冒険の書をあなたに2
力強く頷くリュカに、ルヴァもまた微笑みを浮かべる。
「頼りにしていますよ」
勇者二人の攻撃を見ていたピサロの片腕から、小さな雷が弾けた。
「デイン系はしっかり効いているようだな……それなら、地獄の雷も喰らわせてやる」
勇者たちの眩い白銀の雷とは違い、闇夜に光る青みがかった雷────ヂリヂリと音を立てながらピサロの手を伝い、その足元では禍々しい色合いの魔法陣が不気味な光を放つ。
ピサロそのものが爆心地のように、彼の周囲を赤みを帯びた風が吹き抜けていく。塵埃を巻き込みながら呼び寄せられた赤いエネルギーは頭上の雷をベールのように包み込んで圧縮を始め、限界値に達した青白い輝きが一気に爆ぜる。
イゴーは顔色を変えず、軽く腕を振る。たったそれだけの動きで、イゴーたちを光のバリアが包み込んでいく────フバーハやスクルトとも違う初めて見る効果に、注目が集まる。
「は、小賢しい!」
ピサロの声をきっかけに、地獄から呼び寄せた雷が辺りを薙ぎ払った。
勇者たちのギガデインと遜色のない激しさで、雷はイゴーと赤子へと襲い掛かる。
その様子をソロ一行もリュカ一行も皆、固唾を飲んで見守った。
守護聖たちやデズモンを守ろうと再び立ちはだかったライアンが、強風に吹き飛ばされてくる細かな石飛礫を鍛え上げたその身一つで受け止める。盾がない弱味すら歴戦の中で経験済み故か意に介さず、素早くバイザーを下げ赤のマントで己の顔を守りつつ、群青の双眸と対の耳はしっかりと攻撃の行方を窺う。
眩しさに目を細めながら見ていたソロが思わず声を上げる。
「うおー、ピサロのやつ本気だな!」
そう言って愉快そうに笑うソロへ、ティミーは怪訝な顔を向ける。
「ねえソロさん、あの人敵だったんだよね?」
天空城で導かれし者たちを調べ上げた際に知った、彼らの因縁を考慮するほどに疑問が燻る。
「うん? ああ、そうだな……オレの村を滅ぼした張本人」
平然と明かされた事実が調べた内容とぴったり重なり、ティミーは更に増す不可解さに戸惑いの反応を見せる。
「え……なんで平気なの」
「なんでって…………」
ソロの顔から笑みが消え、感情の見えない眼差しがティミーと交錯する。
「ぼくだったら、お爺ちゃんを殺して……、お父さんとお母さんを苦しめたゲマと仲良くしろって言われても、絶対嫌だ」
外では父、母と言うように躾けられてきたティミーだったが、父母を探し回った頃を思い出したせいか、口調が幼い頃に戻ってしまっていた。
顎先にしわを作りへの字に口を閉ざした少年へ、ソロの青い目が優しく弧を描く。
「赦さないと、許せなかったんだよ」
大きな力の前に成すすべもなくただ逃げるしかできなかった無力な己を、幾度責めたことか────ぽっかりと空いた胸の内は絶望に満ち、頼るあてもなく焦燥しきっていた旅の始まりを思い返し、僅かに目を伏せて話を続けた。
「憎しみはもっと大きな悲しみを連れてくる。終わらせるには、赦すしかなかった」
辺りの騒々しさが嘘のように、ぽつりと呟かれたソロの声だけが心に響く。
深い諦めを纏った声音がどうしようもない悲しみの終着点のようで、言葉に詰まった。壮絶な人生でありながら、果敢にもがき続けた父とはまた違う答えがあることを、生き様こそ違うけれど、根底に流れるうまく説明できないものがどこか似通っていることを、ティミーは知る。
「……ぼくには、よく分からない」
声のトーンを落としたティミーを前に、彼の純粋さが眩しくなる。周りからの愛をただ享受するだけで良かった優しい時代を何故か思い出させ、ちくりと胸が痛む。
「そうだろうな」
そう言って、視線を敵へと戻す。
仲間たちが攻撃を仕掛けている中、ちょうど守護聖二名が斬り込んでいくところである。
イゴーは多数からの攻撃を受けてもなお、特に変化は見られない。手足を切り飛ばされてもすぐに回復を果たす驚異的な治癒力を持ち合わせていて、なかなか致命傷を与えられないままだ。
「ピサロの進化の秘法より、厄介だな……」
「そうなの?」
意外そうなティミーの一言に頷きを返し、言葉を続けた。
「あいつのときは自我がなかった。今のピサロをそのまんま強化したら、あんな感じかもな」
雷による攻撃が終わるや否や、続いてムーンサルトで赤子の骸骨を蹴散らしているピサロを見つめながら、ティミーはうへえと嫌そうな声を出す。
「えー、あれより強いの? あの人めっちゃ強いじゃん……」
「流石に勝てそうもないか?」
少し意地悪な質問をぶつけてみると、ティミーはニヤリと口の端を持ち上げる。
「は、まさか。負けるつもりなんかないよ」
強気の言葉に、ソロもつられて笑う。
「ソロさんだってそう思うでしょ。皆もいるしさ」
「あー、まあな」
今目の前にいる敵とて、不気味さはあるが怖くはない。仲間がいる心強さなら有り余るほどだ、とソロは眉を持ち上げて小さく笑み、口を開く。
「こっちは精鋭揃いだもんな、魔物に魔族にシュゴセイやらまで色々いて?」
「そうだよ。だから心配なんか要らない」
言いながら、ティミーはマーリンの言葉を思い出す────敵に打ち勝つから勇者なのではなく、宿命に選ばれたから勇者なのでもなく、その生き様に惹かれ集まる信頼こそが、勇者を勇者たらしめるのだと。こうしてソロや父の生き様に触れる度、老魔法使いの慧眼は正しいと言わざるを得ない。ならば、彼と等しく天空の血筋を受け継いだ自分もまた、彼のように父のように、そして国中の民に愛された祖父のように、出来得る限り正しく在りたい────そんなことを刹那に考えて、くすりと笑みが漏れる。
そんな胸中を察したかのように天空の剣は僅かに輝きを放ち、それを目にしたティミーの瞳がふと和らいだ。この天空の装備は折に触れティミーを選び、成長の度に自ら形を変え、時にこうして意思表示までしてくる。
肯定されたのだと思えた瞬間、心の中でありがとうと呟いてしっかりと持ち直す。
「でもお母さんが心配してるから、そろそろ決着つけないとね」
見れば、ソロの天空の剣も同じく輝きを放っている。
再びどちらからともなく視線が絡み合い、にいっと唇を歪めた。
イゴーの間近に迫ったオスカーが地面を蹴り間合いを詰め、剣を大きく回し気合いと共に切り下げる。
「おぉぉぉぉぉおおおッ!!!」
オスカーの剣は弧を描き、イゴーの肩口から袈裟懸けに斬り裂く。ほんの一拍の間を置いて、イゴーの胸元に鮮血が滲んだ。
「……っ!」
イゴーが目を丸くして、息を呑むのが分かった。
即座に手首を返して二打撃目の体勢に入ると、突然目の前に炎が迫る。
ごうと音を立ててメラゾーマの熱波が容赦なく襲いかかり、オスカーの紅蓮の髪と同化する。
「……クソッ!」
既に回避できない距離、オスカーは一歩も怯むことなくダメージ覚悟でそのまま突っ込み、炎ごと真一文字に斬り掛かる。
空気を巻き込んだ炎は肌を燃やし、髪の焦げた匂いが鼻につく。
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち



