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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 王立研究院の廊下にかつかつと響き渡る靴音────颯爽と過ぎゆくその音はそれから間もなく速度を落とし、やがてこつりと音を立てて止まる。
 その足音の主である夢の守護聖オリヴィエは、今朝方綺麗に彩ったお気に入りのネイルの様子を気にも留めず、長い髪をかき上げて小さくため息をついた。
 普段極楽鳥とも評されるほど楽天的な彼にしてはとても珍しい姿だったが、しっかり周囲に人がいないことを確認しての行動だったために目撃者はいない。
(……どうも気になるんだよね、最近立て続けのあの夢)

 桃色の真っ直ぐな髪を夜風にさらした華奢な少女が、祈りながら泣いている。
「誰か、誰かピサロ様を止めて……このままでは世界は滅んでしまう……」
 強く閉じた瞳から溢れた涙は月の光を受けて煌めき、夜目にも分かる真っ白い頬を滑らかに滴り落ちて行く。だがその涙は肌から離れた瞬間、血のように赤く輝いた。
「届いて……わたしのこの想い……」

 喋っている当人は風に飲まれてしまうくらいのか細い声の持ち主だというのに、その思念の強さは計り知れない。
 心に描くものであれ、眠りの最中に見るものであれ、夢の守護聖としてはここ数日同じ内容を毎夜見続けている事実────それも楽しい・嬉しいなどとはどう頑張っても程遠い内容────が気になっているのだ。
「なーんか、引っかかるんだよねェ……」
 念のため女王陛下に知らせておいたほうがいいだろうかと考え込んだ矢先、入口の扉から誰かが入ってくる気配がして、オリヴィエはついと顔を向ける。
 鋼の守護聖ゼフェルがつかつかと入って来て、オリヴィエの前で立ち止まって毒づいた。
「……こんなトコで何ボケっとしてんだよ。邪魔くっせーな」
「はっ、言うじゃない。万年反抗期の青二才ク〜ン?」
 言い方は少々きついが、これもオリヴィエなりの親しみを込めた発言である。その証拠ににやりと口角を上げたまま、ゼフェルを見下ろしていた。
「ちょっとね、考え事してたのさ。夢の守護聖の夢見が悪いだなんてー、なんかタダナラヌモノを感じちゃうじゃない?」
 聖地ではこれまでに幾度もトラブルが起きて、ゼフェルを含む年若い守護聖たちへは情報を遮断したケースも少なくなかった。だがその判断が結果として更なる混乱を招いたりもした。
 オリヴィエはいつものおちゃらけた口調に戻ってはいたものの、どうしたものかと思案に暮れてほんの少しだけ翳った表情を即座に見透かされた。途端にゼフェルの片眉が吊り上がる。
「大方酒の飲み過ぎとかじゃねえの?」
 軽口を叩きながらも、誤魔化しを許さない赤い瞳がオリヴィエへと突き刺さっている。
「そうならいいんだけど。……ねえゼフェル、あんたのほうは何か変わったこととか、ないよね?」
 今度の夢が単なる杞憂であるならそれでいいが、もしも何かの警告だとすれば、他の守護聖たちにも何がしかの影響があるかもしれない────オリヴィエはそう考え、ゼフェルに問うた。
 ゼフェルは一度ゆっくりとまばたきをして、それからおもむろに口を開いた。
「…………ある」
 ぼそりと一言そう告げると、それきり押し黙ったゼフェルの表情が沈む。
「オッケイ、それじゃあ私と情報交換しようじゃないか。ここじゃ何だし、場所変えて話そ……って、何か用事あったんじゃないの」
 出入り口へ向け歩き出すオリヴィエに並び、ガリガリと頭を掻くゼフェル。
「あー……惑星のデータ取りに来ただけだし、別にいいぜ」

 二人はカフェテラスの一角に陣取り向かい合う。適当に飲み物を頼んで、店員の姿が遠ざかったのを確認してからオリヴィエが切り出す。
「……で、あんたのほうの変わったことって、何」
「オレからかよ。……まーいいや、夢見が悪いって言ってたよな。実はオレも変な夢ばっか見てる」
「どんな?」
 オリヴィエのまなざしが一転して真剣みを帯び、その普段とは違う様子にゼフェルの顔つきも一層引き締まる。
「ん……なんか、髪と目の色はオレと似てるけどすげー長髪の野郎が色々喚いてた」
 余りにも大まかな説明に、オリヴィエががっくりと肩を落とした。
「そんなんじゃザックリすぎて全然わかんないじゃないのっ! もっとちゃんと説明しなさいってば」

 ゼフェルの夢の内容を要約すると、桃色の髪の少女が複数の男に暴力を振るわれていたところへ、助けに来たらしい「ゼフェルと髪と目の色が似た男」が男たちを瞬時に消し飛ばしていく。しかし時すでに遅し、ロザリーと呼ばれた少女は男の腕の中で静かに息絶えてしまい、ピサロと呼ばれた男が「人間を根絶やしにしてやる」と叫ぶのだという。

 話の合間に運ばれてきたフルーツティーに口をつけ、オリヴィエは暫し考え込む。
「ふうん……そっか」
 自分が見た夢との奇妙な重なり具合に気づいて思索にふけり、かなりおざなりな返事をしたところでゼフェルが話し出す。
「あんたはどうなんだよ。なんかあったんだろ?」
 オリヴィエの形のいい唇から離れたカップが、カチャリと小さな音を立ててソーサーの上に戻る。
「あんたの夢に出てきた、ピサロ? ってのと、ロザリーって女の子……私の夢にも出て来たよ。でも内容は違ってる」
「どういうことだ……?」
「さあね。私が見たのは、ロザリーがピサロを止めてって言って泣いてる夢だったよ」
 そう言うとオリヴィエは一旦言葉を区切り、乾いた唇を湿らせてから続けた。
「このままじゃ世界が滅んでしまう、って」
 ゼフェルが言葉を失い、息を飲んだ。やっと用意した言葉は喉の途中でつかえてすっかり勢いを落とし、掠れきって口から零れ出る。
「は……、冗談きっついぜ」
 女王の交代はまだ記憶に新しく、宇宙の転移を行った現女王アンジェリークに力の衰えなど見られない。研究院側から近々消滅する星の報告も今のところ来ていない。それなのに何故────と、口にこそ出さないものの、そんな疑問が二人の心の中に沸き起こった。
 ぞくりと背筋を走る悪寒を誤魔化すように、ゼフェルは両腕を組んでそっとさすっている。
「世界が滅ぶ、って……星の消滅なんてモンは守護聖やってりゃ結構経験してるのにな……なんか、気持ち悪ィ」
 ふいに脳内で蘇った夢の内容がゼフェルの言葉に厳然とした重みを持たせ、こくりと頷くオリヴィエの表情も硬い。
「誰が何の目的でやってるのか知らないけど、私はここ数日その夢を見せられてるってワケ。なんだか不気味な様子だし、ちょっと気になっちゃって」
 手持ち無沙汰な様子でカップについた口紅を指の腹で拭い取っているオリヴィエをちらと見て、ゼフェルがぽつりと言葉を漏らす。
「……もしかしたら、他の連中にもなんか影響出てるかも知れねーぜ」
 おもむろに親指を下唇に宛がい、ぎゅっと押し上げる仕草がオリヴィエの視界に映った。ほぼ毎日機械いじりをしているその指先には機械油や塗料が染みつき、洗い落とすには相当強い洗浄剤が要るのだろう。がさがさに荒れているにも関わらず、それでも落ち切らない汚れが細かい傷やささくれの中に沈着していた。