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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

INDEX|190ページ/213ページ|

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 熱に乾く瞳を薄く開けたまま、咄嗟に腹に力を入れ息を止めた。いま息を吸えば喉が焼ける────経験したことのない危機に対しどこか冷静でいられるのは、恐怖よりも怒りが先行するのは、タロットの不思議な効果のお陰だろうか。
(熱いだの痛いだの、言ってられるか!)

 赤々と燃え盛る炎の奥で、アイスブルーの双眸が敵を睨み据えた。
 冷ややかな色とは裏腹に、憤怒に滾る────赤き炎よりも高温度の、青。

 火傷の痛みを堪え、二打撃目を意地だけで叩き込む。
 イゴーの胸にX型の斬撃を刻み付けた剣先は、遠心力の勢いが残るまま地面を削り、ようやく動きを止めた。
 オスカーは熱波にぎりぎり耐え切った片目で見えている内にと、イゴーの鳩尾付近を足の裏で蹴り飛ばし、よろけた隙に剣を引き摺る様にして後方へ距離を取る。
 二人の間に割り込んできたオリヴィエがイゴーに一撃を与え、オスカーに呼び掛けた。
「オスカー、生きてる!?」
 既に片目を薄く開けるのが精一杯の瞳で、オリヴィエと視線を合わせて呼びかけに応える。
「なんとかな……!」
 全身が焼け爛れ、数多の女性を惹きつける美しい顔も皮膚がまだらに変わり果てている。通常ならば集中治療室送りの酷い有様に、オリヴィエは早く治癒を施して貰わねばと焦りが声に乗った。
「下がってな!」
 肩で大きく息をして今にも倒れそうなオスカーに告げ、オリヴィエはイゴーと対峙する。
「来な、ぶった切ってやるから」
 いつもの明るい調子は鳴りを潜め、低い声で言い放つ。
 イゴーは怒りの形相をしたオリヴィエを見て、薄ら笑っている。小馬鹿にされたようで余計に頭に血が昇ったが、浅い挑発には乗らない。
 誘惑の剣に夢のサクリアが伝わる。特に深く考えず、コーラルピンクに輝く刀身の美しさだけで選んだ剣だったが、むしろこちらが選ばれたのではと思えるほどに重量を感じさせない。武器の取り扱いなど慣れているわけもなく、時折オスカーの剣を持っても重たかった記憶しかない。それがあつらえたようにぴったりと手に馴染み、その使い易さは以前から剣士だったのかと錯覚しそうな具合である。
 鏡面に光が反射する曲剣を構え、腰を落とす。
 イゴーの腕がゆるりと動き、何がしかの攻撃が来るかと心臓が跳ねた。
 次の瞬間、イゴーの首の辺りに何かが絡みつく。
「オリヴィエ! 斬れ!!」
 満身創痍のオスカーが背後からイゴーの首に腕を回し、思い切り締め上げている。喉を強く圧迫しているため呪文を唱え辛くなり、イゴーの攻撃が呪文主体と見たオスカーの動きに好機を逃すわけもなく、掛け声と共に片刃剣を打ち下ろす。
 奇しくもオスカーが最初に切ったところをなぞる形になった。剣の中でも切れ味優先の曲刀はより深い切り傷を負わせ、僅かな返り血がオリヴィエの頬に跳ねる。
「あ……ぁ……」
 ひゅうひゅうと息を漏らしつつもか細い声を上げ、深紅に染まる薄い胸を上下させていた。白い喉に張り付いた血飛沫が視界に入り、惨たらしさにオリヴィエは目を逸らしたい衝動に駆られたが、隙を見せるまいと堪えた。
 オスカーが拘束を解いたと同時に、力なく地面に頽れていく。
「とどめ、だっ!」
 両膝をつき、前のめりに突っ伏しかけていたイゴーの胸を、オスカーの剣が背後から容赦なく貫いた。
 放置すればすぐにまた復活を果たすだろう────目の前の残酷な光景に気を取られていたオリヴィエも、前方からもう一度斬り付けた。
 オスカーが剣を抜くと、それまで剣で抑えられていた血が一気に溢れて地面を濡らし、倒れ込んできたイゴーの顔が片膝をついていたオリヴィエの肩に乗る。生暖かな息が肩を僅かに温めて、それは急速に弱まっていく。
 オリヴィエの一瞬の躊躇いを感じ取ったのか、オスカーがイゴーの髪を掴んで後ろに引き倒す。人形のようにがくんと倒れた姿に顔を強張らせたオリヴィエの肩をそっと掴む。
「オリヴィエ、もういい。あとは俺がやる」
 返り血を浴び、化粧越しにも分かる蒼白な顔色────これ以上は無理だと思ったオスカーだったが、オリヴィエは気丈にも笑みを浮かべる。
「馬鹿言わないで……ここまで来たら、知らん顔もできな、」
 言い終わる前に、はっと顔色を変えたオリヴィエがオスカーを全力で突き飛ばし、自身もその場から飛び退いた。
 ちょうど二人がいた場所に魔法陣が出現し、そこから現れた巨大な氷柱が地面を貫く。
「うぐぁっ……!」
 いきなり突き飛ばされて転がったオスカーが痛みに呻いたが、すぐに体勢を立て直す。だが体力は限界、片膝をついた状態でぜいぜいと息を切らせた。
 氷柱を出している魔法陣はその後も現れ、執拗にオリヴィエを追いかける。
 その一つ一つが鋭利で、突き刺さらずとも掠るだけで大怪我確実の攻撃に、オリヴィエは必死で躱し続けた。
「今度は何だっての……!?」
 舌打ちと共に言葉を吐き捨て、忌々し気に剣で斬りかかる。切れ味鋭い剣はある程度の深さで氷を削ったが、手にそっくり跳ね返る硬質の振動が否応にも本物の氷柱と実感させ、これがもし体に触れたらと思うとぞっと背筋が凍った。

「はは……ははははは」
 くぐもった笑い声に、注目が集まった。
 そこにはつい今しがた心臓を貫かれたはずのイゴーが、ゆらりと立ち上がっている。
 重力に逆らい、釣り糸で吊るされた操り人形のような奇怪な動き────「生かされている」ようにも見え、気味悪さに寒気を覚えたオスカーの額には脂汗が滲み、焼け爛れた皮膚に酷く沁みた。
 氷柱はそんなオスカーの元へも向かうが、立っているだけでやっとのオスカーは逃げることもできず、剣を構えて迎え撃つしかない。
 氷柱を次々と躱しながら、ちらと視線を向けたオリヴィエが叫ぶ。
「避けな、オスカーッ!!」

 視界に青い光が差し込んだ矢先、巨大な火球が目の前の氷柱を溶かした。
 衝突の波動に思わず目を瞑り、そろそろと開けてみる────両目ともはっきりと見えすっかり痛みの消えた己の体と、跡形もなく消失した氷柱とをオスカーは交互に見つめ、不思議そうに小首を傾げていたが、何が起きたのかを把握した途端に笑顔が弾けた。
「ありがとう、助かった!」
 マーニャが火球の行先を指し示していた扇で悠然とあおぐ横では、ミネアが小さく頭を下げた。
「お兄さんたち、やるじゃな〜い! ね、ミネア?」
「回復が間に合って良かったです……」
 ミネアのベホマが効き、オスカーの火傷も全て元通りになっている。
 ほっとした様子のミネアに対しマーニャは誇らしげに胸を張り、長い髪を後ろへ放った。
「もう一発おまけしてあげるわ、嬉しいでしょ?」
 優雅に広げた扇を皿代わりに、小さな火の玉が浮かぶ。艶やかな唇を持ち上げたマーニャは扇を平行に保ったまま華麗にターンを決める。酸素を含み瞬く間に育ち上がった火球が頭上に浮かび、猫のような瞳が細められた。
 扇でしなやかにイゴーを指し示すと、巨大な火球が加速していく。
 血塗れの姿で立っているイゴーの顔には、未だ感情らしきものは浮かんでいない。虚ろな瞳でただ前方を見つめていたが、視点をどこに定めているのかさえ不明だ。それが周囲で見ている者たちに異様さを感じさせ、不気味な光景として映っていた。