冒険の書をあなたに2
あっけらかんと言い放ちふよふよと綿帽子のようにルヴァの目の高さに浮いているオロバスへ、苦笑交じりではあったが優しさの滲む声をかけた。
「そうかも知れませんね。ではオロバス、こちらへいらっしゃい」
もう一度すいと手を差し出すと、オロバスはすとんとルヴァの手の中へと落ちてきた。
「なんか知りたいのか?」
「ええ。パデキアという薬草について、何か情報はありますかねえ」
「ぱできあ。パデキア……えっと、これかな」
白紙の頁に浮かび上がって来た文字にルヴァはじいっと目を落とす。真横からマーリンも覗き込んでふうむと唸った。
オロバスが浮かんできた文字を朗読し始める。
「伝説の薬草とも呼ばれるほど根に高い薬効成分を持ち、煎じて飲むとあらゆる病が治るという万能の薬草。主にソレッタ地方の特産品として知られる。乾燥に弱く、特殊な酵素を含む土壌でしか育たないために栽培できる地域が限られるが、その生長速度は早く大量生産が可能。強い苦みがあり、くそまずい」
ルヴァは淡々と読まれた最後の一言に思い切り吹き出しつつ、幾つかの新情報を授けてくれたオロバスへ感謝の気持ちを表し、緑の表紙をそうっと撫でた。
「あうぅんっ!」
びくびくと震えるオロバスをとても微妙な表情で眺め、ため息をついた。
(……これさえなければ、本当にありがたいんですけどねー……はぁ)
その頃、医務室の前には異世界から来たほぼ同世代の少女を一目見てみようと、年少組の三人が集まっていた。
しんと静かなドアの向こうへ視線をやりながら、最初にランディが口を開く。
「……ここだよな?」
ゼフェルが後頭部を掻きながら、だるそうな声を出した。
「ロザリアがそう言ってたぜー」
「もーっ、二人とも入らないんなら、そこどけてよねっ」
そう言ってマルセルが二人を押し退けて入っていき、カーテンの向こうにいる少女へ向けて堂々と声をかけた。
「こんにちは。あの、ぼく、緑の守護聖マルセルです。ぼくたち三人でお話しに来たんだけど、入ってもいいですか?」
特にすることもなく、おとなしく横になっていたポピーがマルセルの声に慌てて飛び起き、ストールを羽織った。
「あっ、えと、はいっ……あのちょっと待ってくださいっ」
ぼさぼさの髪を手櫛で整えてから改めて返事をするポピー。
「はい、どうぞ……」
カーテンを開けてマルセルが顔を覗かせ、にっこりと微笑む。
「初めまして。ルヴァ様からお話は伺ってます。紹介するね、こっちがランディで、あっちにいるのがゼフェル」
ん、とだけ返事をしたゼフェルがポピーの左手に小さな包みを乗せて、ふいとそっぽを向いた。
「ゼフェル、ちゃんと差し入れって言えよ。黙ってたら分かんないだろ? ……あ、ごめんね。俺は風の守護聖ランディです、よろしく」
屈託のない笑顔で握手を求められ、おずおずとポピーの右手が重ねられた。
「初めまして、ポピレア・エル・シ・グランバニアです。ポピーとお呼びください」
ぺこりと頭を下げてから、ポピーはじっと三人の顔を見つめた。
何かとても安堵したように頬を緩ませたのを見て、マルセルが話しかける。
「もう体は大丈夫? 大変だったね」
母や自分と同じくらいのサラサラな髪質に目を奪われつつ、ポピーは言葉を紡ぐ。
「はい、お陰様で熱もすっかり下がりました。あの……皆さま色々下さって、お気遣いほんとにありがとうございます!」
袋に入っていた贈り物を取り出しながら照れ臭そうにお礼を述べる少女へ、ランディとゼフェルの顔にも安堵が浮かんだ。
「いいんだよ、気にしないで。良くなったみたいで安心したよ」
「こんなトコに一人じゃつまんねーもんな。それも開けてみ」
ゼフェルに促されて先程渡された包みを開けたポピーの目が驚きに見開かれた。
「ちっちゃいロビンだ……!」
手に乗るサイズながら精巧に作られたキラーマシンのフィギュアに、うわあ可愛い、凄い、と喜びの声を上げる。
「本物のほうはオレの執務室に居座って動かねえから、あとで回収に来いよ」
ちまちまとフィギュアの腕を動かしては素直に感動している様子が嬉しかったのか、僅かばかり頬を染めたゼフェルの口角もしっかり上がっている。
「ロビンがお邪魔しちゃってごめんなさい。普段はお父さんの言うことしか聞かないのに、どうしちゃったんだろう……」
幾らゼフェルが邪魔だ出て行けと怒鳴ろうが蹴飛ばそうが、何の反応もなく微動だにしないロビンの姿を思い出し、マルセルがくすりと笑った。
「ゼフェルの執務室だったら、いい隠れ場になるからじゃないかな。機械いっぱいだもんね」
仲間がいるように思えたのか、それとも修理をしたゼフェルを気に入ったのかは分からないが、敵とみなしている様子もないからとそのまま居させているのだ。
「公園で軽く修理してやったら、そのままついて来やがったんだぜ。一つ目のりんごはどっか行ったけどよ」
そう言いながらゼフェルは持参した鞄からミネラルウォーターを取り出して全員に配り始め、ポピーの分だけキャップを軽く捻ってから手渡す。現女王陛下が候補生だった頃には不器用極まりなかった彼だが、現在は多少レディの扱い方を学んだようだ。
その間にランディが呆れた口ぶりで言葉を返している。
「おまえがロビンの的にするからだろ……可哀想に、すっかり怯えてたじゃないか」
瓶とは違うペットボトルの柔らかい感触にポピーは驚きを隠さず、見よう見まねで恐る恐るキャップを開けてこくりと一口飲み込んだ。
柔らかな味はルラフェンの水と良く似ていて、脳裏に一瞬だけ今は亡きベネット爺さんの顔が浮かんで、ほんの少し懐かしさに胸が痛んだのを慌てて誤魔化す。
視線を上げて楽し気に喋っている彼らへポピーは目を向ける。ちょうどゼフェルが話しているところだった。
「まーあのりんごがロビンつってたから、あいつの名前がどうやらロビンだってのが分かったんだけどな」
そこで三人の目が一斉にポピーに注がれ、マルセルが質問を投げかけてきた。
「ねえ、ポピー。あのりんごは何て名前なの?」
「あの子はエビルアップルっていう魔物さんで、アプールって言います」
いかつい見た目とは裏腹にちょっと臆病なりんごだったと思い返し、マルセルがふふと笑った。
「アプールかあ、覚えやすい名前でいいね。ロビンと、アプールと、他には誰が来てるの?」
こちらへは慌てて来た上に北の教会を出る間際の記憶が曖昧で、ポピーはこめかみに人差し指を当ててうーんと考え込む。
「えっと……おどる宝石のジュエルが来ています。そろそろ探しに行かないと」
マーリンからは点滴が終わって熱が上がらなければ、もう動いてもいいと言われていた。
こちらと向こうの世界では時間の流れが違うことは知っている。時間の流れが遅いこちら側に何日もいるわけにはいかないのだ。
急がなくてはと焦ったのを見透かしたように、ゼフェルの赤い瞳が真っ直ぐにポピーを見る。
「……そいつ、宝石とかキラッキラしたもん好きか?」
魔物の名前から居場所を推察したらしいその言葉に、他の二人もあっという顔をして視線を合わせている。
「えっ? あ、はい。ジュエル自身が沢山宝石を蓄えてる魔物さんなんで」
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち