冒険の書をあなたに2
城壁から身を乗り出して声を張り上げるマルセルへ、ランディが笑みを浮かべて答えた。
「見た感じでは大丈夫みたいだ! ……おまえも痛かっただろ、可哀想にな」
足元へ寄り添ってきたコドランの頭を撫でたランディは安堵した様子で腰を下ろし、続いてミケの喉元を撫でていた。
それをじっと眺めていたクックルが何やら得意げな顔のブリードを睨み付け、思い切り城壁を蹴って弾丸のごとく飛び出していく。
バサバサと羽音を立てて飛び立ち、洞のブリード目掛けて襲い掛かる。
「テメェ出てけっつってんだろクソ鳥がああああ!! ご自慢の羽根むしったるぞゴラアァァァァアア!」
ギャアギャアとけたたましい鳴き声が辺りに響き渡り、ブリードの羽毛が情け容赦なくむしり取られている。
クックルは普段温厚なだけにキレると手に負えないといった様相で、大慌てでブリードが洞から退散するが、それすら許しはしないクックルの猛攻が続いた。
「次来やがったら百裂脚食らわせて、テメェのハバキひっ剥がすからな! 覚えとけクソ鳥!!!」
そんなクックルの怒号を聞きつつ、上空からブリードの羽毛がはらはらと舞い落ちてくるのを見つめながら、ランディはコドランとミケを守るように抱きしめ話しかけていた。
「ほら、お母さんのところに戻ろうな。もう大丈夫だよ」
ランディは羽毛をむしり取られたブリードが這う這うの体で逃げだしたのを確認して、コドランを肩に乗せ、ミケを懐に入れた状態で木に登り始める。
「クックル、子供たち連れてきたよ。そっちに行ってもいいかい?」
ランディが巣に近づいた段階でコドランが飛び、巣の中へと戻っていく。一方のクックルは、最後にむしり取った羽毛を巣の中に敷きこんでからひょっこりと顔を出す。
「あらァ守護聖さまね。どうもありがとう、あなたは怪我してないかしら」
ミャウミャウと鳴き喚くミケを片手で巣に近づけ、クックルが首根っこを銜えて引き入れる。
「ああ、俺は平気だよ。聖地でも時々、ああやって飛び降りちゃうことがあるんだ」
「まー、やんごとない身分の人なのに、リュカよりヤンチャねェ。それじゃ天使様も大変だわね!」
先ほどのキレ具合が嘘だったかのように、クックルは朗らかに笑う。
巣に戻ったコドランとミケがクックルの腹の下に潜り込み、甘えた声音で小さく鳴いている。
「はーいはいおちびちゃんたち、もう安心ヨ〜。おっかないおじさんはいないから、ちょっとお眠りなさいな」
そうして、クックルから穏やかな声で「ありがとうね」と言われたランディがにこりと微笑み、巣から離れた。
正門から中庭へ戻ってきたランディへ、アンジェリークとロザリアが心配そうに歩み寄る。
「ランディ! ……もう、無茶するんだから」
「驚きましたわ。急に飛び降りてしまうんですもの……」
咄嗟の行動で考えるよりも体が動いてしまったが、よくよく考えたら見ていた側には恐ろしい行為だったかもしれないと思い至り、ランディは恥ずかしそうに後頭部を掻いた。
「あ……すみません、陛下。ご心配をお掛けしました」
弱り切った表情で頭を下げたランディを見て、アンジェリークが目を細めている。
「いいのよ。あなたがああいうとき黙っていられない性分なのは、分かってるわ。怪我はない?」
柔らかい声が真綿のようにランディの耳を包んで、知らぬうちに少しだけ力んでいた肩が緩む。
「はい、どこも。あの、コドランとミケも、無事でした」
「そう、良かったわ。仲間の魔物同士でも、ああいうことがあるのね……」
アンジェリークはゆっくりと歩きながらストールを手繰り寄せて、冷えた指先を隠す。
かつかつと小さな靴音が響く中、ポピーがおもむろに切り出した。
「ミケは育児放棄された子なんだって、マーリンお爺ちゃまが言ってました」
しんと静まり返った石組みの廊下に、さほど大きくもないポピーの声が反響する。言葉の余韻が消えた頃、マルセルが口を開いた。
「……アルビノは自然界では育ちにくいらしいね。生き延びても真っ白で目立つから敵に狙われやすいって、聞いたことがあるよ……魔物って呼ばれていても、そういうところは普通の動物と変わらないんだね」
そう語りながら、マルセルはふと、先ほどのクックルを思い出す。
「……でもミケ、いいお母さんに出会えたんだもんね。きっと大きくなれるよ」
ね、と隣を歩くポピーと顔を見合わせた。ポピーが満面の笑みでふふと声を漏らす。
「コドランが側にいるから、何かあってもすぐにクックルが駆けつけますよ。あの子の警戒の声は他の魔物さんたちにもよく聞こえるし……それに、クックルはミケにスクルトをいっぱいかけてから巣を離れるんで、もし落とされてもそんなにダメージないんです」
「スクルトって、どういう呪文?」
「あっ、防御力を高める呪文です。スカラが一人だけ、スクルトは皆に」
ポピーとマルセルの会話を聞きながら、ランディが間の抜けた顔を見せる。
「なんだ、じゃあ俺が行かなくても良かったんだな。道理で元気だと思ったよ」
骨折り損だ、どこも折れてないけど……と小声で呟いたランディをよそに、アンジェリークがにこやかに話し出す。
「あら、でも久しぶりにランディのジャンプが見られたわ。ねえロザリア?」
「そうですわね。以前はよくゼフェルを追い掛けて、あちこちから飛び降りていましたもの」
一気にバツの悪そうな表情になったランディが言い返す。
「あいつがいちいち問題起こして逃げてたからですよ。好きでやってたわけじゃないです!」
「え〜それはどうかなぁ〜」
「どうでしょうね〜」
女王陛下と補佐官の軽妙なツッコミとガックリ肩を落としたランディの姿に、ポピーとマルセルは笑いを堪えきれず吹き出していた。
そして和やかな雰囲気で晩餐が終わり、明日に備えてそれぞれが部屋に戻った。
アンジェリークが食堂を出る間際、近づいてきたビアンカが両手に持っていた袋を手渡して耳打ちしてくる。
「アンジェさん、これ寝巻に使って。前に置いてっちゃったのもあげるから」
アンジェリークは前に置いていったものと聞き、ぎくりと肩を強張らせた。
「えっ、あ、ありがと、ビアンカさん……」
折角の厚意である。できるだけ引きつらないよう気を付けながらビアンカにお礼を告げ、その場を去った。
ロザリアと部屋交換をしたルヴァが付き添い、部屋に戻っても未だそわそわとした様子のアンジェリークへ不思議そうなまなざしを向ける。
「……アンジェ、何をいただいたんですか。以前も何かいただいていましたよね?」
問われたアンジェリークの頬が瞬時に赤くなり、しどろもどろで答えを返した。
「え、ええあの……に、にちようひん?」
赤らんだ顔のまま袋を後ろに隠している姿があまりにも不自然で、ルヴァは前回ものらくらかわされて結局教えて貰えなかったことを思い出す。
「中を見ないんですか?」
「あっ、く、腐るものとかじゃないから、大丈夫よ」
怪しい────まずそう感じたルヴァが更に畳みかけた。
「私も見てみたいです」
瞬きをせずに見つめてくるルヴァの目はにこにこと笑っているものの、有無を言わさない迫力に満ちていた。
「…………う、うん」
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち