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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 ティミーの装備は膝からつま先まできちんとガードされているが、右足の裏にはみしりと関節の軋む音が微かに伝わってきていた。
 そして耳にはつんざくような男の悲鳴が聞こえてくる。
「うぁぁぁぁあああ!!」
 遠巻きに見ていた他の人間まで恐れをなしてへたり込む者も出始めるほどの声にも、ティミーは眉一つ動かさない。
「大げさだなあ。これぐらいで……」
 骨折や脱臼、肉離れ程度で済むなら安いものだ。骨ごと吹っ飛ばされて皮一枚でかろうじて繋がっていたことも、肉がごっそり削がれて自分の骨が見えたこともある。血が溢れ出す直前に垣間見えた骨は気持ち悪いほどとても艶やかな白で綺麗なことを、この男は知っているのだろうか────ティミーの中でそんな疑問が湧くと同時に、この程度の痛みで喚けることを羨ましいとも思ってしまった。傷は呪文で治せるし、生き返らせることもできる。しかし痛みを受けた記憶だけは消せないものなのだ。
 みしり、みしりと音を立て関節が普通には曲がらないほうへと軋んでいくにつれ、男の叫びも大きくなる。
 リーダー格の男から視線を外し、周囲を取り囲んでいる群衆を見回して、ティミーが声を張り上げた。
「そこにいる人たちもさー、降参するならそのほうがいいよ。ぼくは追わないから、もう関わらないでくれるならそうして欲しい」
 これじゃ完全に自分が悪役じゃないか────ふとそんな考えが脳内を過ぎって、ティミーは小さくため息をついた。
「で、お兄さんはどうするの。降参するなら回復してあげるけど」
 口調こそそれなりに優しいものの、母親譲りの青い瞳には氷河の如き冷たさが宿る。
「こ、とわ、る……!」
 ティミーの再三の威圧にも負けず男は怒気を込めた声を絞り出し、敵意を隠そうともしない。
「ふうん、そっか。じゃあ折るよ」
 抑揚なく引導を渡す言い方をして、右足を思い切り踏み込む。関節が可動域を大きく外れ、めきりと鈍い感触が足の裏に伝わると同時に男の絶叫が響き渡った。
 膝を潰されたリーダー格の男は右足を押さえてうずくまり、立ち上がる気力をすっかり失ったようだった。そしてそれを見た群衆が更に恐怖に慄いて武器を手放し、辺りに床を打つ金属音が続いた。
 だがその中にもまだ戦意のある者が残っていて、幾人かが槍や剣を構えて一斉に突進してくる。
 ティミーの装備では、頭部分が唯一の弱点と言っていい。天空の兜が地肌を覆う部分は他と比べると少ないほうだからだ。
 それ故に大概の敵はその辺りを狙ってくる。顔目掛けて剣を振り下ろしてくるも、ティミーは剣の腹に左手を添えて構え、その左手を強く押し出すようにして受け止めた剣を流しつつ押し返す。
 押し返したついでに薙ぎ払い、一番手前に来ていた男の肩を袈裟懸けに斬りつけた。
 続いて数本の槍がティミーを襲うも、彼の体に触れられたのはその中の一本だけで、切れ味鋭い天空の剣は彼らの槍を難なく弾き飛ばした。
 かわし切れずに頬を掠めていったと思った矢先、ティミーの左頬から僅かな痛痒さと共につ、と血が流れていく。それを親指の腹で無造作に拭い取り、じろりと群衆を睨み据えた。
「そろそろ帰って貰えないかな。ぼくが手加減しているうちに」
 その言葉に群衆がどよめいた。
 これで手加減していると言うのかという呟きが聞こえてきて、ティミーは怯えた者たちからの視線にひたすら耐えた。
 脅威がある間は伝説の再来だ、勇者だと散々もてはやしておきながら、平和になった途端にコロリと手のひらを返して化け物扱いを受ける理不尽に、腹立たしさが募る。
 そこへ、聞き慣れたサンチョの声が耳に届いた。
「ティミー様!」
 驚いて振り返ったティミーが思わず声を張り上げる。
「えええサンチョ!? どうしたのさ、中にいてって言ったろ!」
 今しがたの戦いの最中に出てきた様子のサンチョが胸を張る。
「このサンチョ、長らくグランバニア王家にお仕えして参りました……リュカ王不在の今、ティミー様に任せきりで私だけ安全な場所にいるわけにはいきません!」
 そうは言っても、とティミーは頭を掻いて眉尻を下げた。
「んーまあ……アンクルたちなら大丈夫か……」
 困った様子のティミーを意に介さず、サンチョは満面の笑みを浮かべる。
「勿論ですとも。さあお早く、このグランバニアに安寧を。呪文で一気に片付けてくださいませ!」
「う、うん……? いやそれは待ってよ、ぼくはっ」
 サンチョはティミーの話を遮り、言葉を被せた。
「いつまでも篭城してはいられませんよ。民草はか弱きものです」
 そう言って背をぐいと押して急かしてくるサンチョに対し、ティミーは訝しげな顔を見せる。
(……なんだ……? 何だろう、これは何かがおかしい気がする……)
 少し言葉選びと態度が妙な気もするが、どこから見てもいつものサンチョだ。なのにチリチリとした嫌な感覚が体に迸っている────身に危険が迫っているときによくこうなるが何かの罠だろうかと警戒をし始めたところへ、彼が心配してやまない双子の妹の声がして、ティミーは声のするほうへと思わず視線を縫い止めた。
 見慣れない服装だったが颯爽と駆けてくる妹の無事な姿に、ティミーは内心ほっとする。その安堵の気持ちがそのまま表情に現れ、相好を崩した。
「お兄ちゃーん!」
 まだ周囲には武器を持った者たちがいるというのに、平然と駆け寄ってくる。ポピーの少し後ろに長身の影が二つ見え、何やら特別な空気を持った彼らがもしかしたら守護聖なんだろうかと、束の間考えに耽った。
「ポピー! お帰り…………」
 そう声をかけた矢先に首筋に熱い疼痛が走り、目の前に来ていたポピーの顔から笑みが消えた。
 そして時を待たず疼痛は猛烈な痛みに変わり、多量の出血がティミーの声を奪っていく。咄嗟に剣を杖代わりにして体を支えながら、彼はゆっくりと背後を振り返った。
 視線の先には、ダガーを手にして無表情でティミーを見下ろすサンチョがいる。
「サンチョ…………?」
 まるで音にならない声で、ティミーは問う。
 サンチョはこれまでダガーなど装備していたことはない。ではこいつは一体誰だろう────そう思いながら、背後から一瞬の隙をつかれ痛恨の一撃を食らってしまったティミーは、過剰出血により急激に下がって行く血圧に目眩を起こし上半身をふらつかせた。
「じゃ、ないね…………誰なんだよ、おまえ……は」
 息を切らせそう呟くティミーの前で、サンチョの凶行を目撃したポピーは信じられないと言った表情で茫然と立ち竦んでいる。それからすぐにオスカーとランディが追いついてきて、ポピーの隣に立ったオスカーが辺りの様子を素早く探る。
 首の辺りを深紅に染め、歯を食いしばって剣に寄りすがっている若者の目と髪の色がポピーと同じと確認し、この若者がポピーの双子の兄なのだと確信する。
 ポピーは目の前の惨状を食い入るように見つめながら、ごく小さな声でオスカーを呼んだ。
「……オスカー様」
「うん?」
 ポピーは肩掛け鞄から透明度が高く大きな青い石のついたメイス状の道具を取り出して、ちらとオスカーへ視線を送った。
「『あのおじさん』を、兄から離してくれますか」