冒険の書をあなたに2
四本脚の一本が関節から折れ飛びバランスを崩したキラーマシンへ、今度はオスカーが攻撃を仕掛けていく。頭部に手が届きやすくなった好機を逃さず、オスカーは剣の柄頭をモノアイ目掛けて叩き込む。亀裂が入った途端にビービーと警告音が鳴り響き、壊れたモノアイから白煙が立ち上る。
標的を定める機能を破壊したオスカーの背後で、もう一機がボウガンを放つ。
心臓目掛けて発射された矢は、そのまま突き刺さるかと思われた。
だが、オスカーは背後から狙われるのを見越していたようにその攻撃をかわしたため、脇腹を掠って通り過ぎた矢はモノアイを失った一機へと突き刺さる。
その動きを見たルヴァの中で、先程浮かんだ疑問に答えが出された。
風と光と炎に加え、追加されていた鋼と地のサクリア────器用さと知恵。
今のオスカーの動きを見るに咄嗟の判断力と瞬発力に関与しており、それがひいては致命傷を避け、結果的に無駄のない攻撃にも繋がっている。攻撃は最大の防御、逆もまた然り。それこそが「スクルトとバイキルトに同じサクリアが選ばれた理由」だと気づく。
先の効果の不足分を微調整した采配に感服したルヴァは、仲間たちが一定の距離を取ったのを確認してから意識を集中させる。
「猛る炎よ、嵐となれ」
ルヴァの周りを声に導かれた炎が巡る。
地を這いながら大きく膨れ上がった炎の壁がキラーマシンたちを囲い込み、機体を焼いていく。
ルヴァの放ったベギラゴンは、弱っていたキラーマシン一機の動きを止めた。
機体のあちこちからブスブスと白煙を上げているキラーマシンに、ベギラゴンが効果ありと理解した者たち、特にマーニャが顔を輝かせている。
ここにはベギラゴンとメラゾーマを使えるビアンカはいない。ポピーは元の時代のキラーマシンとは違う性能を持っている点を気にして警戒を強め、これまで様子を窺っていたのだった。
「……跳ね返してきたりも、ないね」
小声で話しながら、ちらと兄を見る。ティミーがその視線を受けて首肯を返した。
「やっちゃえよ、ポピー。だめならだめで何とかなるさ」
「でも、もし他の人にダメージが行ったら……」
不安そうな声に垣間見える憂い。そんな繊細な妹へティミーは言葉を繋ぐ。
「そんなヤワな人たちじゃないだろ、どう見たってぼくたちより強いよ、大丈夫」
言い切るティミーの顔にありありと浮かぶ導かれしものたちへの確かな信頼に、随分と過小評価をしていたかもしれないと思い直したポピーがこくりと頷いて、戦闘態勢に入る。
短い詠唱の後ポピーの輪郭が周囲に溶け込み、その姿は大きな竜へと変化した────ドラゴラムだ。
同じ呪文を扱うマーニャが拳を突き上げ、何やら嬉しそうだ。
「あっは! 娘ちゃん、やっるぅ!」
再び闇の霧の周囲に新たなキラーマシンが二機出現し、それを見たマーニャが舌なめずりをして唇の端を持ち上げる。
「じゃあ私も遠慮なく」
広げた扇を片手に華麗に舞うマーニャの足元から、ゆらりと立ち上る炎の筋が二本。それは瞬く間に蛇のように這い、たちまち双対の壁となりキラーマシンたちを包囲する。
ベギラゴンはポピーの吐く炎に重なって赤々と辺りを照らし、鮮やかなブルーの機体を激しく燃やしその色を変える。高熱の焔を宿した橙色が空気に触れる度に生き物のように蠢き、しゅうしゅうと音を立てた。
間を置かずバトラーの灼熱の炎も炸裂し、辺りは炎の海と化し始めて気温が上昇する中、仲間の荷物やパデキアの袋を見張っていたマルセルの耳に、子供の拙い声が聞こえた。
「……あついよお」
小さな声の後ですぐに別の声がする。
