冒険の書をあなたに2
「そらあんだけサクリア奪っとけばなぁ……」
「それにしたって、直接受け取ってダメージないのも凄いよな……」
ほんの少しで宇宙の星々へと波及する力を、単体で貪って葉を繁らせている。本来であれば、受ける力の強さに植物自身が負けてしまう程の出来事の筈────と、年若い守護聖たちは考え込む。
「……? 何か成長を促す呪文なんでしょう?」
そんな彼らの憂いを知る由もなくきょとんとした顔で質問を投げかけてくるエルフたちに、一から説明するのも面倒と思ったゼフェルが話を切り上げにかかる。
「あーまあ、そんなところ? じゃあオレたちは他行くから。邪魔したなー」
「もう行かれるんですか? またいつでもいらしてくださいね」
にこにこと明るい表情のエルフたちとは裏腹に、三人は複雑な表情で部屋を離れた。
図書室に辿り着いた二人は早速司書へ事情を話し、古い文献を幾つか選び出してきた。
が、こちらの文字を読めないアンジェリークは幾冊かの表紙を眺め、微かに眉根を寄せて唸った。
「……やっぱり分からないわ」
「でしょうねぇ……こちらは私が引き受けますから、あなたはまた散策に行かれては?」
ルヴァの提案に、アンジェリークは寂しげな表情を浮かべた。
「そう、ね。わたしがいてもきっとお邪魔になっちゃうし……」
しょんぼりと肩を落としたアンジェリークを前に、ルヴァはここが天空城でなければ、マーリンやオロバスに彼女の相手をして貰えたのにと思いつつ、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
「あーあの、ええと、邪魔だなんてそんな……どうかそんなふうに受け取らないでください」
周囲の天空人たちが書物にかかりきりなのを確認し、ルヴァは急いで彼女の頬に軽く口づける。
「……あなたが退屈してしまうのではと、思っただけなんです」
柔らかな金の髪に、ルヴァの手がするりと差し込まれた。そのまま一房を指に巻いて彼の唇が寄せられたのを見て、アンジェリークは恥ずかしそうにこくりと頷く。
「お……お外、ちょっと見て回ってきますね。誰かに言付けはない?」
慌ててルヴァから離れ、火照る頬を隠すように言葉をまくし立てるアンジェリークが可愛らしくて、ルヴァはくすりと笑みを漏らす。
「ああいえ、特にはないですねえ……」
「本を戻すのにランディが必要だったりしない?」
書庫の整理をよく手伝って貰っていると聞いていたアンジェリークは、真っ先に彼の名を挙げた。
「んん……その人手はあると助かるんですが。無理に呼ばなくてもいいですよー」
「そう? じゃあ、行って────」
きますと言いかけたのとほぼ同時に扉が開き、ポピーとビアンカ、ロザリア、ジュリアスの四人が入室してきた。
司書たちは慣れた様子でビアンカとポピーに挨拶をして、ロザリアとジュリアスには目礼をしていた。
ルヴァは四人の姿に少し目を丸くさせながら問いかける。
「ああ、これは皆さん。どうしたんです? 何かあったんですか?」
ジュリアスが幾分か柔らかい表情で頷き、質問への答えを返す。
「景色も堪能してきたのだが、他にこれといってすることもないのでな。何か手伝えることはないだろうか」
どう考えてもランディより格段にこき使い辛い────と正直すぎることを考えつつ、ルヴァはにこりと口角を上げて断りを入れた。
「こちらは大丈夫ですよー。文字の解読に少々時間がかかりそうなんですがねえ」
古書の山をちらりと流し見て肩を竦めたルヴァへ、ポピーが話しかけた。
「じゃあルヴァ様、わたしがお手伝いします。天空の文字ってちょっと難しいですよねー」
手伝えることが嬉しいのか、きらきらと瞳を輝かせてそう話すポピーに、ルヴァは再び目を丸くさせた。
「おやポピー、あなたこれも解読できちゃうんですか?」
以前に覚えた人間世界の文字よりも、遥かに複雑な文章。特殊な形態の文字ではないが、文体そのものの作法がまるきり違っているのだ。
「はい、母と兄も分かりますよ。天空人の末裔ってことで、こちらの司書さんたちが教えてくれました」
ねっ、と近くにいた司書を見やると、彼は振り返ってこくりと頷きを返してきた。
「勇者自身、血筋の半分は天空人なんです。よって、あなたがたも我々の同胞と言って差し支えないでしょう」
そう言って司書は目を細め、呟きほどの小さな声でこう続けた。
「……マスタードラゴンも、今はそのように思っておいでですから」
いまは────ルヴァはその言葉に僅かな引っ掛かりを感じたが、それよりもと意識を切り替える。
「あー、それは助かります。では一緒に探してみましょう」
ビアンカが塔よろしく積み上がった古書の幾冊かを下ろしながら、空色の瞳でルヴァを見る。
「ルヴァさん、何から調べたいの?」
「ええとですねえ……まずは進化の秘法について、新たな情報がないかを探したいんです」
この世界を見守る神にすら全ての災いの元と言わしめる恐ろしき秘法について、この城でなら何か掴めるかも知れない────ルヴァはそう考え、目まぐるしく錯綜する仮説や憶測へと意識を飛ばしかけた。
が、その行動はビアンカの一言によってぴたりと止まった。
「その進化の秘法って普通に出てくるけど、一体いつから出てきたものなのかしらね」
これまでオロバスやマーリンとの会話で幾度となく口にしてきたが、誰もが口にしなかった素朴な疑問について、ルヴァは静かに驚き入った。
「なるほど……その疑問には思い至りませんでしたねー。長い歴史を刻んできたこの図書室こそ、ルーツを探るには相応しい筈です」
彼らのやりとりに聞き入っていたアンジェリークが割って入る。
「じゃあその、進化の秘法のことが載ってる本を集めてくればいいのね? ねえロザリア、ジュリアス。わたしたちは司書さんに伺ってきましょうよ」
どうしたものかと立ち尽くしていた二人へ向け、軽やかな調子で指示を出すアンジェリーク。
「そうですわね、他にできそうなことはありませんし。書籍もここにあるばかりではないでしょうから」
「御意。皆で手分けしてここに本を集めて行けば、そなたたちが調べやすいだろう」
口々に協力を申し出て、司書の元へとすぐに散らばっていった。
その間に、ルヴァを中心にポピーとビアンカも机上の文献をテーブル一杯に広げ、手掛かりを探し回る。
ルヴァは細かな文字の羅列に素早く目を走らせながら、ある一文のところで視線を縫い止めた。
「…………サントハイム……?」
誰にともなく呟くとそのまま怪訝な顔つきで考え込み、動きの止まったルヴァへポピーが声をかける。
「ルヴァ様、何か見つかりました?」
「いえ、進化の秘法のことではないんですが、どこかで聞いたような気がして……」
「サントハイム王国って書いてありますね。……これってオロバスが言ってた、勇者の仲間の国じゃなかったですか?」
ポピーに指摘され、即座にポケットからメモを取り出して確認する。
「ああ……本当ですねえ。サントハイム国の王女アリーナとその従者の魔法使いブライ、神官クリフトが導かれし者として伝わっていますねー」
本に視線を落としていたビアンカががばっと顔を上げ、すぐにルヴァの手元を覗き込んだ。
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち