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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 オスカーのアイスブルーの瞳に、動揺は一切見られない。ジェリーマンとの戦いを経ているためか、アメーバ状の魔物へも既に余裕があるようで、片足を軸にしてくるりと向きを変え、しなやかな剣捌きで汚泥を切り下げる。割れた片方はルヴァが杖の石突で刺し、引っ掛けて遠くへ放り投げた。投げた先にはピサロがおり、そちらでバッサリ斬られている。ピサロから鬱陶しそうに睨まれたが、ルヴァはしれっと会釈で流す。
 その様子をちらと見ていたオスカーが、苦笑交じりに話し出した。
「押し付けたのか、人が悪いな」
 くつくつとこみ上げる笑いを乗せたオスカーの発言にも、ルヴァは平静を装って答えを返す。
「いえいえそんな。戦いに秀でた方にお任せしただけですよー」
 謙遜しているようでしていない答えに、呆れた口振りで切り返す。
「それを押し付けたと言うんじゃないのか?」
「さて、どうでしょうねー」
 煮ても焼いても食えない答えに、オスカーは肩を竦めて鼻で笑った。
 残る汚泥がこちらを見上げてくる。目玉の他に、今度はイソギンチャクのような円筒形の小さな口が現れ始めた。牙はなく、短い触手のようなものがワサワサと動く。
「また別の形態になったな……」
「気をつけてください、オスカー。行動が全く読めませんので」
 背後に隠れ気味なルヴァへ、オスカーが口をへの字に曲げた。
「おいおい、そう言いながら俺を盾にするなよ」
 全くこの知恵の守護聖はと心で毒づきつつ、オスカーは汚泥の動きに注視する。
 繊毛らしきふさふさの触手が一斉にきゅっと窄まり、警戒したオスカーは剣を水平に保ち、空いた片手を剣の腹に当てた姿勢で腰を落とす。
 窄まった内の幾つかが丸く膨らみ、ビュッと液体を吐き出した。
 オスカーは目に入らないよう咄嗟にかわしたが、マントに当たってじゅうと白煙が上がる。
 液体は一瞬にして厚手の生地を易々と溶かし、こぶし一つほどの穴を開けていた。
 オスカーは顔にかからなくて良かったと思う一方で、口の数だけこの攻撃が続くことに戦慄を覚える。イソギンチャクの集まりと同じく、複数出てきているのが確認できたからだ。
 外気に触れすぐに揮発するのか、液体が跡形もなく白煙に変わる様を確認し、ルヴァは見解を口にした。
「酸ですね……これはまた、厄介な」
「まだ来るぞ。吐き終わったやつは触手が出ているが、酸を溜め込んだのが残っている」
 警戒の最中でも絶え間なく聞こえてくる、リュミエールの魔曲。
 それにどこか心を和ませながら、ルヴァは周囲にそろりと視線を這わせ、すぐに険しい顔になる。
「オスカー、来てください!」
 ルヴァはそう言うと、振り向きもしないまま駆け出していく。向かった先はオリヴィエとクラヴィスのところだ。見ればオリヴィエの背後に汚泥が忍び寄っている。
 既に口が窄まり、酸を吐く寸前だった。ここで名を呼んで振り返れば目に入るかも知れない。しかし理力の杖では、白刃がオリヴィエに当たってしまう────そう考えたルヴァは、駆け寄って石突で汚泥を引っ掛け、二人から引き離す。その衝撃で吐き出された酸を浴び、ルヴァの服から白煙が上がった。
「うぅうっ……!」
 痛みに堪え切れず呻き声が漏れる。腹に力を入れてそれ以上の叫びを飲み込み、よろけた足をどうにか立て直す。
「ふ、二人とも、ご無事ですか……!?」
 頬と喉にも酸がかかり皮膚が真っ赤に溶け爛れているのも厭わず、オリヴィエとクラヴィスへと声をかけた。振り返ってルヴァを見たオリヴィエが、驚愕の表情で声を上げた。
「ちょっ、ルヴァ!?」
「あー……、ちょっとやられちゃいましたねぇ……」
 傷の酷さに喉から出かけた悲鳴を寸前で飲み込んだオリヴィエが、ルヴァの気の抜けた声に苛立ちを隠さず、眉間のしわをくっきり刻んで叱りつけた。
「ちょっとじゃないってば! 早く、回復! 今すぐ!!」
 クラヴィスですら眉を寄せ目を見開いて蒼白になっている────それもそのはず、酸で爛れた皮膚は溶け落ちて、うっすら骨が見えていたからだ。
 咄嗟の行動で気が急いていたからか、そこまで酷い状況とは思っていなかったルヴァが剣幕に押されて回復呪文を唱え、傷跡と熱くひりつく感覚が消え去った。

 ルヴァが回復している間にオスカーが汚泥を斬り、続いてオリヴィエが斬撃と共に遠くへと────ルヴァのやり方を模倣したのか、ティミーの近くに投げ飛ばした。
「よろしくー!」
「任せてー!」
 オリヴィエの丸投げにも笑顔で元気よく返事を返したティミーが、そのままの表情で半割れの汚泥に天空の剣をどすっと刺している。
「あれはプロに任せておいてー……残るはこいつか」
 オリヴィエは呟きながら、汚泥から出てきた触手をヒールで踏みつける。ぐにゅっとゼリー状の感触が伝わってくるが、酸はまだ溜め込んでいないため、比較的安全と判断できた。
 ルヴァの意見を聞こうかと視線を上げた先で、当のご本人はオスカーに傷が治っているかを確認されている。上を向け下を向け、右を見ろと言われた通りに首を動かしてはオスカーに覗き込まれ、ようやくOKが出された。どこかのほほんとしている地の守護聖に思うところがあったのか、オスカーは珍しくお説教モードになった。
「いいか、あんな不用意に攻撃をするなよ。もう一度言うがあんたに何かあれば陛下が倒れる。ひいては宇宙の存亡にも関わるんだ、しっかりしろ」
「いやー、咄嗟のことでしたもので……」
 人差し指で頬を掻き、へらりと笑って逃げを打ったものの、オスカーの底冷えする怒りの視線が突き刺さり、思わず口を閉じた。
「仕方あるまい、こればかりは性分だからな」
 溜め息混じりでクラヴィスが口を開くと、ルヴァは更にしょんぼりと肩を落とした。
「……無茶をしたつもりはなかったんですけどねぇ……」

 大ミミズと同程度の大きさの汚泥を蹴り飛ばし、長い牙を一気にへし折っていたアリーナは、そのまま両手で掴みぶちりと引き千切っている。
「ねえソロ! 増えてない!?」
 傍目にはえげつない戦いを見せながら、顔色ひとつ変えずに問いかけた。
 吐き出された酸の攻撃をさらりとかわして隣に着地したソロが、ちらりと視線を送って答える。
「増えたり減ったりしてるな。何なんだろうな、こいつら」

 竪琴の音色がばらん、と終わりを告げた。
 余韻を残した最後の一音が空に儚く溶け消え、浅く短い呼吸を繰り返すリュミエールの体と竪琴本体が輝きを放ち出す。眩い光はすぐに体から離れ、帯状から円になり魔法陣を描き出すとリュミエールの頭上を暗雲が低く垂れこめてきた。
 暗雲は瞬く間に姿を広げながら、頭上から離れて広範囲に散らばる汚泥の欠片の上に移動した。雲の流れを目で追いながら、リュミエールは意を決した面持ちで先程まで弦を爪弾いていた手を白むほど握り締めた。
 そろりと竪琴を置き、譜面を閉じる────その頁には「睡蓮の目覚め」と曲名が書かれている。
 暗雲は水流に変わり、激しく渦を巻き始めた。