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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 言葉には言い表せないが、何やらおぞましさを感じてしまうのだ。
 彼の手が伸びてきて、アンジェリークの二の腕に触れた。
「……いやっ!」
 ぱしんと音がした。アンジェリークが愛しいはずの彼の手を払いのけた音だ。
 にこりともしない彼がどうしようもなく怖くてぐるぐると部屋中を逃げ回っているうちに、アンジェリークの目に涙が滲み出してくる。
 足に震えが走ってきて、かくんと膝から力が抜け落ちてしまったところを、背後から抱き着かれた。
「やっ……いや、離して!」
 それでもアンジェリークは精一杯の力を振り絞り、ルヴァの腕から逃れようと身を捩って抵抗を試みる。
 片腕で華奢な胴回りを押さえ込み、もう片方の手でアンジェリークの口を塞いだルヴァが、耳元でぼそりと呟く。
「どうしてそんなに嫌がるんです? こんなに愛しているのに」
 全く感情の篭もらない口振りでそう言うと、アンジェリークの白い首筋に唇を押し付ける。
 ぬるりとぬめったそれが舌だと理解した途端にアンジェリークは怖気立ち、背筋に戦慄が走った。
 ずるずると引きずられながらも、激しく首を振って抵抗を続ける。
「んーっ、んぅーっ!」
(こんなの、絶対ルヴァじゃない……!)
 アンジェリークは胴に回された腕を振りほどこうと思い切り両指の爪を立てて引っ掻くものの、全く意に介さない様子で彼女を引きずり、おもむろに寝台へと投げ飛ばした。
 ぼんと体が跳ねた衝撃で一瞬眩暈を起こしたアンジェリークの上に、間髪容れずに圧し掛かってくる。
 体を両脚で押さえ込まれ、遂に逃げ場を失ってしまった。

 時間は少し遡って、ルヴァとオロバスは城の中を駆けずり回っていた。
「ど、どこに逃げちゃったんでしょうかねえ……」
 ぜいぜいと息を弾ませながら、しきりに周囲へ視線を飛ばすルヴァ。
 戦いの最中にジェリーマンが逃げてしまったので、こうして行方を追っているのだった。
 通路の向こうから召使がリネンを山積みにした台車を押してやって来て、汗だくで息切れを起こしているルヴァへと声をかけた。
「あら賢者様。天使様にはお会いできました?」
 屈託なくそう話す召使の女性は、以前ルヴァとアンジェリークが滞在していたことを覚えていた一人だ。
「はっ……? あ、あの、何のお話ですか」
 問うた側も問われた側も、双方がぽかんと視線を重ね合わせた。
「え、さっき天使様のお部屋の前で立っていらしたので、もうお会いできたのかなと思いまして……」
 一瞬にしてルヴァの顔から血の気が引いた。
 自分ではないものが出現した────それが何を意味するのかを悟るのは容易かった。
 顎にまで滴る汗をハンカチで拭い、顔に押し当てたまま一瞬動きを止めた。
「行きますよ、オロバス……アンジェが危険です」
 真剣みを帯びたまなざしでオロバスを振り返るが、当のオロバスは召使に向かって話し掛けた。
「待て。なああんた、女王陛下の部屋ってさ、本棚あるか」
「ええ、小さな書棚ならありますが……」
 グランバニアは魔物が平然とうろつく城のため、この女性も驚いた顔はしているもののオロバスの問いかけにきちんと答えている。
 本が喋るなんて珍しいな、程度の認識のままで召使は笑みを浮かべ、軽く会釈をして立ち去って行く。
 ふよふよと眼前に浮かんでいたオロバスが、大きな一つ目でルヴァを見る。
「どっかの本棚にオレを紛れ込ませとけよ。先回りできるぞ」
「……どうやら、それが最善のようですね……」
 ルヴァは焦る気持ちを抑えて一旦自分の部屋に戻り、本棚の一冊とオロバスを入れ替える。
「私が行くまで、足止めをお願いします。鍵が掛かっているなら開けて貰わねばなりません」
「おう、分かったー。すぐ行ってくる」
 オロバスが煙のようにかき消えたのを確認してから、理力の杖を握り締めてアンジェリークの部屋へと急いだ。

 ルヴァが部屋の前に辿りつく少し前、アンジェリークはルヴァの形をしたものに組み敷かれ、必死の抵抗を続けていた。
 肌の上を滑る力はとても強く、快楽を得るには程遠い痛みばかりが与えられていた────有り体に言えば、下手だ。
 それでもアンジェリークは負けじと目に涙を一杯に溜めつつも、食い入るように彼の顔を睨みつけた。人形よろしく感情のない顔つきのまま、ただ一心不乱に手を這わせている男の姿を。
 しっかり足を閉じてうつ伏せになり逃れようとした矢先、ふいに男の指がアンジェリークの尻の間に滑り込んだ。
「ひっ……!」
 ずぶりと指先が沈められ、引き攣れる痛みと異物感がアンジェリークを襲う。
「あっ……ここですねー」
 嬉しそうな声はルヴァそのものなのにこちらは随分と頭が悪そうで、アンジェリークは色々と残念な気持ちになる。
 なんとか隙を狙い這って逃げようとしたところを、腰を掴まれてあっけなく引き戻されてしまった。
「だめですよ、アンジェ……私たちの子供を産んでくれなくちゃ」
 どうやら何も知らないらしい発言に、貞操の危機だというのに頭を抱えたくなった。
(そっちじゃ無理だからあああああああ!!!)
 と心の底から叫び出したかったが、かと言って正解を教えるわけにもいかず、間違えたままの彼を放置するしかなかった。

 大股で階段を駆け上りアンジェリークの部屋の前まで全力疾走してきたルヴァが、扉の前で杖に寄りかかって乱れた息を整えていた。
 扉を引き開けてみようとしても、やはり鍵が掛かっていてびくともしない。
 ドンドンと大きな音を立てて叩き、中にいるはずの彼女に呼び掛けた。
「アンジェリーク! いたら返事をしてください!」
 そして耳を押し当てて、中の様子に聞き耳を立てると、何を言っているかまでは把握できないが微かにアンジェリークの声が聞こえた。
 もう一度扉を叩こうかと思った矢先、今まで聞いたことのないような悲鳴が耳に飛び込んできて、ルヴァの背筋が凍りつく。
「アンジェ……!!」
 オロバスからの連絡は何もない。だがもう悠長に待っている時間など残されてはいないだろうと、腹を括ったルヴァは扉から少し離れた。
 幾度か肩から体当たりをかましてみるが、扉の鍵が外れる気配はなかった。すぐに理力の杖を構え、精神を集中させる。
 杖の先の宝玉が輝き出したところで扉目掛けて軽く振り下ろした。放たれた白刃が正面から扉に当たり、ざっくりと抉れた。
 勢いよく振り下ろせば木の幹を真っ二つにする威力を持つ白刃である。中のアンジェリークに届いてしまわないよう細心の注意と力加減が必要で、それは木こりが斧で木を倒す地道な作業にも似て、少しずつ、だが確実に扉は破壊されていった。
 よく見れば周囲の石壁にも傷が付き、それなりに大掛かりな修繕が必要になるだろうが、今はなりふり構っていられない。
 何度目かで掌が通せるくらいの穴が開き、割れた木片を素手で掴んで取り除く。鋭くささくれた木片が容赦なく刺さり指先を傷つけるが、それどころではなかった。
 開いた穴から片手を突っ込み、鍵を外してこじ開ける。
 この時点でルヴァの額からは既に吹き出した汗が流れ落ち、ターバンをぐっしょりと濡らしていた。
「……アンジェ……? オロバスは……」