冒険の書をあなたに2
ポピーがどこか晴れ晴れとした顔で駆け寄ってくる。軽やかで少々浮かれた足取りにちらちらと視線が向けられていた。
「皆さん、お待たせしました。お迎えに上がりました!」
座り込んでいたマーリンが一も二もなく立ち上がり、待ちきれない様子で言葉を紡ぐ。
「おお、ポピー。向こうはどうじゃったかの」
ポピーが生まれたときから一緒にいたせいもあり、マーリンのやさしげな眼には孫を見守るかのような慈愛がこもる。
「お爺ちゃま、ただいま! うん、ちょっと門が壊されてたけど解決したよ。皆無事だった!」
全員無事の報告に一同がほっと胸を撫で下ろし、ゼフェルが会心の笑みを見せる。
「そっか……良かったな、ポピー」
「はい!」
喜色満面の笑みで頷くポピーに、守護聖たちの頬もついつい緩む。
オリヴィエが先程並べられたお菓子の中からクッキーをつまみ取りポピーに手渡すと、肩の荷が下りたように薄く笑った。
「はーい、お疲れさん。お兄さんには会えた?」
「はい、あと母にも会えました!」
後ろにいたオスカーが顎をさすりながら回想に耽り、口元が緩み切った。
「とても子持ちの人妻には見えなかったぞ……」
その言葉にオリヴィエが半目で突っ込む。
「……今なんかやらしーこと考えてない?」
「いや、特には。あの三つ編みをこの手で解いてみたいとは考えていたが」
言いながらオスカーはわきわきと指を動かし、その手をオリヴィエが叩き落として言葉を吐き捨てる。
「十分過ぎるわ!」
そのやりとりを聞き、実娘であるポピーが上目遣いでオスカーに嘆願する。
「オスカー様……あの、本当にお願いしますから、母だけは勘弁してください。父を怒らせるとすごーく面倒なんです」
オリヴィエの側にいたリュミエールが不思議そうに首を傾げ、ポピーに問う。
「怖いではなく、面倒とは……?」
「えっと、まず絡みます」
即座に返された答えにオリヴィエがうんざり顔になる。
「その時点で私は無理」
「前にピピン……グランバニアの兵士さんなんですけど、母のミニスカートを見たいと言ったら、フック付きロープで半日吊るされてました」
「うーわ、怖っ……」
ぞっとしたのか両腕をさすり、ああやだやだと呟くオリヴィエの隣で、リュミエールも困ったように眉尻を下げた。
「それは……大変ですね」
「元々ピピンが母のファンだって言い張ってたのもあるんですけどねー」
ポピーは困った父なんですと続けるも、その表情は優しい。
それから手分けして辺りを片付け、馬車に乗り込んだところで移動呪文が唱えられた。
グランバニア城前に到着した一行が入城しようとしたとき、壊れた正門前に数人の人間と奇妙なオブジェが置かれており、それに興味を示したゼフェルが真っ先に声を上げた。
「あん? 何だありゃ……」
呟きのような声にポピーが反応してすぐに答える。
「あっ、あれはゴーレムっていう魔物さんです。名前はゴレムス」
「ほーん……名前からするとあのでけーほうだな。手前にもいるだろ、丸いの。あいつは?」
ゼフェルはゴーレムの手前の青みがかった丸い塊、荒削りの石のようにも見えるそれを指差し、ポピーに問う。
「あ、れは…………だ、誰だろう、ロッキー配置したの……爆弾岩っていう、岩の魔物さんで……」
馬車を牽引していたポピーが立ち竦んだまま言いにくそうにごにょごにょと言葉を濁す間、何も知らない他の守護聖たちが近づいていく。
その気配を察知して警戒したゴレムスがロッキーを抱えて砲丸投げの姿勢を取り始め、門を修繕していた人々が一斉に叫んで城内へ逃げ込んでいった。
人々の様子と名前から状況を察したゼフェルが、冷や汗をかきつつ言葉を紡ぐ。
「おい……今爆弾岩つったよな。てことはあいつ、爆発すんのかよ!」
思わず大きくなったゼフェルの声に、無言で頷くポピー。会話が聞こえていたらしい守護聖たちがぴたりと足を止めて振り返る。
前方から突き刺さる視線の矢の中で、ポピーは眉間に皺を寄せたゼフェルに答えを返す。
「ロッキーはよく自爆するんで、人も魔物さんも近付きたがらないんです。巻き込まれるから」
誤魔化すようにえへへと可愛らしく笑ってみせたが、ゼフェルの眉間の皺が更にくっきりと深まった。
「ちょっと待て、まずおまえが行ってアレ止めてこい……話はそれからだ」
ぎろりと赤い瞳がポピーを睨みつけるものの、彼女が怯える様子は微塵もない。
「はい。皆さんはちょっとここでお待ちくださいねっ」
けろりとそう告げて軽く頭を下げると、すぐに二匹のもとへ駆け出していく。
「ゴレムスー、ロッキー下ろしてあげてー!」
ポピーの声にゴレムスの目がきらりと光り、ゆっくりとロッキーを地面に下ろした。
「天使様と賢者様のお友達だよ。この人たちは攻撃しちゃだめ、分かった?」
ゴレムスは寡黙なタイプなのか、言葉を発することもなくこくりと頷いてロッキーと共に脇によけ、一同を通してくれたのだった。
先頭を歩くポピーがロザリアへと視線を向けて話し出す。
「ロザリア様ー、アンジェ様が皆さんでルイーダの酒場に集まるようにと仰ってましたので、今からご案内してもいいですか?」
ロザリアはドレスの裾をからげて歩いていたが、聖地と比べていいとは言えない足場でも優雅な足さばきで淡々と進みながら、にこりと微笑む。
「ええ、構いませんわ。あなたも疲れているのにごめんなさいね」
ポピーに案内され城に入ってすぐ、奥で床に水を撒きデッキブラシで擦る者が複数いるのが見えた。四方から集められた水の上に置かれた布が見る見るうちに薄赤く汚れていく。
それが血液であると気づいた幾人かの守護聖は痛ましさにそっと目を逸らし、言葉を紡ぐことなく案内されるまま静かに二階へ向かう。
外よりもずっと湿度の低い城内は心地よく、小雨と汗でじめついた衣服はすぐに冷やされていった。
既に持ち場に戻っていた兵士たちが、ポピーたちへ向けて敬礼する横を通り過ぎていく。
「ポピー様、お帰りなさいませ!」
「皆様グランバニアへようこそいらっしゃいました!」
聖地の兵よりも緩めだが優しく温かな出迎えに、ポピーもまた笑顔で手を振っては一言二言を返していた。
そんな姿に、ジュリアスが感心した様子で話し掛ける。
「そなたは兵士思いなのだな」
ポピーはきょとんと淡青の瞳を瞬かせてジュリアスを見上げた。
「そうなんですか? 赤ちゃんの頃から兵士さんたちがわたしとお兄ちゃんの遊び相手になってくれましたから……家族みたいなものだし、無視とかしたくないんです」
柔らかな声色でそう告げると、照れ臭そうに小さく口角を持ち上げて俯く。真っ直ぐに見つめてくるジュリアスの目を、いまはなんだか直視できなかったのだ。
「良い心がけだ。どれ程立場が上であっても、民の尽力があってこそのもの……それをそなたは良く理解しているのだろうな」
他の守護聖に対してはきびきびとした物言いをする光の守護聖がこうして優しい口調になるとき、ポピーはどうにも落ち着かない気持ちになる。
(アンジェ様が女王候補生だった頃も、こんな風だったのかなー……これは結構、心臓に悪いよ……)
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち