殿。白状なやつだ、全く」
 ライアンはそうぼやきながらも、彼のものと思しき筆跡を指で辿る。何度も、何度も、ゆっくりと往復を繰り返して。
 言葉として表には出てこない感情の発露が、確かにそこにあった────彼の頬に触れていたのと同じく優しいその動きに、リュカは言葉を失ったまま、ただ静かに眺め入っていた。
 数秒の沈黙を経て、ライアンがおもむろに話を切り出してくる。
「……リュカ殿」
「はい?」
 ライアンがふと動きを止め、譜面集を静かに閉じた。それから群青の瞳で真っ直ぐにリュカを見る。
「この楽譜は、君が持っててくれ。私が持っていても宝の持ち腐れにしかならない」
「え、でも」
 リュカの声を切るようにそこで微笑んだライアンの顔は、当人としては精一杯の笑顔だっただろう。しかしリュカの目には痛ましさを覚えるほど歪み、酷く悲しげに映った。
「……遺品だと思いたくないんだ。理解して貰えると助かる」
 手元にあることで、喪失を否応なく思い出すこととなる────その感情に耐え切れそうもないことを察し、リュカの胸はちりと痛んだ。
「約束、しましたもんね」
「ああ……」
「分かりました、これはぼくが預かりま……あっ」
 途中で何かを思いついた様子で声を上げ、それに釣られたライアンが眉を開く。
「そうだ、守護聖の方の中に竪琴弾きがいましたよ。さっき下に降りて行った人。あの人に譲るのは如何です?」
「ふむ……そのほうが、誰かのためになるかも知れんな。ホイミンならそれを望むか……」
 楽器ひとつできない自分が持つよりも、誰かが演奏してくれればいつかまた巡り巡って、彼の曲に出会えるかも知れない────そう考えたライアンが、ふっと息だけで笑い、それからリュカへ視線を縫い留める。目元からは先程までの悲愴感が消え、目尻の笑い皺が深まっていた。
「受け取って貰えそうなら、是非に」
「そうしましょう。ぼくも楽器やダンスはてんでダメなので……」
 妖精のホルンは肺活量に任せて吹くだけで勝手にご立派なメロディが流れたが、リュカはそもそも楽譜すら読めない。こちらで預かっていても、ライアンと同じく宝の持ち腐れになるのは確実だと思ったリュカは、ライアンを連れ階下へ降りた。

「……わたくしに、ですか」
 階下にいたリュミエールに声をかけ、事情を説明して譜面集を手渡すと、戸惑った様子で譜面集に視線を落としている。
「ぼくもライアン殿も、楽器どころか楽譜自体読めませんから。貴方は読めるのでしょう?」
「え、ええ……一通りは。ですが、あの方の持ち物を、わたくしなどが頂いても良いのでしょうか……」
 リュミエールは擦り切れてボロボロの表紙をさらりと撫で、美しい柳眉を八の字に下げた。読めない文字ではあったがびっしりと注釈が書き込まれ、長年使い込まれた風合いの譜面集にどれほどの愛着があったかが手に取るように分かる。これは趣味の範疇などではなく、完全に職業だと思ったリュミエールは緊張に口元をきゅっと引き結ぶ。
 すんなりと受け取っては貰えない様子に、ライアンが言葉を繋いだ。
「あの子が人として懸命に生き抜いた証です。演奏できる方の手に渡るほうが、きっと喜んでくれるでしょう。どうか貰ってくれませんか」
 頼み込むライアンの目の赤さにリュミエールは胸を痛め、心を決める。
「……分かりました。そういうことでしたらありがたく頂戴いたします。わたくしも聖地で弾かせていただきますね」
 そう言って丁寧な仕草で譜面集を鞄に仕舞い込むリュミエールへ、マルセルが話しかける。
「リュミエール様、後で世界樹にも聴かせてあげましょうよ。きっと綺麗な音が好きですよ、この子!」
 笑顔で苗木をちょいと掲げるマルセルに、隣にいたルヴァも頷く。
「あー、それはいい考えですねえ、マルセル。植物も良い音を聴くと育ちがいいと言われていますしねえ」
 それまで壁面に背を預け腕組をしていたオスカーが一歩前に出て、アイスブルー色の瞳を細めて一同を見回す。
「それもいいが……まずは俺たち全員、元の時代に戻らないとダメだろ」
 オスカーの言葉に守護聖たちが押し黙る中、リュカが片手を顎に当てて唸る。
「そういえば、まだ戻れそうな気配がないな……城から出たら帰れるのかな」
 ふと浮かんだ疑問に、クラヴィスがいつもの声音で返す。
「まだ課題が残されているのだろう……一人、逃げたままだからな」
「やっぱりあいつと戦わないとダメなのかなー……」
 面識の浅いクラヴィスに臆することもなく、こめかみに人差し指を突き立てて嫌そうな顔をしたリュカへ、アリーナが話しかけた。
「皆で追いかけて行って、ちゃちゃっとやっつけちゃうのはどう?」
 そう言ってぐっと拳を握るアリーナへ、仲間の何人かが呆れたように溜め息を漏らし、その息の合ったツッコミに守護聖たちはくすりと笑った。
 リュカがうーんと頭を抱える中、ソロが軽く背を叩く。
「ひとまず外に出てみるか。ティミーたちと合流しておこう」
「そうだね、そのほうが良さそうだ」
「おっさんとパデキアの回収も忘れないでね〜」