冒険の書をあなたに2
「ごーめんって! 過去に行っても何日かかかりそうだし、お泊りセットがないと困るんだよ!」
女子かと心の中で突っ込んだオスカーが、苦々しい顔つきで口を開く。
「ああ、化粧で顔作るのに必死だもんな」
オスカーの言葉にびくともせず、オリヴィエは捲し立てる。
「紫外線はお肌の天敵なんだよ〜、すっぴんで出歩くなんて絶・対! お断りだからねっ!」
ここまで来たのにと思っている者たちと一触即発の空気になり始め、険悪さを察知したビアンカが両手をぱんと叩いて場を仕切る。
「なんかよく分からないけど、それなら全員一旦戻りましょ。移動呪文が使えるのはポピーだけだし、わたしたち留守番組はどっちにしたって送って貰わなきゃいけないもの」
良くあることだとでもいうようなあっさりとした物言いに、ルヴァがぽりぽりと頬を掻いて片眉を上げた。
「はあ……そういう事情なら仕方がありませんねー、では出発の準備も兼ねて戻りましょう。私もマーリン殿に伝えたい話がありますから」
ティミーとポピーも口を挟むことなく、落ち着いた様子で一同のやり取りを見守っている。どうやら母と同意見のようで、無駄な足止めだとは思っていない風だった。
そうして妖精の女王に事情を伝え、一行は再びグランバニアへ戻ってきた。
ルヴァは到着するなりそそくさとマーリンを探しに行き、オリヴィエは忘れ物を取りに部屋へと急いだ。
二人と入れ違うようにして、一行の到着を知ったサンチョが息せき切ってポピーのところへ駆けつけてくる。
「ポピー様、丁度良いところに……!」
いつもの穏やかな表情とは打って変わって困り顔のサンチョへ、不穏を察知したポピーが声をかけた。
「どうしたのサンチョ。何かあった?」
「はい……ロビンが、突然暴れ出しまして……」
ゼフェルの顔が一気に険しくなり、ポピーがやや緊張した面持ちで続きを促す。
「それで?」
無言のまま凍り付いたゼフェルの表情を気にも留めず、サンチョが続きを話し出した。
「武器を振り回して損害が出ましたので、バトラーとシーザー、スラリンが炎でどうにか動きを封じまして、現在停止中です。人や魔物たちに被害はありません」
サンチョの説明によるとヘルバトラー、グレイトドラゴン、スライムが究極のブレス技「灼熱炎」でようやく動きを止めたのだという。
停止中と聞いた瞬間、ゼフェルの喉から掠れた声が出た。
「オッサン、ロビンはどこにいる」
急に割って入ってきたゼフェルヘ、サンチョは当惑の眼差しを向ける。
「は……?」
「ロビンはどこだっつってんだよ!」
ゼフェルの切羽詰まった声音を聞き、ポピーがすぐに補足する。
「サンチョ、ゼフェル様がロビンを修理してくれたの。もう一度見て貰ったほうがいいよ」
事態をようやく掴めたのか、サンチョの顔から強張りが消えていく。
「はぁ……そうだったんですか、失礼いたしました。私が案内します」
ポピーの発言にビアンカとティミーは首を傾げ、ビアンカが問う。
「教会へ連れて行かないの?」
「生き返らせても何が原因か分からないと……同じことの繰り返しになっちゃうよ」
「あー、そうねー」
納得のいく説明にビアンカはこくこくと頷き、感心した様子で口角を上げた。
そしてポピーが歩き始めたゼフェルを呼び止める。
「ゼフェル様、教会に連れて行けば生き返らせて貰えますけど、その前に暴れた原因がないか見て貰えますか」
「おう。コアはまだ見てねーから確認してやるよ。いいよな、陛下?」
くるりと振り返ってアンジェリークに声をかけ、話を聞いていたアンジェリークは快諾する。
「構わないわ。ちゃんと直してあげてね」
「任せろ。行くぞオッサン!」
すたすたと歩き出し、サンチョが慌てて追い掛ける。
ビアンカがふと何かに気付いたように両手をぽんと打ち合わせ、あっけらかんとした口調で話し出す。
「損害が出たって言ってたわね……それじゃーそっちは私の出番かな〜あ。ちょっと行ってくるわ。ティミーもいらっしゃい」
そう言うなり颯爽と駆け出していく王妃と王子を見送り、アンジェリークが残った一同に言葉をかける。
「わたしたちはルイーダの酒場で休憩しましょう。オーブにサクリアが入るか試したいし」
女王陛下の言葉に促され、一行は連れ立ってルイーダの酒場を目指した。
案内された先は、少し前には住民たちの避難所として使用していた大会議室だった。
ゼフェルは扉の前で一瞬身を固くして、警戒するようなそぶりで僅かに目を細めた。サンチョもまた険しい表情で警戒心を露わにし、ゆっくりと扉を開けていく。
むわっと焦げ臭い匂いが外へと飛び出してきて、二人は更に警戒態勢に入る。
美しかった絨毯は無残に焼け焦げており、石壁には刀傷が幾つも残っていた。
そのまま眼球だけを動かして様子を見て行くと、部屋の片隅に黒焦げのキラーマシンが視界に入ってきた────ロビンだ。
動きを止めたという三匹の魔物たちの姿は見当たらない。ゼフェルが唾液を飲み込むと、緊張で干からびた喉が小さく鳴った。
「……………………」
見るも無残な姿に言葉を失ったゼフェルは、煤で真っ黒になったロビンのボディ部分へと手を伸ばす。感情を示すように細やかなパターンを見せていた赤いモノアイも、今は色を失っている。
煤で真っ黒になった手のひらをじっと見つめたとき、自責の念と共に迫り来る悲しみに堪え切れず、唇をわななかせた。
「……ごめんな、ロビン」
今にも泣き出しそうな声を更に振り絞る。
「オレが余計なことしたから……こんな目に遭っちまったんだろ……?」
ゼフェルの唇はもう一度謝罪の言葉を形作ったものの、音として出ることはなかった。
後ろで暫く所在無げに見守っていたサンチョへ、振り向いたゼフェルが話しかけた。
「……部屋から工具箱持ってくる。あんたは好きにしてていいぜ、場所はもう分かったから」
ゼフェルの赤い瞳は少し潤んでこそいたが、既にロビンの修理をするべく引き締まった表情になっていた。それを見たサンチョがほっと胸を撫で下ろし、恭しく頭を下げる。
「左様でございますか。では私は下がらせていただきます」
「ん、案内ありがとな」
並んで部屋を出たところで、サンチョがにこりと笑みを浮かべた。
「いえいえ。ロビンをよろしくお願いします」
ゼフェルはそれからダッシュで部屋に戻り、聖地から持ち込まれた工具箱を掴んで引き返してきた。
両手に武器を持ち項垂れた恰好で事切れているロビンの前に跪く。
「待ってろよ……オレがなんとかしてやるからな」
言い聞かせるように呟いて、工具箱の片隅から布を取り出しまずは煤を払い始める。が、小さな布切れ程度では到底払いきれるはずもなく、暫し考え込む。
俯いた先に映り込む赤い絨毯────あちこち焦げだらけになったそれを不用品と判断したゼフェルは、両手で力いっぱい引き剥がす。容赦なくはさみを入れて使いやすい大きさに切っていき、それで煤をおおまかに落としていった。
煤で真っ黒になった絨毯の端切れが、どんどん積み重なる。
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち