冒険の書をあなたに2
そして小一時間が経過して、ようやくボディを開けるところまで漕ぎつけた。以前部品の一つが落ちていた場所は、聖地で見たときと同じく綺麗な状態を保っていた。
正面奥にねじ留めされた小さなプレートがある。ゼフェルはその先にコアがあると踏んでいた。
小さなライトで照らすと、プレートを押さえている四か所のねじはくぼみが変わった形状をしていた。服飾用ボタンのような、二つの小さな穴がある。一般的な工具では開けられぬように開発された、いたずら防止の特殊ねじだ。
「……ツーホールかよ、念には念を入れてやがる」
ふんと鼻で笑いながら小型ドライバーを取り出して、ホール穴に合致する締結工具をセットする。
見た目には良くある女性向けのドライバーにも見えるそれには、電源が何一つついていない。
「オレのサクリア連動式超小型ドライバーに、不可能はねーっての!」
にやりと口の端を上げて呟き、彼の手からサクリアが僅かに放出された直後、ドライバーがギュルルルンと勢いよく唸り、回転速度を上げる。
「おっしゃ、使えるな。おっけおっけー」
安堵した様子で一旦手を放し防じん用マスクとヘッドライトをつけていたとき、ぱたぱたと軽やかな足音が近づいてきた。
念のためにと開け放されていた扉の向こうから、ポピーがひょっこりと顔を出す。
「失礼しまーす。ゼフェル様、飲み物を持ってきました。良かったら飲んでください」
水差しからグラスに注いだ水を手渡す。
「おー、サンキュ!」
一気飲みをして空になったグラスを受け取ったポピーが、おずおずと尋ねる。
「あの……どうですか、ロビンの状態」
「まだこれからだ。まあ工具は一通りあるから、なんとかなると思うぜ」
ルヴァを除く守護聖たちの所持品は、全て女王陛下の命により館の者たちの手で箱に詰め込まれていた。どこからどこまでがアンジェリークとルヴァの企みなのか────ふとそんな考えに飲まれ、表情を緩めた。
それから暫しの時間が経過した頃、何かの気配を感じて振り向くと、扉の向こうから大きな体躯の生き物がこちらを覗き込んでいた。
「……ん、誰だアイツ?」
ポピーもつられてそちらへ目を向け、あっと声を出した。
「バトラー!」
先程聞いたばかりの名前に、緩んでいた眉根が再び寄せられる。
「バトラー……って、ロビン止めたやつかよ」
半人半獣のバトラーはゼフェルのきつい睨みにも全く怯まず、ただ静かに立っている。
今にも殴りかかっていきそうなゼフェルの前で、ポピーが慌てて割り込んだ。
「こっち入ってきてよ、バトラー。気になってたんだよね?」
ポピーの言葉にこくりと頷いたバトラーが、ゆっくりと膝を曲げて室内へと足を踏み入れてきた。天井すれすれの体躯であるため、扉をくぐらないと頭をぶつけてしまうのだ。
バトラーはゼフェルの近くへ歩み寄ると、背中の蝙蝠のような翼を小さく折り畳み、器用に膝をつく。
「直るだろうか」
呟きのような低い声でぽつりと問う。
「……おまえがぶっ壊しておいてよく言うぜ。ま、オレも人のこたー言えねーけど……」
ゼフェルのまなざしは冷ややかで、ポピーがどうしたものかと弱り顔になる。
「このままじゃ鋼の守護聖のプライドが許さねえ。なんとかしてやるから、そこで見とけ」
突き放すようにそう言って、ゼフェルが再びドライバーを手に取った。
サクリアと連動して勢いよく動くドライバーが、音を立てて特殊なねじを難なく開けていく。三か所のねじを取り、失くさないように小皿にまとめている。最後に取ったねじを左手で握り、ゆっくりと四角いプレートを外す彼の手つきは、まるで宝飾品を扱うように丁寧だ。
「……開いたぜ」
外したプレートをそっと床に置き、ヘッドライトの脇につけられた拡大鏡を目の高さまで引き下げる。
キラーマシンの大きさとは裏腹にコア周辺には無数の歯車がずらりと連なっており、いわゆる集積回路のような電子基盤は見当たらない。いつの時代に作られたのかは不明ながら、設計の緻密さにとても高度な文明があったとゼフェルは確信した。
(基盤はねぇか……てことはギアで全部動かしてんのか? すげぇな)
迂闊に手で触れぬように気を付けつつ、片手にもう一つライトを持ってくまなく目を走らせる。
天空城の動力室を思えば、こちらの世界で動力源となるのは魔法力なのだろう────と考えながら顔を近づけると、何かが腐敗したような匂いがマスクを貫通してくる。
「……なんだ?」
気になってライトを動かすと、きらりと光を反射する何かが歯車の向こうに見える。それに焦点を当て更に覗き込むと、六角柱型の宝石らしきものがはめ込まれていた。
「動力源は多分あれだな……外してみるか」
片手に持っていた小ライトを口に銜えて両手で歯車を少しずつ動かしていくと、あるポイントで動力源らしき宝石が姿を現した。
縦横無尽に広がる歯車の、どこをどう動かせばいいかを理解しているのはゼフェルだけだったようで、ポピーとバトラーはぽかんとした顔でその動作を眺めていた。
そうっと取り出してみれば、手のひらほどもある巨大なルビーの結晶体のようだ。
「ほーん、でっけーな。これがロビンの心臓だぜ」
「きれい……。吸い込まれそう」
身を乗り出して覗き込もうとしたポピーを、バトラーが咄嗟に制した。
「おやめください、ポピー様。ゼフェル様も、それを覗き込んではいけない」
ゼフェルにも見せないように、バトラーの大きな手が宝石を覆い隠す。
「な、んだよ……これがどうかしたってのか?」
バトラーのいかめしい顔立ちが更に険しさを増している。
「それからは禍々しき力を感じる……魔界の物ではないと思うが、あまり眺めないほうがいい」
興覚めだと言わんばかりに、頬に刺々しい表情を残したゼフェルが鼻で笑い飛ばす。
「へっ、おまえの気のせいじゃねえの?」
「ならばオレがやってみせよう」
じっと宝石に視点を定めたバトラーは、それきりぴくりとも動かなくなった。
それから数分もの間、ゼフェルとポピーは黙って彼の様子に注目していたが、はっとした顔でポピーが声をかける。
「……バトラー……?」
「…………」
バトラーは声かけにも反応せず、ただ宝石を凝視したまま瞬き一つしない。
ゼフェルが不快そうに片眉を上げてバトラーを小突く。
「おい、からかってんのか? 冗談はやめろよ、ポピーが心配すんだろ!」
「…………」
「何か言えって!!」
今度は力を込めて本気で殴ろうとしたゼフェルを、ポピーは慌てて止めにかかった。
「待って、ゼフェル様。バトラー……たぶん、麻痺してる」
鞄の中から満月草を取り出したポピーが葉を手で揉みほぐし、バトラーの口をこじ開けて無理やり突っ込んだ。
暫くしてバトラーの口がもぐもぐと動き出し、二人はほっと安堵のため息をついた。
満月草を飲み込んだバトラーが一言、ぼそりと呟く。
「このようになります……」
いかつさが台無しの情けない表情に、ゼフェルが思い切り吹き出した。
「うははは! 分かった分かった、体張らせて悪かったな。んじゃこのヤベーやつにはちょっとどいてて貰うぜ。ポピーも見るなよ」
「はい!」
「なあ、バトラー。なんか腐った匂いしてねーか」
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち