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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 そのまま入城できたものの、いつも脇にいる衛兵の存在はない。不気味なほど静まり返った城内に彼らの靴音だけが響き渡り、その異様さからかぞっと戦慄を覚えた者から一人二人とその場に立ち竦む。
 ティミーが一度天井を振り仰ぎ、真一文字に唇を引き結ぶ。それからおもむろに言葉を紡いだ。
「……誰もいないね」
 天井よりも遥か遠くに焦点を定めているようにも見えた彼の声が、生気の全く感じられない恐ろしいほどの無音の世界をぴりりと割いた。
 続いてビアンカの口から呟きが漏れた。
「連絡が来なかったのは、このせいだったの……?」
 皆が静寂に沈む中、ティミーの落ち着き払った声が反響する。
「ヘンリーおじさんたちが心配だね……行ってみよう」

 それから城内をくまなく探し回ってみたが、王族はもとより兵士の誰一人として残っている者はいなかった────犬一匹すら出てこない。
 手入れがきちんと行き届いた城内。聖地の聖殿でもひっそりと人気のない場面は多々あるが、人の気配というものが全くない状況がいかに異様であるかを体感し、マルセルが青褪めた顔で言葉を紡ぐ。
「お城の人たち、どこに行っちゃったんだろうね……なんか気持ち悪い」
 階段を下りながら誰にともなく出された問いへ、ゼフェルがちらりと視線を投げかけてぶっきらぼうに答える。
「そうだな……」
 かつり、かつりと響く靴音が耳に届く。呼吸どころか心臓の音まで聞こえてきそうなひそやかさに、ゼフェルは居心地の悪さを感じてしまう。
 玄関ホールまで戻ってきたところで、オリヴィエがちょいちょいとルヴァの袖を引いて尋ねた。
「……ルヴァ、どう思う?」
 漠然とした短い問いに、ルヴァはふうむと小さく唸った。
「即答しかねますね。現状分かっていることと言えば、ごく最近までは通常通りの生活を送っていたと言う程度の情報しかありませんから……ただ」
 そこで言葉を途切れさせ、ルヴァの喉がごくりと動く。微かに渇きを覚えていた唇を湿らせてから、ゆっくりと言葉を選び出す。
「……あー、私はこういった不確定な出来事について、確証もない内からああだこうだと言うのは気が進みませんが……それを上回る感情の部分で、これが何かとても恐ろしいことの前触れであるように思えますよ」
 ふいに後方にいたクラヴィスが立ち止まる。そして袂から水晶球を取り出して、じっと目を落としていた。
 それとほぼ同時に、ロザリアと並び歩いていたアンジェリークが大きくよろめき、ロザリアに支えられながらぜいぜいと肩で息をしていたところへ、それに気づいたリュミエールが声をかける。
「陛下、お加減が悪いのですか。一度外の空気に当たられては如何でしょう」
 いつもは薔薇色に染まる健康的な白肌が、今はすっかりと青みがかっていた。
「いえ……大丈夫よ、ありがとうリュミエール……ロザリアも」
 う、と口元を片手で押さえたアンジェリークの背をさすり、ロザリアはリュミエールの言葉に便乗する。
「酷い顔色ですわ。リュミエールの言うように、ここは一旦戻られたほうが……」
 額の脂汗を拭っていたアンジェリークを見て、ビアンカも背をさすりながら話しかけた。
「アンジェさん、それ……つわりってセンは?」
 経験者は語る────アンジェリークが弾かれたように顔を上げ、ルヴァとともに即座に否定した。
「あ、ありません!」
「ありませんよー」
 オリヴィエが顎にしなやかな指先を当て、ニヤと口の端を上げた。
「へー、ナイんだ?」
 ちら、とオリヴィエの視線がルヴァを捉える。
 瞬時に首まで赤くしたルヴァが、それ以上の言葉が出ないままぱくぱくと何かを言いたげな仕草をしていて、慌てふためく姿に周囲からさざ波のような笑いが起きた。
 アンジェリークは日陰に置いた白磁のごとく青褪めた頬を持ち上げ、引きつった笑みで声を絞り出した。
「…………少しルーラで酔ったのかも。平気よ、行きましょ……」
 言い掛けた矢先にぐらりと視界が揺れ、祝福の杖に寄りすがる。
 両手で杖を掴み、がくがくと震える足を必死に支えたアンジェリークが再び額に汗を浮かべて、何かをきつく睨み付けた。
 そして補佐官ロザリアもまた、アンジェリークと同じ方向、西側通路奥へと厳しい視線を向ける。
「……陛下、やはり一度出ましょう。何だかおぞましい気配がしていますわ」
 冷静沈着で優秀な補佐官の指先が、かたかたと震え始めていた。
 その様子を流し見たルヴァが、すぐにアンジェリークの前に背を向けてしゃがみ込む。
 横にいたリュミエールも同じように動きかけていたのだが、恋人であるルヴァの気迫に押されて思わず足を止めた。
「外までお連れしますから、どうぞ」
「で、も」
 息を切らしながらも戸惑っているアンジェリークへ、ルヴァは顔を傾けて促す。
「お急ぎください。さあ」
 なおももたつく親友を前にして、業を煮やしたロザリアがアンジェリークの肩を掴みぐいとルヴァのほうへ寄せ、檄を飛ばした。
「アンジェ、早くなさい! 危険だってあんたが一番分かってるんでしょ!」
 既に意識が朦朧となったアンジェリークがルヴァの背に倒れ込む。
 リュミエールがアンジェリークの腕を手早くルヴァの胸側へ回し、ロザリアはドレスをからげて纏め、ルヴァが背負いやすいように手伝う。
 そこでゼフェルの声が響き渡った。
「おい、あれ!」
 よいしょと立ち上がったルヴァを始め、ゼフェルに視線が集まる。
 彼が指さす方向を全員が見た────女王陛下と補佐官が睨み付けていたのと同じ場所、西側通路の奥を。

 通路の奥から粘度の高い汚れた水が、どろり、どろりと緩慢な速度でこちらへと向かって押し寄せてきていた。

 かなり鈍い速度ではあるものの、飲み込まれては抜け出せなさそうな大量の汚水を前に、ティミーが眉根を寄せる。
「……なんだあれ……? あんなもの、見たことないよ」
 道具袋からさっと何かを取り出したポピーが叫ぶ。
「皆さん先に避難してください! 下がって!」
 早口でそう告げると、手に持っていた塊を汚水目掛けて投げつける。
 手のひらサイズの石はゼリーのような汚水に当たったものの、爆発することなくずぶずぶと飲み込まれていった。
 その様子を観察し唇を引き結んだポピーが、数秒の間身じろぎもせずに思案を巡らせてから、おもむろに口を開いた。
「……お兄ちゃん、逃げよう。爆弾石投げてみたけど、ほら」
 汚水の中に取り込まれた爆弾石がぐるぐると漂っているのが、うっすら透けて見える。
「あれがもしぼくたちだったら、ひとたまりもないな……」
 ぞわ、とティミーの背筋に悪寒が走る。
 皆が立ち止まる中、側にいたビアンカが守護聖と子供たちへ向けて指示を出した。
「外まで急いで! あなたたちも、早く!」
 ルヴァがビアンカと視線をかち合わせてこくりと頷き合い、無言のままその場を後にする。
 それに補佐官と守護聖たちが続き、まだ立ち去ろうとしない母へポピーが問う。
「お母さんは!?」
「……水なら蒸発するかも知れないでしょ、ちょっと時間稼いでみるわ」
 でも、と言い掛けた子供たちを遮るように、ビアンカが柔く笑いかける。