冒険の書をあなたに2
「ルヴァさん? あーやっぱりルヴァさんだわ! ってことは」
懐かしい声にアンジェリークも前に陣取る二人を押し退け、声の主へと顔を向ける。
「ビアンカさん、お久し振りー!」
「アンジェさーん!! じゃあポピーも無事なのね!」
二人の間できゃあと黄色い歓声が上がり、ビアンカとアンジェリークがすぐさまハグをし合っている。
両手を繋いできゃっきゃと飛び跳ねているグランバニア王妃と神鳥宇宙の女王陛下を前に、双方の連れは唖然としつつ様子を見ている。
「ええ、今ティミーくんと会って来たところよ。他にもほら見て、守護聖たちを連れてきたの。わたしの補佐官も来ているわ!」
「皆無事みたいで良かったわー。後でゆっくりお話しましょうね!」
「楽しみにしているわ。紹介するわね、炎の守護聖オスカーと、風の守護聖ランディ」
懐かしさと安堵が入り混じり少しだけ潤んだ空色の瞳は二人に視線を注ぎ、改めて丁寧に礼をする。
「あっ、えーと、一応グランバニア王妃、ビアンカよ。よろしく」
ビアンカの形のいい唇が気恥ずかしそうにすぼめられ、それからにっこりと口角を上げた。
王妃とは思えないほどの少女の如き恥じらいに、ランディは少々面食らいながらも平静を保って挨拶をかわす。
「ランディです。俺にできることがあったら、何でも言ってください!」
緊張して何となくぎこちないランディを横目に、オスカーはすぐさま跪く。
「これはこれは美しい方だ。炎の守護聖オスカー、この剣にかけて貴女を守ると約束しよう……」
「あら、あなたが剣を捧げている相手は女王陛下なんじゃないの?」
晴れ渡った青空を思わせるビアンカの淡青の瞳は、しみのない艶やかな白肌に良く映えている。
オスカーはその瞳にしっかり照準を合わせながら、彼女の白魚のような手を取る。
「勿論だ。だがこの俺の熱いハートはいつでも全ての女性のものなんだぜ?」
言うなりすかさず手の甲に唇を押し当て、ウインクをひとつ送る。流れるような動きに拒否する間もなく、ビアンカは恥ずかし気に頬を染めた。
「ふふ、お上手ねー。でも悪くないかも」
騎士のような身なりの色男は気障なセリフも流石にサマになる────などと内心思っていたビアンカが、くすりと笑う。
「もし俺にチャンスがあるなら、遠乗りに誘ってもいいかな?」
オスカーのこのある種通常運転のノリについて、アンジェリークは常々「発作」と称しているほど慣れてしまったせいか、特にどうと思うこともなくルヴァやランディと苦笑いをしていた。
「うーん、訳アリの経産婦ですけど、いいですか……?」
「恋に落ちるのにそんなもの関係ないさ。それより美しい女性を前にして黙っているなんて重罪に等しいな……きみの時間をほんの少しでいい、俺のために使ってくれないか。是非今度俺とデーt」
そこで背後からかつかつと早歩きの足音が聞こえ、ビアンカが視線をそちらへと向けると双子が呆れた顔で寄って来て、眉根を寄せたティミーが口を開く。
「だめに決まってるでしょー! っていうか皆さん止めてくださいよ、お母さんもなんで乗り気になってんの! もうぼくの話忘れちゃった!?」
ビアンカは子供たちの大きな怪我もなさそうな姿に目を留めて、嬉しそうにゆるゆると笑みを広げて行く。
少し怒り気味のティミーとは裏腹に、ビアンカの母らしい余裕の笑みを見たルヴァとアンジェリークが、さりげなく後ろを向き肩を震わせて笑いを堪えている。
目の前で母親が口説かれている現場に居合わせても、双子は動揺することもない。既に慣れてしまっているのだ。
「あーあ、お父さんいなくて良かったぁ……事件が起きるとこだったよね、お兄ちゃん」
「知ったら知ったでうるさいよ……。決闘するとかなんとか言うに決まってる」
リュカの妻に対する溺愛ぶりについて、城内で知らない者はない。げんなりとした表情のティミーとポピーへ、アンジェリークが満面の笑みで話しかけた。
「えー焼きもち妬いてるリュカさん見たーい!」
巻き込まれる当事者としては笑えない事態が想定できてしまい、双子はがっくりと肩を落とす。
「笑い事じゃないんですよ、アンジェ様……」
「お母さん絡みだとほんとめんどくさくなるから……」
こほんとひとつ咳をして、ルヴァもたしなめる。
「そうですよ陛下。無闇に対立を煽ってはいけません」
「めっ」とたしなめられたアンジェリークが、肩をすぼめて少しだけしょげたところで、ランディが慰めた。
「あっ、でも王様とオスカー様の一騎打ちなんて、かっこいいですよね。なんか分かる気がします」
ランディの言葉に気を良くしたアンジェリークが、ぱっと顔を輝かせた。
「でしょ? でしょ? 見てみたいわよね?」
「陛下」
再びルヴァから「めっ」とたしなめられたアンジェリークが上目遣いでルヴァを見つめた。
「……はあい、ごめんなさい」
辺りに視線を散らして、ティミーが頬に笑みを浮かべる。
「こっちは問題なさそうだね」
と言いながら、今度はちらとオスカーへと目を向ける。先程と同じく跪いた姿勢でまだ母の手を触っているのが視界に入り、こめかみが不快そうにぴくりと動いた。
そんな彼を気にとめることなく、アンジェリークは別の問いを投げかけた。
「さっきの方たちはどうなったの?」
「武器は取り上げて、お帰り頂きましたよ。ありったけの薬草持たせてトヘロスをかけておきましたから、帰りに襲われる心配はないと思うけど……お母さん、いつまで手握られてんの。挨拶はもう済んだでしょ」
オスカーから母の手を取り返したティミーが戒めるように手の甲をぺしりとはたき、じろりと睨みつけてもビアンカは平然としている。
「そう、それならもういいかしら……ちょっと中庭まで行ってくるわ」
ほっとした様子のアンジェリークに、ルヴァの顔つきにもまた安堵が浮かぶ。
「では私もお供します。いいですよね?」
ルヴァの言葉尻には通常の気楽さが滲み出て、にこやかなアンジェリークが頷く。
「構わないわ。オスカー、ポピーちゃんの護衛をお願いね。皆を迎えに行ってあげて頂戴」
「承知しました」
跪いたまま頭を垂れたオスカーが立ち上がり、ポピーに優しく微笑みかけながら視線で出発の合図を送る。
目で促されたポピーはよろしくの意味を込めて、小さく膝を折り曲げてちょこんとお辞儀をして、ふうわりと笑んだ。
ここでランディが少し眉尻を下げているのに気づき、アンジェリークはすかさず指示を出す。
「ランディはビアンカさんについていてね」
実際にはティミーがいるため護衛役はさほど必要なかったが、年齢の近い彼らは何となく話が合いそうな気がしたのだった。
「はい、陛下もお気をつけて」
「ありがとう、すぐに戻るわ」
アンジェリークはそう言ってすたすたと歩き出す。
アンジェリークたちをにこやかに見送りながら、ビアンカが悪戯っぽい目でランディに声をかけた。
「それじゃあランディさん、わたしの護衛ついでにお茶はいかが? ルイーダの酒場でのんびりしましょ!」
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち