二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

冒険の書をあなたに2

INDEX|65ページ/213ページ|

次のページ前のページ
 

 会議中黙ったままだったクラヴィスの声に、室内にいた全員の視線が一斉に集まる。
「我々が向かう世界は今より過去の時代。ならば過去で調整を図ればよいのではないですか?」
 守護聖が司るサクリアは呪文のように使ってすぐ効果の出る類のものではない。長い年月を経て世界に少しずつ変化をもたらす性質ゆえに、過去から現在へ向けて行使すればいいというクラヴィスの提案は理に適っている。そしてそのことに同じく気づいていた数人の守護聖たちは、女王陛下の考えを聞こうと意識を向けていた。
 しんと静まった部屋の空気に緊張が満ちる。
 アンジェリークはクラヴィスを真っ直ぐに見つめ、どこか嬉しそうに翠の瞳を輝かせて彼の問いに答えを返した。
「わたしも初めはそう思ったんですけど、変えたいのは『これから』なんです」
 彼女の鈴を鳴らしたような独特の声音が、毅然とした力を伴って喉から発された。少し目を伏せながら、アンジェリークは言葉を続ける。
「今……鋼と炎、闇のサクリアが満ちているわね。世界中が疲弊していく中で、このまま行くと負の形で使われることになってしまうけど、それを軌道修正したいの」
 丁寧に言葉を選びながら話すアンジェリークを穏やかに見つめ相槌も打たずに静かに耳を傾けていたクラヴィスが、言葉が途切れた頃合いを見計らって口を開く。
「最悪の事態まではまだ少しの猶予がある……と、お考えなのですね?」
「ええ、その通りよ。優しさと誇りを失った今、これ以上心が荒めば……次に求められるのは今溢れているサクリアでしょうから、その前に手を打ちます。あとは……この世界の人たちを信じるわ」
 決然たる瞳でそう語る若き女王の姿に、クラヴィスは安心したようにほんの少しだけ口元を緩ませる。
 そして袂から取り出したカードを手際よくシャッフルして机の上に広げ、その中から引いた一枚に視線を落としてからアンジェリークへと向けた。
「正義の正位置────決断を正しく導くカードです。どうぞ御心の思うままに……」
 低く柔らかな声が紡ぐ言の葉へ、宇宙の至高は満面の笑みでもって応えた。
「ありがとう。クラヴィスの占いでそう出たなら、きっと大丈夫ね!」
「さあ、それは確約しかねますが……」
 そう返してカードを袂にしまい込んだクラヴィスは、次々と部屋を退出する者たちを見送ってから最後に部屋を出て行った。

 そしてアンジェリークら一行は中庭へと移動した。
 時刻は既に入り相を迎え、僅かに雪積もるチゾットの山脈を茜色に染めている。
 マルセルが少し肌寒い様子で手にしていたストールを羽織り、すんと鼻を鳴らしつつ山々の美しさに見惚れて呟いた。
「綺麗だねー……ちょっと寒くなってきちゃったけど」
 ポピーの説明によれば、この時期は日中の湿度が高く日没後には気温も同時にぐっと下がり、寒暖の調整が難しいのだと言う。それ故、念のためにと人数分のストールが用意されていた。
 マルセルの鼻先が赤くなっているのを見て、ランディが手に持っていたストールを手渡そうと声をかけた。
「俺のも使うか? マルセル」
 マルセルはその言葉へかぶりを振り、にこりと口角を上げた。
「あ、ううん。大丈夫だよ」
「そっか、無理するなよ」
 そんな短いやりとりの中、先頭で空を見上げていたアンジェリークが振り返り、おもむろに話し始める。
「ここら辺でいいわ。じゃあ始めましょうか」

 西の空に長くたなびいた雲のふちが焼け、金色に強く光る。
 自然と円を描く立ち位置に並んだ守護聖たちの体が淡く光を放ち、次々とサクリアが解放されていく。そして守護聖たちの真ん中に立つアンジェリークの背にも翼が現れ、全身を黄金の輝きが覆っている。
 景色に溶け込みながらも主張する神々しい光の氾濫────司る力を象徴したような色を纏った光が彼らの指先から迸り、立ち会いを希望していた双子は余りの美しさの前に目を逸らせず、呆然と声を失っていた。
 アンジェリークは女王のサクリアを以って有象無象の声にじっと耳を澄ませ、小さく頷いて見せた。
「ジュリアス、リュミエール。もっとよ……もっとたくさん」
「承知しました」
「はい、陛下」
 言われるがまま更にサクリアを解放し、その輝きはより一層強さを増す。それへ満足げに視線を向けて、願う。
(心が荒んでも誇りを失くさないで。そして命を思い遣れる優しさを取り戻して……!)
「ランディ、オリヴィエ、もっと多くてもいいわ…………そう、それくらい。希望に満ちた明日になるように」
 女王アンジェリークの翠の目が次にランディとオリヴィエを見つめ、二人もまたその視線へ頷きを返す。
「マルセル遠慮しないで。薬草がどんどん生い茂ってくるようにしましょう」
「はっ、はい!」

「じゃあ皆さん、そのままで……」
 そう言って祝福の杖を構えゆっくりと目を閉じたアンジェリークの唇から、絹糸のように柔らかな歌声が紡がれる。
「嗚呼────眩き夜明けの空輝けり、色は金色(こんじき)の地平の果て目指して────」
 彼女の体から迸る金色の光が緩やかに波打ち、天空目掛けて立ち上っていく。
 アンジェリークの歌声に耳を傾けながら、守護聖たちはサクリアの解放を続ける。
「嗚呼────廻りゆく月の船。神の鳥、永久(とこしえ)を抱きあまつみそらを舞う────」
 歌い終わると光が一塊に収束し、今度は大鷹より倍以上の大きさとなった神鳥が形作られ、守護聖たちのサクリアを衣に纏いながら上空で旋回を繰り返す。その様子を観察しながら、アンジェリークが囁く。
「行ってらっしゃい。今日よりも良い明日を迎えられますように────」
 優しい囁きとともにアンジェリークは両手を組み合わせて祈った。薬指にある祈りの指輪が青い光を放った直後、ずっと旋回を続けていた神鳥が大きく羽ばたき飛び去っていく────慈愛の女王の願いを乗せて。

 夕闇が迫る中で輝きを纏い悠々と飛ぶ神鳥をその場にいた全員が見送り、黙したまま暫しの時間が流れた。
 オリヴィエが沈黙を破り、ほうと溜め息をついて口を開く。
「キレイだね……ホント、キレイ」
 影絵のように黒々とした険しい山並みを越え、遥か遠くに離れてもまだはっきりと神鳥の姿を確認できた。
 ティミーがそんなオリヴィエの言葉に頷き、こっそりと手の甲で目元を拭っている。
 それを丁度目撃したアンジェリークが、そろりとティミーの頬を両手で挟み込み、視線を重ねて話し出す。
「まだ足りないと思うけど、きっと少しずつ良くなるわ。そう信じて、頑張りましょうね」
「…………っ、はい。ありがとう、アンジェ様……皆さんも」
 照れ臭そうにはにかむティミーの赤らんだ頬を、アンジェリークはからかい混じりで軽くぺちんと叩いて発破をかける。
 ジュリアスが神鳥の飛んで行った方角へと視線を飛ばし、それからティミーへと向き直る。
「礼には及ばぬ。まだ状況が改善されたと断言はできぬのだからな……」
 ジュリアスの隣にいたリュミエールが、眉尻を下げてその言葉に深く頷く。
「この力が少しでもお役に立てたならいいのですが……これからどうなるのでしょうね」