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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 派手な衝撃音とともに火球が弾け、細かく裂かれた炎が周辺に散り落ちた。
 巨大な焔にあっさりと飲み込まれたイゴーを、メラゾーマの詠唱者であるマーニャはじっと静かに見据えている。まだ生きているはず────その勘を当然のものとしているのが傍目にも分かった。

 譜面集を調べているルヴァの前でその光景を見ていたリュカは、誰にも気づかれぬように細く息を吐く────人間の姿をした者が目の前で焼かれる、それは父の最期を彷彿とさせる。幼心に植え付けられたトラウマは早々簡単に払拭されるはずもなく、こうして意図せずに心拍数が跳ね上がったとき、彼はこれまでずっと一人密かに息を殺し、鎮め続けてきた。
 ふと顔を上げてリュカを見たルヴァには彼の肩が妙に力んでいるように見え、視線の先で力みの理由に思い当たる。
「……リュカ。大丈夫ですか」
「え、ああ…………はは、ほんとあなたにはバレますね」
 ピエールですらまともに気づいた様子はないというのに、と苦笑いを浮かべる。
 だがルヴァは真剣な面持ちで、その笑みを軽く流そうとする気配を見せない。
「少し休んでは?」
「いえ、大丈夫ですよ。一瞬息が詰まってしまって」
「そうですか……あなたがそう仰るなら大丈夫なんでしょうね、きっと」
 ここで食い下がったとして、彼は頑として認めないだろう────そう考えたルヴァは一旦引き下がる。適切な言葉を探すために言葉を一度区切り、改めてゆっくりとリュカと視線を重ねて言い含める。
「決して無理をしてはいけませんよ。心の枷を取り払うには、長い時間がかかりますからね。私でよければ……お話を聞くくらいならできますから」
 ルヴァの穏やかでゆっくりめの語り口が、ばくばくと早鐘を鳴らしていた心臓を徐々に落ち着かせた。
 リュカは少し照れくさそうに頭を掻いて、小さくはにかむ。
「……ありがとう。辛くなったら、話聞いてください」
 リュカの落ち着いた様子に、ルヴァの顔にも笑みが戻る。
「勿論ですよ。では、私は引き続きこちらに取り掛かりましょう」
 手にしていた譜面集を見せ、それから二人の視線は離れた。

 イゴーと赤子を取り囲むソロ一行がとにかく強く、まだ余力を残している。リュカの子供たちや魔物たちもそこに合流しており、戦況としては悪くない。
 譜面を調べるなら今のうちに、とルヴァは手元に視線を戻す。
「ルヴァ様、何か分かりそうですか」
 横で少し心配そうなリュミエールが話しかけた。
「あー……そうですねえー……」
 ボロボロに使い込まれた様子に本好きのルヴァはふとあることを思いつき、譜面集をぱたりと閉じて折り目を無くすように幾度かぎゅっと押さえる。
「……ルヴァ様?」
 行動の意図が分からず困惑しているリュミエールをよそに、ルヴァは手のひらで譜面集の背を支え、重力に任せてそっと片手を離す。自然と開かれた頁に目を走らせて、大きく頷いた。
「見てください、リュミエール。これが『退魔の旋律』の楽譜ですよ」
「これが……?」
「これだけ使用感のある譜面集です、一番使っていた頁の楽譜がそれではないかと思いましてね」
 繰り返し幾度も開かれた形跡は、本の癖として残されることがある。片手で丸めて持つ人であれば一方向に曲がり、決まった頁を開けばそのように癖付くことを、ルヴァは知っていた。狙い通り、そこには狂暴化した魔物をおとなしくさせると注釈が入っている。
「念のため効果を書き込んでおいて……、こうして栞を挟んでおきましょう。さて、他の頁も見てみましょうね」
 曲名の下にルヴァの字が書き加えられ、仮に栞を無くしても見て分かるようになり、リュミエールがほっとした顔を見せた。
 パラパラと頁を捲り、一つ一つの曲名をチェックしていく。単純作業だが周囲にも気を配りつつの作業になり、聖地の図書室で調べ物をしているのとは訳が違った。
 額が汗ばみ、ターバンには徐々に熱がこもり始める。
(これは……違う。これも、違う!)
 次へ次へと、気が急いているのがわかる素早さで頁を捲る。
 そして後半に差し掛かった頃、ルヴァの手はぴたりと止まった。
 青灰色の瞳が大きく見開かれ、集中するあまり噛み締めていた唇から、思いがけず呟きが漏れた。
「おおぞらを……とぶ」
 聞き覚えのある曲名────以前、アンジェリークが歌っていたものと同名だと気づき、他に何か注釈がないかと目を凝らす。だが、何か手掛かりになるような書き込みは何もなかった。古いインクが滲みほとんど読めなくなっている文字の横に、ホイミンの筆跡と思われる字体で書き直されているだけだ。
 顔を上げ、隣の水の守護聖へと視線を移す。
「リュミエール、この譜面を少し演奏してくれますか」
「は、はい」
 リュミエールはざっくりと譜面に目を通してからすぐに呼吸を整え、弦に指を添えた。

 まもなく、どこかもの哀しさ漂う旋律が殺伐とした戦場に響き渡る────同時に、ルヴァの顔には確信に満ちた笑みが広がった。

「おい賢者! そいつ連れて下がれ!」
 突如プックルの声が耳に届き、驚いてそちらに目を向けたルヴァの顔から、一瞬にして笑みが消えた。
「あのクソガキ、仲間呼びやがった……!」
 言葉の中身に驚きを隠せないルヴァは、思わず眉間にしわが寄る。
 リュカを筆頭にピエールとプックルが前衛に躍り出て、ピエールがルヴァへと話しかける。
「キラーマシンの群れです。お二人は下がっていてください」
「……何か、私にお手伝いできることは?」
 ルヴァの提言に、リュカがどこか嬉しそうに答える。
「攻撃呪文は効かないので、補助を頼めそうならお願いします」
「分かりました。リュミエール、予定変更です。そのまま演奏し切ってください」
 前回、カンダタ子分と戦った際に使われたあの歌と同じなら、今この状況下で役に立つはず────ルヴァのそんな狙いが込められた指示にリュミエールはこくりと首肯し、再び演奏へと意識を集中させた。
 ふと、ルヴァの薬指にはめられた祈りの指輪がほんのりと熱を帯びる。グランバニアで挙げた結婚式で、仮の結婚指輪として使ったものだ。緊迫感を増す戦況を前にルヴァの瞳が柔らかく解け、自ら温もりを放つ指輪にそっと唇を押し当てて囁く。
「女王陛下の御心のままに……」
 続けて吐息だけで囁かれた七音の想いは祈りの指輪に更なる輝きを与え、誰の耳にも届かないままひっそりと掻き消えた。
 静かに伏せられていた瞼が開き、戦う意思を宿した青灰色の瞳が現れる。
「リュカ。演奏が止められないようにしてください」
 ルヴァの直接の指示にブレーンの貫録を感じたリュカが頷き、ふと思ったことを口にする。
「なんか聞き覚えがある曲なんだけど……あれってもしかして」
「ええ、恐らくあなたの母君とアンジェが歌っていた曲ですね。効果が同じかどうかは分かりませんが」
「あのときの歌かぁ……」
 しみじみと呟いたリュカは懐かしそうに目を細め、それから表情を引き締める。
「おっけー。ルヴァ、ぼくにバイキルトして貰ってもいい?」
「は……ええ、分かりました」
 何故かと言外に問いかけるルヴァに対し、リュカはちらりとキラーマシンたちの様子を見ながら早口で説明をする。