冒険の書をあなたに2
「子供の頭ぐらいの大きなルビーがあるんだ。イゴーが形見と言っていた」
身振り手振りでルビーの大きさを表現したリュカを、赤子がじっと見つめて────実際には赤子に眼球はなく、ただ落ち窪んだ闇があるだけだ。だが、明らかに「見て」いた。薄気味悪いほどに強く睨めつける視線で。
「ヤハリオマエガモッテイタカ」
ルビーの在処を訊いて来たのはイゴーであり、この赤子はその場にいなかった。なのにどうして知っているのか。イゴーから伝え聞いたのだろうか────との疑問が湧いたリュカは、更に警戒を強めた。
「は、おまえも探してるのか? じゃあ尚更、渡すわけにはいかないね」
剣を構え、腰を深く落とす。そこから半歩詰め寄って、薄く笑いながら更に煽りにかかる。
「欲しけりゃぼくを倒して奪えよ。今度はそう簡単に死んでやらないけど」
挑発を始めたリュカにスクルトとバイキルトが重ねてかけられた。
子供たちとミネア、クリフトからの応援に、更なる闘志を燃やす。
「ピエール、プックル、バトラー。行くぞ!」
「おぉ!!」
仲間たちの勇ましい咆哮が響き渡り、彼らは赤子を取り囲む。
「ルヴァ!」
リュカに呼ばれたルヴァが視線を合わせた。
「ルビーの話はまた後で!」
振り返り不適な笑みを浮かべてそう言うと、リュカは真っ直ぐに赤子を睨みつけた。ルヴァはそんな彼の背に向かって返事を返す。
「ええ、承知しました! お気をつけてー!」
ふと見れば、ソロやピサロもそれぞれの武器を構えて加勢していた。
向こう側では導かれし者たちも加わり、赤子の逃げ道を塞いでいる。
「上空が空いていますが……はてさて」
既に浮いている赤子がもし逃げるとしたら上空だろうかと考えたとき、ルヴァの頭上スレスレを何かが素早く通り過ぎた。
強い風圧を受け、驚いたルヴァは姿勢を低くしてターバンを片手で押さえ込む。恐ろしい速度で突っ込んできたそれは一瞬神鳥かと思われたが、目を凝らしてみれば背に翼を持つ天空人カカシュが視界の先で急旋回したところで、彼は翼を大きくはためかせ速度を落としてから二人の前にふんわりと着地する。
「遅くなった、すまない」
誰にともなくそう言うと、広げた翼をはたりと畳んだ。ルヴァとクラヴィスの側に立ち額の汗を拭っているカカシュへ、クラヴィスが無表情のまま声をかけた。
「……『用事』は済んだのか?」
問いかけながら毒針にカバーを取り付け、それから水晶球をおもむろに取り出して眺め始めたクラヴィスに、カカシュがきょとんとしていた。
「あ……ああ。無事に送り届けてきた」
「そうか」
そっけなく一言だけを返すクラヴィスへ、カカシュは白い歯を見せて微笑む。
「そちらの助力、本当に助かった。ありがとう」
「礼なら、直接女王に言うといい。喜ぶだろう……」
「改めてそうさせて頂こう。随分とこちらの無理を聞いて貰ったしな」
クラヴィスはゆっくりと一度瞬いて、紫水晶の瞳をカカシュへ向ける。身長がほぼ同等の二人、かち合う視線の高さは殆ど変わらない。
「……言った筈だ。我々に『嘘や誤魔化しは効かぬ』と」
ホイミンの件について話していたつもりだったカカシュの目が、大きく見開かれた。
「そなたは、一体どこまで……」
途切れた言葉の先の答えを知らせるように、息だけで笑ったクラヴィスが手の中の水晶球に視線を縫い留める。
「この水晶球が色々と映し出すだけだ……それも気まぐれなものだが」
どう答えたものかと思案するカカシュは、黙してクラヴィスの言葉を聞いた。
「イゴーは、別の場所にいるのだろう? あれと紐付いていたほうは偽者だ」
いきなり核心を突く発言に、カカシュだけでなく隣のルヴァも固まった。
「は……はは、全く。敵わんな」
カカシュは口元を手で押さえ、忍び笑いを洩らす。
暫しそうしていたが、それから顔全体を隠して笑いを鎮め、真顔に戻る。
「そうだ。私はあの者の消息を掴みたくてここへ来た。イゴー……、イーリスがどうなっているのか、そちらの女王に協力を願ったところだ」
最早睨んでいると言われてもおかしくないほどの強い視線で、守護聖二人を見つめるカカシュは言葉を続けた。
「私の過去など知られても構わぬ。あの者を……倒す以外の道を見つけたいのだ」
カカシュの視線が、ルヴァの手に────手の中の結晶に注がれた。
「それがこの世界の行く末には最適解だと、私は考えている」
決然たる眼差しでそう話し、口元を引き締めた。
一方、赤子を取り囲んでいた一行。
魔物と子供たちに簡単な指示を出したリュカは、ソロへと声をかけた。
「ソロくん」
「あ? なに」
こちらはこちらで指示を出しているかと思えば、実際には導かれし者たちそれぞれで戦いに挑んでいて、これといって何かを言っている気配はなかった。
「あいつは間違いなくぼくを狙ってくると思う」
真顔で告げる言葉に潜んだ真意。そこに含まれた意味が伝わっただろうか、とリュカは探る。
「ん、了解。できるだけ援護する」
ソロの返答はそっけなく、必要最低限だ。だがどうやら、こちらの言いたいことは伝わっているらしい────ほんの僅かに目を眇めて拳を向けて来た。
リュカの中で、あのルビーは赤子が喉から手が出るほど欲しいアイテムではないか、という勘が働いている。ならばその在処を知る自分をまずは叩きのめしに来る筈────その狙いを利用し、自ら囮になろうと思っての発言だった。
ソロの拳に自分の拳を突き合わせ、片頬を持ち上げた。
「うちの子たちにも遠慮なく指示出していいから。任せた」
「おー、分かった」
怠そうな声音で言ってはいるが、ソロは元々細かい指示を出さない。仲間たちの動きに合わせある程度攻守のバランスを変え、アシストをし合いながら戦況を常に上方修正するスタイルだからだ。
「ピエール」
呼ばれたピエールがディディを動かし、リュカの隣へ並ぶ。
「はい、ここに」
「……特攻かけるから、隙を狙え」
「かしこまりました……マスター」
躊躇いがちに主を呼ぶ声に、リュカが振り返った。
「うん?」
深海色の瞳が微かに揺れ、出すべき言葉を失った様子で小さく頭を振る。
「いえ……、ご無事で」
「うん」
心の中にはっきりと言い表せない不安が漂い、それが何やら真実を見えにくくしているような気がして、ピエールは一瞬引き止めようとした己を叱咤する。
騎士として主人の命令は絶対────それに抗うなど、これまで考えもしなかったことだ。
兜の下で、ひっそりと唇を噛み締める。訳の分からない焦燥を振り切ろうと剣を握る手に力を込め、愛剣を一振りした。
赤子の落ち窪んだ瞳の奥が怪しく光った。
灰色の煙が赤子を取り巻き、その姿を覆い隠していく。煙の合間を細かな雷が走っているのが見える。何かのエネルギーを溜め込んでいるように感じられ、リュカはぎゅっと口元を引き結んで駆け出した。
躊躇いのない足さばきで伸びやかに速度を上げ、剣を回して切り掛かる。狙うは灰煙の中央奥、赤子本体である。
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち



