冒険の書をあなたに2
「そっか、それなら大丈夫だな……ところで、動力源ってもしかしてあの玉か?」
ゼフェルは視界の先にある台座を指差し、ティミーに問う。
「そう。あっちは金色の光が出てるでしょ、あれがゴールドオーブ」
ティミーの指し示すほうを、若き守護聖たちは頷きながら視線を向ける。
台座の上の宝玉から、眩い金色の光が天井まで届いていた。
「父が子供の頃にオーブがあそこから転がり落ちて、この城は墜落したんだそうです」
部屋の角にぽっかりと空いた穴を指差してそう告げると、ゼフェルは両手を頭の後ろで組んでぼそりと突っ込む。
「ほーん。律儀に柵してっけど、次に転がったらまた墜落コースだな」
その的確な突っ込みにティミーが思い切り吹き出し、次いで呟かれたランディの言葉がティミーの腹筋を壊しにかかる。
「柵より先に穴を埋めたほうがいいんじゃないかな……」
腹を抱えて笑いが止まらないティミーをよそに、ゼフェルが更に続ける。
「それか台座に爪つけて、オーブ固定しとけっつーのな!」
「ぽんと置いてあるだけじゃ、転がるよね〜」
マルセルも笑いながら参戦し、ティミーは笑いすぎて浮かんできた目尻の涙を拭っている。
数分後、ようやく落ち着きを取り戻したティミーが次は反対側を指差し、全員の視線がそれを追う。
「……で、向こうにあるのがシルバーオーブ。動力はこの二つが揃わないとだめだそうで」
オーブの輝きを間近にして、しげしげと眺め入っていたゼフェルが振り返った。
「なるほどなー、説明あんがとよ。オレが思ってたのとはだいぶ違ってたけど、なかなか面白かったぜ」
気が済んだ様子のゼフェルを見て、ティミーが口を開く。
「もうちょっと機械っぽいのを想像してました?」
「まーな。オーブの中身は何なんだって疑問が残ってるけど、貴重なモン見せて貰えたし、そろそろ戻るかー」
その言葉にマルセルが頷き、にこりと微笑む。
「そうだね、戻ろう。他の皆がどうしてるか気になるし」
そうして、ティミーと若手守護聖三人は動力室を後にした。
そうして、暇を持て余した守護聖たちが徐々に図書室へと集まり出した。
結局全員が図書室に居座り、ルヴァたちが目を通し終えた文献を片付け始めたのだが、その陣頭指揮を執っていたのは勿論、筆頭守護聖のジュリアスである。
彼もまたこちら世界の文字は読めないため司書に紙とペンを用意して貰い、番号を大きく書いたメモを机と書架に貼り付けていた。天空人が書籍を番号に沿って振り分け、手の空いた者が同じ番号の書架へ戻しに行くという流れ作業が出来上がっていた。
司書の他にも守護聖たちを一目見ようと天空人たちが集まりひそひそと会話していたが、男女問わずあちこちから漏れ聞こえてくる称賛の声にも、当のジュリアスは気にも留めずに動き回っている。
「……やっぱりいいなぁ」
「マスタードラゴンも、プサンみたいな胡散臭い人間にならずとも、ジュリアス様のようなお姿を選べば良かったのに……」
「威厳があって素敵よね〜ああ、目の保養……」
ちょうど横を通りかかったアンジェリークが聞き付け、プサンという名に反応を示す。前回訪れた際に確かティミーが口にしていた名前だと思い出し、思わず話しかけた。
「ごめんなさい、ちょっと聞こえちゃったんだけど。マスタードラゴン様って、人の姿にもなれるの?」
問われた天空人たちが人懐こい笑みを浮かべて口々に答える。
「ええ。ドラゴンの力を封印すればどのようなお姿にもなれると仰っていました」
「でも何故か怪しげな姿ばかり好まれるので、もう少し美意識を持っていただきたく……」
アンジェリークが苦笑を堪え切れずにいると、もう一人が続けて話し出した。
「プサンになる以前にも別の姿で旅をしていたと、以前話してらしたよなぁ?」
天空人たちの間では一通り知られた話のようで、その場にいた者のほとんどが頷いて見せる中、アンジェリークが口を開く。
「ふうん。それもやっぱり、胡散臭めだったのかしら?」
「恐らくは……」
「守護聖の皆様方のような、美しいお姿にもなれるというのに。どーーーーしてあんな冴えないオッサンになりたがるのやら……」
その後も続くプサン批判にアンジェリークは複雑な笑みで肩を竦め、そっとその場を離れた。
(……綺麗すぎたらかえって近寄り難いし、注目を浴びすぎちゃうんじゃないかしらね)
ごく普通の学生生活から一転、宇宙の女王陛下となったアンジェリークは、マスタードラゴンが「冴えないオッサン」になる心境に一定の理解を示した。
女王候補として選出され、不慣れな環境の中でどうにか育て始めた大陸へと降り立ち、人々の生活を見守っていた時代を思い返す。
見守る範囲は今や、神鳥宇宙の全域に及ぶ。小さな大陸ひとつとは規模が違い、ただ星の間から意識を飛ばしているだけだ。民と自分との間は遠くかけ離れ、誰の記憶にも個人として残ることはない。公平は孤独と表裏一体であることを、彼女は身に染みて良く分かっている。
それから一行は再び謁見の間に集まり、マスタードラゴンと対面していた。
ここへ来る直前、図書室で抜群のリーダーシップを発揮したジュリアスが周囲の天空人たちにすがりつかれて困り果てていたのを、見かねたクラヴィスが近づいて無言で脅し(当人にそのつもりは全くなかったが)どうにか逃れてきた。
幼少時に守護聖として召し上げられ、見知らぬ人から直接腕や服を掴まれるような経験に乏しいジュリアスは、内心ぐったりと疲れ果てていたがそれを極力顔に出さないように取り繕っている。
その疲れを何となく察知したらしいルヴァが彼よりも前に歩み出て、先程と同じくアンジェリークと共にマスタードラゴンと会話する役を買って出た。
「調べ物はもう良いのか」
低く響き渡るマスタードラゴンの声音は優しく、どこか労りの色が滲む。
ルヴァは事前にマーリンやポピーから聞いていた話を参考に、妖精の城の砂絵が時の砂で描かれていることやその性質についても調べ上げており、ある程度の基礎知識として既に頭の中に叩き込んでいたが、確認も含めてマスタードラゴンに問いかけようと、小さく頷いてから話し出す。
「はい、進化の秘法に関連しそうな点は幾つか調べが付きました。ポピーの話によると、リュカはマスタードラゴンと妖精の女王の力を借りて過去に渡ったそうですね。それはつまり、あなたの記憶を辿っていったと考えて良いのでしょうか」
「そうだ。時の砂は『生まれてから現在までの記憶』の中を遡る……故に、生まれる以前には行けぬ」
そう言って側仕えの天空人へと視線を投げ、それを受けた天空人が懐から水晶球を取り出す。
マスタードラゴンが金色の瞳を細めると小さな雷が水晶球目掛けて落雷し、辺りはおびただしい光に包まれる。そのまばゆい光は、ルヴァたち一部の守護聖にティミーのギガデインを思い出させた。
光が治まった頃、天空人の手の中にあった水晶球は透明から青色へと変化を遂げ、金色の煙のようなものがゆらゆらと周囲を包み込んでいる。深い青と金の配色が光の守護聖を思わせ、その神々しい美しさにアンジェリークは会話をそっちのけで眺め入っていた。
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち