冒険の書をあなたに2
「ち、違いますよ。単なる修復作業です」
ランディが両手を出して「おいでおいで」をすると悪魔の書がふわふわと飛んでいき、頭上でキャッチされている。ランディの手の間から彼の声が聞こえた。
「まずはバラバラになった頁を全部元に戻してからー、えっと?」
悪魔の書の中に何が書かれているのかと開いてみたものの、ちっとも読めなかったランディが困り果てた顔でルヴァに手渡してきた。撫でてしまわないように気を付けつつ受け取り、言葉の続きを紡ぐ。
「緩んだ糸を切ったり糊の塊を取ったりしてから、木板に挟んで新たに糸綴じをしましてね、それからはご覧の通りです。しかし話は戻りますがオリヴィエ……完全にアウトだなんて、そんな」
おかしなことをと言いたげにルヴァは笑うが、オリヴィエの表情はしらけている。
「そーお? でも陛下とマルセルはさっきのアレで、すっかり浮気だと思い込んでるよ。思いっきり引っ叩かれてなかった?」
オリヴィエの言葉を聞きながら呑気に緑茶を口に含んでいたルヴァが、うぐっと咽た。ハンカチで口元を押さえて視線をあちこちに泳がせている。
「えっ、あっ……ま、まさかあのっ、陛下が怒っていたのって、もしやそれが原因なんですか……?」
開いた口が塞がらない様子でランディがぼそりと呟く。
「ルヴァ様、気付いてなかったんですか……」
尻に火がつけられたような慌てぶりで勢い良く立ち上がり、すっかり青褪めた表情で狼狽えた。
「ど、どうしましょう。そんな誤解をしたんだとしたら、きっと傷ついて今も泣いて……。こうしてはいられません、すぐに行かなくては!」
執務机の上に置かれていた書類────補佐官経由で女王陛下へ提出するもの────を片手にばたばたと出て行こうとするルヴァを、オリヴィエが声をかけて引き留める。
「ちょっと待ちなったら、ルヴァ。このエロ本も持っていきな、目の前でくすぐり倒してみせればこいつが喚いてただけだって一発でわかるでしょ」
オリヴィエはそう言うなりがしっと悪魔の書を掴み、ルヴァのほうへぶん投げた。投げる瞬間、側面にわざと爪をめり込ませてやったところ「痛い」と小さな文句が聞こえた。
受け止めようと慌てて手を伸ばしたもののどう見ても受け損ねる位置にいたルヴァのもとへ、悪魔の書のほうがふわりと軌道修正していく。
「おっとと……とっ! そ、そうですね、それは名案です。あなたがたはどうぞゆっくりしていってくださいねー」
悪魔の書をついでに手渡す予定の書類と重ねて小脇に挟み、大急ぎで執務室を出て行く背を見送り、ランディははあ、とため息をついた。
「行っちゃいましたね、オリヴィエ様」
飲み頃の温度を過ぎて温くなった緑茶を、緊張続きで干からびていた喉へ一気に流し込むオリヴィエ。
「あれだけえげつないビンタ食らってて気づきもしないとは、ホンット恐れ入ったわ……ああ疲れた」
ぐたっとソファに身を預け前髪をかき上げるオリヴィエの横で、ランディは手持ち無沙汰な指を組み、仄かに笑みを浮かべた。
「だけど、オレたちが心配したようなことじゃなくて良かったです。ドキドキし過ぎて本来の目的がなんだったのか、もう思い出せないんですけど」
そこでようやくオリヴィエも本来の用事を思い出し、がばっと身を起こした。
「あっ、それそれ、それよ! マルセルの夢の話!」
ランディが後頭部を掻きながら「そういえばそうだったっけ」と小さく呟き、オリヴィエへと視線を向けて続ける。
「オレもその話を詳しく聞いてないんで、マルセルが起きるまで待たないと」
「うわー結局そうなるか……んじゃもう私の執務室に行くのも面倒だし、ここで待ってましょ」
ついでにゼフェルも立ち寄って来れば話は一度で済むと考えたオリヴィエは、新しく湯を沸かしに勝手知ったる簡易キッチンの奥へと消えていった。
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち