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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 オリヴィエが狙いならむしろ危険だ────暗にそう告げてきたアンジェリークへ、僅かに苛立った様子で髪をかき上げる。
「だからって……! ああもう、自分の立場を考えてよ……!」
 女王陛下の御身に何かがあれば、それこそ神鳥宇宙の危機到来である。そんな危険なことをさせるわけにはいかない、地の守護聖に知られたらどれだけ詰られるか、と危機感を強めたオリヴィエの声が自然と大きくなっていく中、当の本人はケロッとしている。
「大丈夫よ。あの子にもし敵意があったら、私に近づけないわ」
 にっこりと頬を持ち上げて、アンジェリークは微笑みを崩さない。
「何を根拠に……」
「ジュリアスとビアンカさんが隣にいるの」
「は……?」
 唖然としてそれ以上の言葉を失ったオリヴィエを意に介さず、話は続いた。
「正確には、元のわたしの周りにってことね。ここへは意識しか入れないみたいなの」
 そもそもどうしてそんな空間へ入り込めているのか、との疑問は残る。
 先日に引き続き不可解な現状にこめかみを抑え、盛大にため息をつく。
「……それも、戻ったら種明かししてくれるってこと?」
 半分ほどため息の混じった質問に、アンジェリークは大きく首肯する。
「だから、わたしの心配は要らないわ。今はあなたを戻すのが先」
 そう言って、長いまつ毛をゆっくりと閉じ合わせた。
 二人の間の言葉が無くなり、辺りを静寂が包み込む。心臓の鼓動が聞こえそうなほどの、しんと静まり返った異空間────知らずのうちに息を潜めてしまった刹那を経て、アンジェリークが再び視線を重ねて口を開いた。
「わたしたちも、こちらの時代の人たちも、誰一人として失わせないわ。協力する対価として約束していただきました」
 強い意志を宿した視線に射抜かれて、誰と、と言われずとも分かってしまった。
 神鳥宇宙を統べる女王陛下が「対価」と言うほどの条件を出す相手など、全知全能の神以外にはあり得ないのだから。
「交渉してたのって、いつの話?」
 してやられたと言いたげにオリヴィエがくつくつと笑った。
 恐らくは出立前、既に内々の話はつけられていたのだろうと予測できたからだ。
 問いに答えようとしたアンジェリークを片手で制す。
「……いいよ、言わなくても。なんとなーく予想ついちゃったし」
「そう? 種明かしはしなくてもいい?」
「みんなで帰ってから、全部教えてよ。そうそう、ロザリアはどうしてる? 元気?」
 先程ジュリアスとビアンカの名が出たが、本来いるはずの補佐官はどうなったのか────ふと浮かんだ疑問を口に出してみると、アンジェリークは明後日の方向へ視線をずらした。
「んー、たぶん元気だと思うけど……」
「たぶんって何、たぶんって」
 上目遣いで言いにくそうにもごもごと何かを呟き、それから声のトーンを少し上げた。
「今ね、エルヘブンへ行ってて」
「はぁぁぁぁぁああああ!?」
「歌を覚えに行ってるのよ。ちょっと必要になっちゃったから」
「ま、まさかとは思うんだけどさ……補佐官一人ってわけじゃないよね?」
「勿論よ、ランディもついて行ってるわ」
 平然と告げられた事実の酷さに、オリヴィエは珍しくこめかみに頭痛を覚えた。
「ちょっと待って、護衛の戦力減ってるじゃないの!」
 守護聖九人中オスカーに次いでまともに剣を扱える人間であり、その剣の腕を買われて女王陛下の護衛がてら残留したランディが、現状持ち場を離れている事実。
「ルヴァが知ったら泡吹いてぶっ倒れるよ!?」
 よくジュリアスが許可したな、というのが本音である。
「ええーっ、じゃあオリヴィエ、内緒にしていてくださいね」
 えへっと聞こえてきそうな笑顔で言われたが、こめかみの頭痛が倍増した。
「えーじゃないっ! 言えないわよそんなこと……私がさんざん詰られそうだし」
「怒りはしないと思いますけど……」
「表向きにはね。あんた絡みだと厄介なんだってば、あの人」
 夢の守護聖のぼやきを苦笑いで流して、言葉を紡ぐ。
「……とにかく。ここはわたしに任せて頂戴。大丈夫だから」
「あんたも言い出したら聞かないもんねー……分かったよ。無茶だけは絶対しないって、私と約束して」
 アンジェリークが差し出された手を握ると、オリヴィエはその手を思い切り引いて抱き寄せる。
「ジュリアスが言ってないようだから、私が言っといてあげる」
 華奢な両肩に乗る重責が少しでも軽くなりますように、と祈りながら小さな頭を胸元に寄せると、柔らかな金の髪が指先に絡んだ。
「立場を考えろって言ったけど、私たちは、誰一人としてあんたに無理してくれなんて思ってないよ。お願いだから無事でいてよね……」
「オリヴィエ……」
「ね、約束できる?」
 こくりと頷いたアンジェリークの肩を、押し殺した想いごとそっと引き離す。
「じゃあ、そろそろ戻るよ。そっちの皆によろしくね」

 間近に見たアンジェリークの目の下に、薄い隈を見つけた────つい世話を焼きたくなったが、何となく口を噤む。
「もうちょっとだけ、頑張ってきてくださいね」
 穏やかな声につられ、唇は自然と笑みの形になった。
「こっちのセリフだってば、それ」
 オリヴィエの言葉には目を細めただけで返事らしい返事が何一つないのが気になったが、それも杞憂に違いないと思い直す。
 祈りの姿勢を取ったアンジェリークの背に、翼が現れる。
 はさりと僅かな音を立て震えるそれを、眩しそうに見つめた。
(いつ見ても神聖に見えるね、アンジェリーク)
 広い宇宙にただ一人の至高────ごく普通の十七歳だった彼女が、ロザリアと共に切磋琢磨しながら歩んだ道のりが思い出される。次から次へと湧き出てくるトラブルにもめげることのなかった強さは今、その背に現れた翼が証明している。

 辺りに黄金の輝きが満ちて、泡のように優しく立ち上った。
「わたしから、皆さんへ……こんなことくらいしかできないけど」
 オリヴィエの体も同じ輝きに包まれて、徐々に視界は白む。この異空間から出る合図を察したオリヴィエは、金色を取り込み明るさを増した新緑の瞳を見つめ返した。
「ありがと、アンジェリーク。ちゃっちゃと片付けて帰るから、そっちも頑張って!」
 会話の途中、白んだ先の視界がぐにゃりと歪んだ。もう顔どころか彼女の姿がどうなっているのかすら判別が難しく、流れに身を任せて素直に目を閉じる。
 あまり眠れていないのは明白な顔だった。どうか良い夢をとささやかに祈りながら────

 魔法陣と共に消えたと思われたオリヴィエが同じ場所に姿を現して、守護聖らは勿論、戦いの最中ちらちらと様子を見ていた他の面子も同様に歓喜の声を上げた。
「戻って……きた?」
 眩い光の中から出現したオリヴィエは、キョロキョロと辺りを気にしてそう呟いている。
 きょとんとしたその姿にオスカーは安堵しつつも、大股で駆け寄る。
「オリヴィエ、怪我はないか!」
「あ、オスカー。うんうん、私は平気。今陛下に起こされてきた」
「なんだ、寝てたのか?」
 オスカーの揶揄い混じりの声に応えようとした矢先、ルヴァの素っ頓狂な叫びが聞こえてきた。
「わあぁあっ!?」
「っ、今度はなんだ!?」