「こら、もうちょっと我慢しとけって」
麻袋から一本の触手がにょきっと伸びてきて、左右に小さく揺れた。
それに気付いたマルセルが触手をきゅっと握り、その熱さに驚きの声を上げる。
「うわ、熱いね! 大丈夫? お水いる?」
マルセルはすぐに袋の口を緩めて中の熱気を逃がしてやる。
むわっとした空気がマルセルの顔に当たり、袋の中からスラリンが飛び出してくる。
「ごめん、ホミレイに水飲ませてやって。倒れそう」
「おみず、のむぅ」
水筒の水をホミレイに飲ませながら、マルセルが心配そうに麻袋を見つめる。
「ゼリーみたいな君たちまでこんなに温まっちゃって……パデキア大丈夫かなぁ」
マルセルの言葉に、スラリンがてっぺんのとんがりを萎れさせたまま口を開く。
「蒸し焼きにまではなってないと思うけど……」
水分を補給し、徐々に冷たさを取り戻したホミレイが話し出す。
「根っこ、まだちょっと冷たいよ」
「上にボクたちがいたからね」
顔を見合わせてにこりと笑っているように見え、微笑ましさに釣られたマルセルも相好を崩す。
「君たちが守ってくれたんだね、偉いよ」
「匿ってもらってただけだよ。さ、もう一踏ん張りだ」
「はあい」
スラリンに促されたホミレイが袋の中へ戻っていく際、パデキアの隙間からきらりと赤く光る結晶が見えた────
リュミエールはホイミンの譜面集をめくり、退魔の旋律の頁を見つめていた。
竪琴に指を添え譜面通りに動くものの、確認と練習のため音は出さない。
そこへ先程タロットを駆使したミネアが近づいてきて、リュミエールの手が止まる。
「お邪魔でしたか」
「いえ、そんなことは……あの」
リュミエールの顔が憂いに満ち、少し戸惑った声音がミネアへと向けられた。
「この譜面集の曲名と注釈を、読んでいただけませんか」
「わたしでいいんですか?」
「わたくしには、こちらの世界の文字は読めませんので……お願いしても良いでしょうか」
「お安いご用ですよ」
「申し訳ありません、こんなときに」
眉尻を下げたリュミエールに、ミネアが穏やかに言葉を返す。
「いいえ、わたしは戦いに秀でたほうではありませんからお気になさらず。もし誰かが大怪我をしたようなら、教えてください」
譜面集をパラパラとめくりながら、ミネアの言葉が続く。
「わたしの分は、戦いに秀でた姉がじゃんじゃん戦ってくれますよ。ほら」
指差されて見てみれば、確かにいきいきとベギラゴンを放っている。
先程から恐ろしい呪文を難なく駆使しているが、舞い踊る姿はとても優雅で不思議な気分になる。
ルヴァが書き込んでくれた部分は全体のごく一部で、他にまだ埋もれている魔曲があるのでは────そう考えたリュミエールの前で、ミネアが目を丸くしている。
「それにしても……この譜面、一体何なのでしょう」
「魔力を伴う楽曲がある、とのことです」
「ああ、なるほど。それでどういう効果の曲なのかを調べたいんですね」
「ええ……わたくしにも何か、お手伝いできることがあればと」
真っ直ぐに視線を投げ返してきたミネアが、刹那瞬きを止めてじっとリュミエールを見つめ、それから笑みの形に目を細めて一言を紡ぐ。
「導きのままに」
闇の霧が収縮と分散を繰り返すと、今度はガイコツ剣士とライノソルジャーの群れが現れた。それぞれざっと十数体はいるようだ。
群れをチラリと視認したクラヴィスが無表情のまま、再び銀のタロットを引いた。
「……塔の正位置か。さて」
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち



